現代美術と骨董のお話

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現代美術

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私はものを作ることは、現状を否定するだけならば、
それほど重要ではないと思っています。

その否定、「反」がどこに向いているか…
このことが重要ではないかと思っています。

自分を表現しようとすればするほど、
閉塞状況なり、袋小路なりを時代感覚含め感じるのではないでしょうか。
そして、その帰り矢は自分自身に向けられるはずです。

「自己否定」があるかないかなのです。

私は、いつも作品の前で問います。
この問題意識がありますか、と。

内部を掘り下げてこそ、外部がある。
内部の中にこそ外部があるのです。
そこを引きずり出して、否定できているか、
と。

踏み出しているか、と。

(美術評論家千葉成夫氏の文章を参考に
脳天気に思うところを書いてみました)


――・――・――・――


高村光太郎

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守ることをせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため


――・――・――・――


否定するとガスが溜まるものです。
そのときガス抜きをしないと大爆発が起きます。
石油の採掘などでは、ガス抜きをします。

最初は外に向かった矢は、
Uターンして帰り矢となり自分に向かいます。
その時、穴が、小さな穴が開くのです。

自己否定したとき訪れるのは…おそらく諦めなのです。

うんうん唸り続け、一瞬訪れる…諦めとは、
一切をギブアップして何も望まなくなるのではなく、
ひと時だけ自分の意識の中に諦観意識が混ざることに…。
この時、外が見えるってなるのかもしれません。

ふとした時に閃いた…なんて事は…このようなことかも。

剣道の古歌に「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」とあります。

身を捨ててこそ、作家は問題意識を一気に作品へと…。


――・――・――・――


ご紹介作品は、下名の好きな作品です。
机上に置いて飽きずに眺めています。

高柳恵里氏のドローイング「予兆」です。
切り株が唸らせます?
解説は…いつか改めてご紹介するときに致します。

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高柳恵里の木の作品・優しい積み木!

題 Wood Block
素材 木・ニス  サイズ 236×165×133(H)mm
制作年 1999年
組み立て方の説明書と写真付き

単純に木のものゆえ、
親しみを感じ寄って行きますでしょ?
で、積み木?で、積み方を観て…
考えちゃう…何を?

ど、ど、どうしてこれが現代美術だと…。

積み木をミツメテ…去っていく貴方!!

す、す、少しだけ…お時間を?


――・――・――・――


先ずは籐の作品に対する高柳氏インタヴュー記事を抜粋します。

【編集室】あえてカテゴリーを語るとすれば、
これはやっぱり“工芸作品”ではなく“芸術作品”なんですね。
【高柳】そうだと思います。工芸性も“素材”とした芸術作品かなぁ、と。
【編集室】モノとしての籐だけが“素材”ではなく、
工芸の様式そのものも素材である、という事ですね。
【高柳】はい。様式や歴史、あるいはこうした籐工芸を取り巻く生活環境だとか。
【編集室】諸々のモノやコト。形あるもの、形なきもの。
全てを含めて“素材”である、と。こうした諸々に埋没し、
あえて取り込まれるよう自らを追い込みつつ、
逆に素材として取り込んでもいく…そんな感じですね。
ところで、こうしたまるで籐工芸品のような“芸術作品”を、
工芸品のショップとかではなく、現代美術のギャラリー等に展示すると、
見る人はちょっと戸惑いを覚えるかもしれません。
そこには、高柳さんの“美術”あるいは“芸術”の制度に対する、
ある種のアイロニー(皮肉)もあるのですか?
【高柳】アイロニーというか批判精神は、ない訳ではないので、
出るべくして出る程度です。ただ、その為だけの作品というのは、
あまり面白い事ではないと思います。
美術に限らず、あらゆる制度というのは、なるべくしてなっていると思いますし、
私もその一角にあるのでしょうし。
それよりも、作品と一対一で向き合ってもらって、
何かを感じてもらう事が出来るか…そちらの方に関心があります。
【編集室】なるほど。ユーモアとしてのアイロニーや批判精神は良きスパイスになるけど、
それが強すぎると、批判の対象という第三者が介入してしまい、
一対一の対話が出来なくなってしまう。
微妙なさじかげんですね。高柳さんの作品を前にすると、
ユーモラスな一方で、目と目を合わせた対話が出来る…
そんな印象をいつも覚えます。
【高柳】いろんな要素を取り込んだ、ひとつの小宇宙であればなぁ、と。
それ自体で自己完結してるような。
自由な精神で、一対一で対話出来るといいな、と。
そんな感じです。
(抜粋)


――・――・――・――


まだ…去らないで…。

そして、別のインタヴューで、「ミニマリズムも、主義云々以上に、
視覚的にマッチョになっていく感じがします」、
と高柳氏は応えています。

作家が木を削り、ペーパーをかけ、ニスを塗りました。
そしてこのように設置すると指示を出しました。

喜んで手を挙げる人は少ない?

木です。日本人って感覚が先にくるのです。
自然や風土を意識してきた私達には、
空間とか概念とか…ではないのです。
モノの理解には触感性が優先してしまいます。

次にブロックです。大きさはちょっと大き目。
これを組み立てる指示書により、
イメージができる空間があるのです。

日本人って大きな空間を必要としてきませんでした。
このことが、空間をイメージ化、意匠化できるのです。

日本人は、触感性もイメージも
視覚から発展していないのです。

高柳氏はこれらのことを充分考察しています。
インタヴューの応えに
「様式や歴史、あるいはこうした籐工芸を取り巻く生活環境だとか。」、
と。

(そして、そのことを西欧の新表現主義を踏まえて、)
日本固有な表現のエッセンスを構造化てみせた、
のではないでしょうか。

単純な造形ですが…もがき?が感じられるのです。

新表現主義って…案外、人気ありませんが?
ミニマルからどう超えて?もがいて?きたか…
お時間がある時にでもお調べ願えれば嬉しいことです。

私が説明すると…くどい。ガハ。

次回(後になります)の高柳氏作品は、
ドローイングをご紹介します。

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画廊主コメント抜粋です。
高柳恵里の糸の作品・超抜っ!

次は、1997年に制作された「黒真珠」という…
ちょっとイワクありげな題がついている作品で…
初め、綿布に糸で、何か悪戯をしたような印象が濃く、
単に面白いと…

何ゆえか非常に気に入ってしまい、
昨日は寝る時、ベッドのそばの棚の上に…
今朝目覚めて、ふとこの作品が眼に飛び込んで来たのですが…う〜む?

そこには、薄いドレスをまとったうら若き女性が…
こういう作品、作っている時、
きっと楽しくてしょうがないと思います。

針と糸のドローイング…非常に可愛い作品です!

題 黒真珠
素材 綿布・糸
アクリルの額のサイズ 257×257×60mm
制作年 1997年

サインは額の裏にあります。
(抜粋)

高柳氏の作品を一気呵成に観て思う事は、
美術の流れが見えるということなのです。
何も、時流を追っているということではなく、
ご自身の関心による素材選びを通し、
再合成をしています。
そして視覚というものを考えられている、
と。

本来は、美術の流れをご説明しながら
少々くどいことを縷々書きながら、
ご説明すると愉しい作品理解がありますが、
頓珍漢は止めておきます。

高柳氏のインタヴューを参考に見てください。

http://www1.neweb.ne.jp/wa/on-gallery/e.takayanagi.html/takayanagi.interview.html

抜粋します。

実際にわたしが手を動かしていることは
私の頭の中とは全然かけ離れてたりするんです。
それだからバランスがとれる。
糸の作品がありますよね、あれわりとドロ-イング的なでてきかたしていて、
まあ言ってみればひとつひとつ創造的に展開していくものであったりするんですが
たとえば、ひいて見るとか、全体を把握してその中でこうしようとか、
そうなってしまうととたんにつまらなくなるんです、
その作品を想像しただけで…。

なんか閉じられてしまった感じで。
あんまり把握しようとか思わない様に、
遠近的な見方をするんでは なくって、
この一点とこの一点と言った感じ。

それが時間と共に連続してつながっていく。
こうゆうものをつくるんだっていって想定してやるのはちょっと窮屈なんです。
たまたまその一瞬にこうしようと思った、
だけどそれは非常に一瞬の出来事ではっきりと
意味のある全体を支配するような行為ではない…
その位の「つくる」というのはあると思います。
(抜粋)


――・――・――・――


何となく、言わんとする事は理解できます。
では、少し頓珍漢を…

若き婦人のシルエットで、
具体的イメージを透かし見る感じでしょ。
それ以上ではない…
ここには、全体性、物質性に対する視点の関心の強さがあります。

視覚を煮詰めると袋小路へいきますね。
絵画は成り立たなくなるかもしれません。

ここで視覚の属性に余地を与える事が
現代絵画を成立させる条件として再設定されたのです。

浅い表面構造ってありじゃん、
と。

この作品、可愛いですが手強いです。
美人は難しい?ガハ。

快…テクニック

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先週、新聞記事に現代美術が人気である旨の
特集が掲載されていました。

また、一般雑誌も今は、
アートの特集を組むと売上げが伸びるそうです。

昔は、雑誌の格を上げる?ため、
売上げ減少でもアート特集を1回/年は掲載していた、
とのこと。

まあ、発想の中心が自分にあるのだな〜、
と読んで思いましたが、
雑誌の編集長さん…ガハ。

されど随〜分、
現代美術を取巻く環境が違ってきているようですね。
嬉しいことです。

先週佐谷画廊会長さんが亡くなられたことを知りました。
下名の敬愛する画廊主は、佐谷氏の画廊経営に随分影響をうけました。
佐谷氏から多くのことを学ばれたそうです。

特に、個展のカタログ制作に関し、
学ばれることが多くあったとのことです。

個展は画廊にとって根幹です。


――・――・――・――


ブームで終わらないためにも、
多くのお方が美術を学んで頂ければ、
と思います。

世の現代美術画廊主さんへ
(そのような読者のお方は…いないかな?)、
変わるチャンスです!?

お客様への接するテクニックは今までのトークで、
充分学ばれてきた事でしょう。

値引きしますよ…安さでお客様の心を
この作品は滅多に…希少価値で
とてもよい作品です、お眼が高い…お客様の重要感を
この作家は有望です。将来買えない価格に…恐怖感を与え
私も色々失敗してきました。例えば…弱点を晒して信頼感を

こんなことは、朝飯前に学んでいることでしょう。
この作戦は案外、有効でしたね。

画廊主様はお客様を快にできたと…
思っておられましょ。

そして、ボチボチ稼いで…後は…。

日本の美術業界の進化は…、
で来ています。

お客様を快にしているようですが、
実は画廊主さん、貴台ご自身の脳は金銭の獲得、
つまりは「自分の喜び(儲け)」に対してであり、
お客様を喜ばせる「快」にはなっていないのです。
気づいておられるでしょうか?

「顧客満足」と言っても、
それを「あの人を喜ばせる」という形で発想できず、
小手先のテクニックに終始して、
他の画廊さんと差別化できないのです。

どうするか…一般社会では、
理屈でしか考えられない人は要らないのです。
消費者が求める「新しい価値」の創造は、
常にリスクを伴うものです。

後はご随意に…
先ずは、確りご自身の目で…そして個展を…。

お客様は学んでいます。


――・――・――・――


う〜ん、前段が長くなりました。
作品解説は後日…。
(コメント欄に少し追記します)

私は、一気呵成の性分ゆえ…エリー・マイラブを!?

う〜ん、この作品を観て、脳が「快」には…
ならない…でしょうか?ガハ。

画廊主コメント抜粋です。

高柳恵里の「無題」・重厚です!

一応、年代順に3点…硬いもの・柔らかいもの・
で、まずまず硬いもの…それぞれ素材が違いますし、
年代も、初期の’90年から’97年・’99年とバラエティに富んでおります。

それでは硬いものから…
セメントのブロックの一部を磨いたりカットしたりして、
3個を組み合わせた作品です。

無題  素材・セメント
サイズ 395×232×153(H)mm

市販のセメントブロックを丹念に磨いたり、
正確にカットしたりして作品にしたものです。

高柳さん、初期の名品かと…

なお、第3画像は、裏面を撮った画像で、
左には「上」、真中は「中」、で、右には年記とサイン。

表は、セメントとは思えないほど磨きこまれて…
で、一部はそのまんま…
(抜粋)

下記は以前ご紹介の高柳氏作品です。

http://blogs.yahoo.co.jp/gigei10/53297545.html

http://blogs.yahoo.co.jp/gigei10/53206729.html

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皆様は有意義な連休をお過ごしでしたか。
天候もマズマズの日和が続きました。
やはり晴れると気持ちの良いものです。

下名は多くの場所へ出掛けました。
そして1日、釣りへも出掛けました。
行動を楽しんだ連休となりました。

そんな時間の中で、
何気に見かける色々な物事を楽しんでいました。

川俣正氏が随分前に以下の文章を書いていました。
なんとなくこの連休中の下名心持が思い出させてくれました。

「最近、天候が不順なせいか何か活気のある所へ出かけて行きたくなります。
そんな中から稀に胸躍るような光景に出くわす時があります。
しかしその時、造っている側からの視点(実作者として)を意識し始めると、
とたんに色あせてしまうことがよくあります。
それは、見方を固定し、拘りを持ってしまうからにほかなりません。
何気ない速度の中で接する時には、
いたって卒直に総体を感じ取ることが出来るものです。

作品を作る際に使用するあれこれのものは、
何か自分の内部から発するものを形にするがためにいろいろな物体を考え選択し、
使用するというようなことほどには、
およそ固定的に対象化できるものではないように思えます。
またそれが人工物であれ自然物であれ、
通りすがり的に見るというレベルにおいては、
はるかに成り立ちのインパクトの方が強く
立ち現われてくるのではないでしょうか。

作品というのは、そのようだ雑駁さの中で、
たゆたっているものそのものであり、
それを成り立たせているものは、
通りがかりの速さの中で何気なく見えてくるものの中に
潜んでいるような気がします」
(抜粋)

手で物質に分け入り、独自の形象を生み出しながらも、
それを光として享受できるのですネ?

眩しい連休を過させて頂きました。
(このことはいつか中原浩大作品の時に深く…)

子供が歩くようなスピードでこの連休は歩いていました。
そんなことが、このようなことを考えさせてくれたのかもしれません。
ビキナーズ・ラックって言葉があります。
釣りの世界も同じで、慣れて通りすごしてしまう所で、
初心者は毛鉤をうちます。


――・――・――・――


画廊主解説抜粋です。

高柳恵理の”cover”

高柳恵理さんの作品です。移転記念展では、
3つの石をセメントでひっつけたような、
日常目にするようであってなかなか見かけない、
非常に面白い形の彫刻???のような作品を展示致しましたが、
即日売約しました。

題名 COVER 
素材 手作りの段ボール箱とハンカチのようなもの
サイズ 286×300mm(布を拡げた時のサイズ)

それぞれが厚紙で作ったタトウに入れられ、
タトウ及び箱と布、計4つのサインがあります。

また、展示する方法が解りやすく写真付きで付属。
ではでは、これはかなり美しい作品ですョ!
(抜粋)

観ることについて、
感じることについて思い巡らせました。

画廊主解説にありますように展示する方法が付いています。
体感することに作家の意図もありましょうか。

では、眩しい一日をお過ごし下さいませ。

(追記)
この作品を最初に観て感じたのは、
彫刻しているじゃんでした。

前回は硬い石で、今回は柔らかい布でと・・・。

不合理な思考?と思われましょうが・・・
芸術ってそういうものを包含しています。
人間が包含しているように。

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