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1641年に、オランダ統治下になってから、貿易の重要拠点としてのマラッカの存在感は薄れて行きました。

1824年、英蘭協約に基づき、スマトラ島のアチェ王国とマラッカが交換されました。これにより、マラッカ海峡の西側がオランダ領、東側が英国領という線引きがなされました。

その2年後の1826年には、トーマス・ラッフルズ卿(英国)がペナン島、シンガポール島を含めたマレー半島を植民地化しました。シンガポールにあるラッフルズホテルの存在が示す通り、ラッフルズ卿はシンガポールを重要視します。マラッカはますます衰退して行くのでした。

1941年から1945年、日本軍がマレー半島を占領。

1948年 マラヤ連邦が結成されました。この時点ではまだイギリス統治下に置かれていました。

1957年8月31に、マラッカにて独立が宣言されました。

セントポール寺院跡。マラッカの栄枯盛衰を見てきた建物。廃れたまま観光スポットになっている。
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ザビエル教会。今もポルトガル系の子孫が集まる。少し傾いている。
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photo by Gimpei Fukagawa

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