海の詩 The song of the sea

旅行も行かないし、ダイビングもしません(きっぱり)

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タブーに挑む話です。

死にたいと思ったことはありますか?

ぶっちゃけ、程度の多少や事態の深刻さは別にすれば
誰でもあると思います。
もし、そんなこと一度も考えたこともないなんて
頭の中、小春日和の人がいたら、ほんと会ってみたいですw
色んな意味で、すごい人なんだろうから。

私の周りだと、未遂の人は隠しているだろうからわからないけれど
ちゃんと自殺した人の話は、何件か知っています。
未遂だと、なかなか表に出てこないから。

先日、ふと自殺未遂と後遺症のことについて
ネット検索していたら
自殺なんてダメだな、死にたくなったら一生絶望して生きるほうが
よっぽどマシなのかもしれないと思いました。

まず、自殺未遂で病院にかかると
健康保険が使えないみたいです。
ICUのお世話になるような場合だと
数百万、場合によっては数千万の医療費負債を抱えてしまうみたい。
それで助からなかったら、、、うーん、、ですし
助かったとしても、一生後遺症に苦しみながら
お金の心配をしなくてはならなくなるのだから生き地獄だと思います。
本人だけでなく家族もです。
生命保険の保険金も出ない可能性があります。

割と最近に、自殺未遂で助かったのはいいものの
重すぎる医療費の負担に耐えかねて
家族間で殺人事件が、、なんてニュースもありました。

結局、自殺も中途半端なら、やめたほうがよっぽどマシってことのようですね。


自分の周りで何件か自殺した人がいると書きましたが
もう何十年も前に、叔父が睡眠導入剤を大量に服薬して亡くなっています。

祖母は、なぜ叔父が死ななければならなかったかは無視で
『睡眠薬』は恐ろしい、と睡眠薬の存在が災厄の源のように言います。
かわいそうに、かわいそうに、睡眠薬なんて飲むからと。
まあ、、方法はいくらでもあるわけだし
睡眠薬をこの世から消し去っても
自殺の原因を取り除いてしまわなければダメなので
祖母が、さも悲しげに語っているのを冷たい目で見てしまいますね。

同居していて、毎日顔を見ていて
異変に気づいてあげられなかったんですかね。
直接の原因は、人間関係だったそうです。
会社でいじめられていたらしいです。
毎朝、憂鬱な様子で仕事に出かけ
帰宅してもふさぎ込んでいたとかなら、普通気がつくでしょうし
祖母が『薬が悪い』と薬のせいにしたがるのは
阻止できなかった自分たちにも責任があるということを
認めようとしないような気がして、嫌です。

母ががんで亡くなったときも
母の世話なんて一度もした事が無く
母がどんなに苦しんでいたかも知らず
がんがどのような病気かも知らないくせに
むしろ長年にわたって母を苛めて
精神的な苦痛を与えていたのに
かわいそう、かわいそう、がんで死ぬなんてと
韓国の人みたいに嘆き悲しむ様子を白々しく演じるものだから
周りの人間はドン引きなんですよ。

この人が嘆き悲しむふりをするのは
自分には何も責任がないということなんだと思います。

でも、もし叔父がきっぱりと死んでいなかったら
かわいそう、かわいそうなんて
ワザとらしく嘆きもしていないんだろうなと思います。

私の実家は、祖父が体が弱く働けないのにも関わらず
本家の跡取りとして生きることから逃げてしまい
大富豪の本家からは、一切の経済的な援助も受けられなかったため
貧しい暮らしを強いられたらしいです。
貧しさゆえに、大変な生活をしていたみたいで
父も子供のころに、金属片集めなど物拾いをしていたらしいです。
親らしいことをしてもらった記憶がないとか、恨みに思っているみたいで。
叔父も子供の頃から貧乏をねたに苛められたりしてたのかなとか
嫌な会社を辞めると家に迷惑が、、とかあったんでしょう。
そんな状況で、もし自殺未遂して助かっていたら
経済的な負担が重くのしかかっていたのは間違いないです。
多分、私の人生も変わっていたかと。

自分勝手に死ぬよりも
自然に死ぬまで絶望して生きるのが一番良いということになるのかな。


私が一番最初に死にたいと思ったときで記憶に残っているのは
中学生くらいのときだったかと思います。
もっと小さい頃から、物心ついた頃から毎日が憂鬱で楽しくなかった気が。

いろいろあったんだけど
まず、親にちゃんと世話されていないせいで
風呂にも入れてもらえなかったし
着替えも、たまにしかしていなくて
服も数がなくて、毎日同じジャージだったとか。
顔の洗い方や歯の磨き方もわからなくて
常にこきたなくて苛められてたw
歯なんて、そのころのせいでいまだにボロボロだし。
病気になっても、高熱で意識が飛ぶまで放置されたりとかね。
食事も死なない程度が基本だったし
(母は戦時中の生まれで貧しいのが基本だったから)
空腹のあまり貧血で失神なんてこともあったし
腹が減って仕方ないので給食はおかわりするのが基本で
残ったパンとかもらって帰ったり
学校帰りに花の蜜を吸ったり野いちごとか木になってる果物をもいで食べてた。
川口浩のジャングル探検ごっこみたいで楽しかったけどw
家に帰っても、おやつなんて魅力的なものはなくて
腐った牛乳くらいしかなかったから。
だから、あんまり大きくなれなかったw

早い話、お猿さんみたいなもので
人間としてのしつけなんて全くされてなくて
字もかけないし、絵もかけない。箸も使えない(今はばっちりですw)
挨拶の仕方もわからないし、行く先々で迷惑がられてた。
親切にされたら、ありがとうって言うんだよって
何度もクラスメートに言われてもできなかった、、だから苛められたんだよね。
学校に提出するものも揃ってなくて先生にも迷惑かけたりとか。
母親に言えば、逆切れされて
ベルトの金具ンとこで、殴られたりとかも。
だから毎日辛くて、ゲームと勉強ばかりしてた。

母の名誉のために補足すると
先述の祖母による嫁いびりや父の自分勝手な生活やら
父の好き勝手に起因する借金苦のせいで
まともに子供を育てられる環境ではなかったんだと思います。
加えて、戦時中の物の無い貧しい時代に生まれ育った影響で
毎日とりあえず食べるものがあって雨風しのげる家があれば
子供には十分幸せなことであると考えていたのかと思います。
実際、そういうものに事欠いたせいで
たくさんの子供が亡くなったりしてた時代だったのでしょうから。
だから仕方なかったんだと思います。

母を恨む気はなくて
ただ自分が可哀想だったな
けなげに頑張っていたなと思います。

仕方なく毎日生きているだけだったんだけど
それで十分だったのかと思います。
未遂の後の体験談など見るにつけ。




暗い話で終わらせたくないので
絶望して育った私がその後どうなったかを書くと

いろんなものにがんじがらめに縛られた子供時代の反動で
色んなことをして、世界を旅してみました。
どこでも自分の好きなところに行って
好きなことをしたいと、ダイビングにはまったりとか。

そして、育て直しです。
子供を育てながら、自分に必要だったことを再現している感じです。
しつけや教育、親と子の交流などなど。
おかげで、子供はあまり頭は良くないけど
体は丈夫で、身長もちゃんとあって、大きな病気もしていないし
虫歯もほとんどなく、視力も良くて、清潔にしていて
毎日食べ物から十分な栄養を取る事が出来て
人に苛められたりも、苛められたりも無く
必要なものがないせいで、嫌な思いをするなんてこともなく
自分が、こうありたかったなぁ・・と思っていたものを
ほぼ実現する事ができて、そういう意味では幸せですよ。

いつも死にたいなぁと思っていたのが
とりあえず、急いで死ななくてもいいやって思えるようになっただけ
良くなったんだと思います。

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> フランシスさん
死んでしまおうとする人は、いろんな意味で人がいいんだと思いますよ。人に助けてもらうことが迷惑になるんじゃないかとか、辛いと思う自分がアホなだけなんじゃないかとか、、妹さんはきっとお姉さんになら迷惑をかけてもいいと、心のそこから信頼していたのだと思いますよ。いつまでも姉妹仲良くしてください。

2015/12/4(金) 午前 9:08 gigret2005


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