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うなずきマーチ

12月30日は、大滝詠一の命日だ。もう2年が経とうしています。今日のブログは、氏への哀悼の意を込めてエントリーします。

センセーショナルな出来事だった。うなずきトリオが、歌手デビューした。

1980年から約二年間、漫才ブームなるものがあった。当時まだ小学校高学年の私は、「The MANZAI」という特番や、「笑っていいとも」の前の番組である、「笑ってる場合ですよ」、そして「おれたちひょうきん族」を好んで良く見たものである。その「ひょうきん族」で、当時の人気漫才コンビのツービートのビートきよし、紳助竜介の竜介、そしてB&Bの島田洋八の特別ユニットが結成された。漫才コンビのツッコミ役で、あまり口数の多くない人たちを集めたトリオである。口数が多くないトリオだけあって、ネタもまったく面白くない。どんなネタをしてたかも記憶にすらない。

そんなトリオがレコードデビュー。曲名、「うなずきマーチ」。プロデュースしたのが、御大、大滝詠一だった。作詞作曲編曲も大滝詠一。編曲には多羅尾伴内というペンネームを使っていた。

当時小学生だった私は、大滝詠一を知らず、只うなずきトリオが、うなずきマーチを歌わないかなーと、ワクワクしながら「ひょうきん族」を見ていた。曲も、歌詞も、面白い。そして、うなずきトリオのメンバーが、いつになく生き生きしてたのを思い出す。そんな陽気な歌なのだ。

月日は流れ、21世紀初頭、私はおっさんになった。接待で行ったカラオケ屋で、「うなずきマーチ」を見つけた。しばし仕事を忘れ、心の中でチョッピリ喜んでしまった。次に接待でカラオケ屋にいくことがあったら、絶対にうなずきマーチを歌うぞ!と自分に誓った。と同時にうなずきマーチが入っている「NIAGARA SONGBOOK」のCDを購入。何度も聞いた。聞けば聞くほど、奥の深い歌詞だということも分かった。ジョークがいっぱい散りばめられていたのである。

準備万端、いつ接待があっても歌える状態で待機。果たして、うなずきマーチを歌う日がやってきた。

「なっ、なっ、なっ、うな、うな、うなな、」と歌い出すと、どうしたことか。横のテーブルの見知らぬおっさんが、飛び上がって喜んでいるではないか。そのおっさんが喜んでいるのを見て、私も喜んだ。途中から割って入って歌わないでね、と警戒レベルを二段階上げて。

ありがとう、大滝詠一。「A Long Vacation」の大ヒット、松田聖子の「風立ちぬ」の大ヒット、「ナイアガラトライアングル Vol. 2」の大ヒットと絶好調な時に、「うなずきマーチ」を作ってくれていた貴方は、やはり偉大なミュージシャンだった。

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