現代美術と骨董のお話

僕がブログを見るのは、毎週金曜日。コメントの回答が遅くなります。ご容赦下さい。

現代美術

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スーパーE!!!

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作家名:李禹煥(リー・ウーファン)
作品名:「島より 5」
技法 カーボランダム・ドライポイント・リトグラフ
2版2色 クラシコファブリアーノ紙
サイズ 760×520mm  Ed.50  1989年制作

これ超抜群です!

李禹煥氏の線。横へ闊達に伸びています。
凄さ如何なく発揮されています。

ドライポイントの線も痺れます!

いいです。

私、純粋にイイナ〜っと観ています。

奥行きが少なく、色彩も少なく、イメージも少ない絵であるのに、
です。


――・――・――・――


昨日、表層の話を書きました。
これこそ視覚の機能なのです。
視覚は、そもそも平面的なものですね。

奥行きは経験的な視覚の悟性です。

空間を把握すること自体が視座の移動ですから触覚的なもの。
そして色彩は視覚内部の機能(光の屈折)です。
ともにイリュージョンです。

視覚だけのそんな絵画は、
静的なヴァリエーションも少ないモノでしかありえません。

そこで少しのイリュージョンの余地が要ることになります。
現代絵画成立の条件として。

すると今度はイメージが出てきます。

解釈です。これは視覚領域の問題ではありません。
絵画に向き合う=イメージに向き合うになります。

ゆえにイメージは解釈を生みにくいものが必要です。
具象、抽象問わず。

ここまでは、視覚に関する一般論です。

その意味で李禹煥氏の「島より 5」は、
現代美術の平面を表出させた超抜群の作品です。


――・――・――・――


“観えるものと観えないもの。観ると観られる”
は、視覚とは同一ではないのです。

ご存知でしたか!?

私、一瞬袋小路入りしました。ウンギャ。

「色即是空」「一切皆空」なんて思考の“悟った人”を。
観自在菩薩を思っちゃいましたからね!

観自在菩薩で〆たら。
それこそスーパーEを越えています。ガハハ…。

観えるものと観えないもの。観ると観られるとは、
に関して17日から飛んだり跳ねたり、
浮上したり潜ったり、起きたり寝たりしてきました。

では、着地に入ります。

“自と他”なのです。


――・――・――・――


人間の自我が確立された時代においての主要な課題は、
個性を踏まえた自己と他者のかかわり、
人間にとっての個人的現実と社会的現実
との相克・相争いでした。

私の着地した“自と他”は、
このことではありません。近代を持ち出すつもりはありません。

自は他であり、他は自であり…

後は書くと長くなりますから。ご随意に。
物が飛んできそうですか?

今日は防災の日です。ヘルメットを被りましょう。

(また、いつの日か、
このことは折に触れて書いていきますネ)

では、皆さん御機嫌よう!
(次回からは「私の晩酌」(骨董)シリーズです)

良い週末をお過ごし下さい!!

一日を大切に!

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私の大大敬愛する豊嶋康子氏の「鉛筆」作品です。

以前は、有名な赤と青の2色鉛筆でした。

今回は、消しゴム付の格好いい作品です。

前回の記事も参考に見て下さいませ。
http://blogs.yahoo.co.jp/gigei10/12480686.html


――・――・――・――


豊嶋氏が鉛筆の作品に関し質問をされ、
それに応えている記事を参考に抜粋致します。
(少々割愛等しました。文責は下名にあります)

質問:「鉛筆」の作品は、どこの展覧会で発表されたのですか。

「One Day One Show」という、
一日だけの展覧会に参加したんです。
そこで鉛筆を一日中削りました。
でも、普通に削るのではなく、
使えないという状態に削るというものでした。
鉛筆だけを削るのではなくて、
一日わたしがカッターナイフで鉛筆を削って見せるという内容でした。

質問:その展覧会のコンセプトはどういうものでしたか。

タイトル通り一日で完結する個展で、
物質性の強い作品よりも、
アーティストの視点そのものをミニマルに
プレゼンテーションするコンセプト…
だったと思います。
(抜粋)


――・――・――・――


ね、眼が楽しむでしょ?
遊観は学問です。

大袈裟に言えば(いつもか?)、
日本人は万物と我とが一体の理を感じる民族です。

物と心の感応にはもちろん浅い、深い、厚い、薄い、と。
十分に観察すべきことなのです。

鉛筆の中は、不動なのではなく、
まして不静なのでもなく。
静と動。驚きませんか。


――・――・――・――


私がお会いした作家氏は、
村岡三郎氏、豊嶋康子氏のお二人だけです。
このお二人とは、長い時間、話をさせて頂きました。

豊嶋氏は来年早々秋山画廊にて個展を開催されるそうです。
お近くの方は是非!


――・――・――・――


暑いですが、
よい一日を!

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美術が好きです!!

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この企画は、力こぶを入れていきます。

ボイスです!

この作品はオリジナル・オブジェです。

経済の価値:芸術蜂蜜
制作年不詳
木の箱、厚紙製の容器(Kunsthoning商標)
7×6.5−7cm(直径)
Ed.12
Joseph Beuys と鉛筆による署名
1Wirtschaftswert(1つの経済の価値) と鉛筆による記載
Hauptstrom のスタンプ押印

1977年からボイスが発表し始めた〈経済の価値〉シリーズの1点。
シリーズには、この他にナイフ、まな板、ブラシ、ハケ、スタンプ台
などといった日常品が使われました。
多くは旧東ドイツの工業製品で、
その中には旧ソ連から運んできた製品もありました。

以前紹介のボイス記事もご参考にして下さい。

http://blogs.yahoo.co.jp/gigei10/17909351.html

Hauptstrom のスタンプ押印についてで、下記記事中に、
流れについてで蜜蝋のことを少し触れています。

http://blogs.yahoo.co.jp/gigei10/36879196.html


――・――・――・――


蜜蜂、蜜蝋はボイスにとって重要なテーマです。

ボイスのカタログより抜粋でご紹介をします。

ボイスは、蜂の機能や生態に、非常な興味を抱いていた。
1977年のドクメンタで発表した巨大なインスタレーション
「作業場の蜜蜂ポンプ」は、
蜂に対する彼のこだわりと、
自分の芸術観の大部分を形象化している蜂の洞察の
頂点をなすものとして注目された。

(この作品については、いつかまたご紹介をします。
これは重要な作品です。
ルイジアナ近代美術館(デンマーク)に収蔵:下名コメント)

ボイスは、ルドルフ・シュタイナーの著作に触れ、
早い時期にその影響を受けていた。
シュタイナーは、蜂を古代の神聖な生物とみなしていた。

「…神聖というのは、人間自身の内で起こる全てが、
蜂の生態の内に表現されているからである。

…それに、蜜蝋に関して言えば、
あれは実は血液、筋肉、及び骨との中間のものである。

…働き蜂は、草木から獲ったものを持ち帰り、
体内でそれを蜜蝋に変えて、
あの見事な組織細胞を作るのである。

人間の体内における血液細胞も、同じ働きをしている。
頭の先から、体全体を巡る。
…体内の血液循環は、
蜂の巣の中で蜂がこなす仕事に匹敵する」。

蜜蝋が、ボイス彫刻の素材として使われ始めたのは、
1950年代初めである。

「彫刻的な動きを通して、
混沌の中の素材から秩序だった形態に変貌する過程に基づいた」
ボイスの彫刻論に、直接的に関係してくる点で、
蜜蝋の保温性と可塑性は、
重要な特性と見なされていた。

ボイスによれば、
「面白いのは、一般的に蜜蝋は温かいという点である。
それは彫刻論の上で大切なことであり、
社会や政治の概念にも繋がっていく。
この温かみは、蜂蜜、蜜蝋、
それに草木から集めた花粉や蜜にさえも見られる特質である」。

混沌       秩序
優柔不断     意志強固
有機的  動き  結晶体から成る
温かい      冷たい
伸び       縮み
(抜粋)


――・――・――・――


上の反対の概念は重要です。

ボイス作品を見るときの一つの視点は、
人間に必要な栄養、エネルギーを作品に取り込んでいる、
ことです。大雑把ですが。

そして、ボイスの一貫した考え、
「彫刻のセオリー」における「暖かさ」、
自然と社会的習性の暗諭、
身体とそれに対する精神的な所産との相似は
常に相関連しているテーマです。

後は、ご自身でネ。

これ、容器から蜂蜜が漏れて、滲んで、
容器は少々ねっとりしています。楽しい!?

名古屋の酷暑で固まっていた蜂蜜はどうなりますか…。

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芸術が好きです!

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吉仲太造氏作品です。

私のブログでは、吉仲氏作品は補遺で2作品をご紹介しました。

http://blogs.yahoo.co.jp/gigei10/36369930.html

http://blogs.yahoo.co.jp/gigei10/26825564.html

満を持していました。
熱い息吹の時代作品を!

作家:吉仲太造
作品名:黎明(れいめい) 1961年制作
板、油彩、3点セット


――・――・――・――


この作品は、1988年総美社発行の、
「1928−1985 吉仲太造の全貌」に載っています。

厚塗りにより、独特のマティエールになっています。
太古の地表のような真朱の色調ですね。
血と燃える大地(マグマ溜まり)のようです。

この質感は画像では…。


――・――・――・――


参考記事をウエッブ上よりご紹介致します。

http://www.arts-calendar.co.jp/Sumitani/TAIZO_YOSHINAKA.html

http://www.kyoto-np.co.jp/kp/newfun/contents/sun/art_newworld/art_newworld01.html
ページ下段《9》に吉仲氏関連記事が掲載されています。


――・――・――・――


『美術』という言葉は難しいです。
人の数だけご意見があると思います?

表題は「美術が好き」か「藝術が好き」か、と5分も黙考。

私の知的レベルでは○△□☆※(意味不明)、
となりました。

藝術を選択しました。深い意味は全くありません。

美術が好きです!ガハ。

この勝手に企画特集は、
力こぶ入れます!

少しはご期待下さい。

皆様、良い休日をお過ごし下さい。

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作家:藤牧義夫
題名:「銀行について」。制作年・1933年
シートサイズ:138×113mm 

上の余白の薄茶色、これは糊付の跡です。
紙、木版 手彩色

作品の内容に関しましては、
是非、過去記事をご覧下さいませ。

http://blogs.yahoo.co.jp/gigei10/33060214.html


――・――・――・――


当時出版された本のままの状態は、
当時の版画表現が多く見られ、資料としても面白いものです。
画廊主殿へは無理をいい、譲って頂きました。
感謝。

右頁に作品関連の詩や解説がなされ、
左頁に作品が添付、または項に摺られています。

藤牧作品の右頁の詩をご紹介します。

銀行について

彼である。彼ぎりである。判断し且つ突如として決断するのは
他のものが何も見ないところに彼だけがみとめる
冷たい計算を持つが燃える夢を持つ。
そうして危険の時期が彼には燦爛として輝いて見える。

時々そのノォトの展開する頁を離れ
額を硝子に當てゝ彼がたのしみ見るのは
かなた夕暮れの中に立ち
相競ふ商號を天上に聳かす他の家々である。

上から下までその百の窓は光り輝き
その光を彼の家に注ぎ彼に投げつけ
窓ガラスの後ろに彼は叉見るのである
彼を敵視して恐らく彼を打ち倒すかも知れない人物の歩くのを
(ヴエルハーラン・新しい都・より)


――・――・――・――


藤牧義夫作品については、
ウエッブ上で紹介されていますが、
今回ご紹介作品に似た作品は、愛知県美術館に所蔵されています。

(下記ページを開くと何故か文字化けしています。
何処かのカテゴリーをクリック後、
トップページに戻って検索下さい。正常に戻ります)

http://bunka.nii.ac.jp/Index.do

作品クイックリサーチにて、
藤牧と入力検索してみて下さい。

3作品(「赤陽」「まくら橋」「銀行」)が見られます。

次回は、この本の中から他作家の作品を若干ご紹介します。


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