■先週日曜日午前中は、ginが毎週集っている教会で、召天者記念礼拝が行われ、午後からは教会墓地に出かけました。 墓地では、関係するご遺族も集まり、一同で墓前礼拝を捧げました。 讃美歌を歌い、祈り、さらに聖書から牧師を通して語られる永遠のいのちの希望メッセージに耳を傾けました。 新緑の映える木々に囲まれた中で、ひと時を過ごしました。 「教会墓地・1」 「教会墓地・2」 ■時、変わって先週の土曜日は、前日仕事の関係で東京に出かけておりました。 土曜日はフリーで、かねてから出かけたいと思っていた鶴見にある叔母の墓前に出向くことを思い立ちました。 すぐそばに住む従妹に連絡し、場所だけ確認して一人で出かけるつもりでしたが、急な連絡にもかかわらず、従妹が案内してくれることになり、待ち合わせて墓前へと出かけました。 叔母のことは以前blog記事でも紹介したことがありました。 その一部を抜粋再掲載したいと思います。 ■−従妹の母親、すなわちginの叔母と、実は2年半前(2006/3/21記事)のことですが、このスタジア(横浜スタジアム)のすぐそばの新横浜駅の近くで別れを告げたのでした。 叔母は、ファミリーで一緒に歩いていた時に、路上で急に具合が悪くなって、倒れ、そのまま救急車で、京浜急行線の東神奈川駅近くの病院に運ばれました。 倒れたとの知らせを聞いて、ginも急遽、盛岡から駆けつけました。 ベッドには、意識のない叔母が眠っていました。 叔母には、ずいぶん可愛がってもらい、面倒をみてもらいました。 ベッドで、手を握ってあげると、とても温かくて、気持ちよさそうに眠っているようでした。 でも、温かい手が、冷たくなって、内で懸命に病と闘っている様子が伺えました。 なんとか回復をと思いつつ祈りました。 やがて、数日して、叔母が息を引き取ったとの知らせが届きました。 優しくて、朗らかで、周りを包み込むような雰囲気の叔母でした。 その叔母との最後の別れの会場は、このスタジアムのすぐそばでした。− ■以上、一部抜粋記事でした。 ■葬儀には参列しましたが、お墓を確認していませんでしたので、この日出かけることが出来ました。 こちらの墓前は、お寺ということで、焼香を求められるわけですが、ginはクリスチャンということで、焼香はせずに墓前に立ちました。 従妹はクリスチャンではないのですが、ginのことを理解してくれていて、何かと気遣ってくれました。 ひと時、叔母のことを偲びつつ、聖書に思いを向けながら祈りました。 その後、汚れていたお墓を清掃用具と水で、ピカピカに磨いて墓地を後にしました。 ■花月園前にある叔母のお墓は、あの石原裕次郎の墓のある広大な寺の敷地に一部隣接していました。 帰りがけに、従妹の案内と共に裕ちゃんの墓と記された案内看板を辿りながら石原裕次郎の墓を見てきました。 お墓は、ド派手かと思いきや意外にもフツーよりちょっと目立つかな程度でした。 この敷地には、数十年前の鶴見列車大事故の碑もありました。 鶴見事故のことは耳にしたことがありましたが、概要等については、殆ど知りませんでした。 携帯ネットで調べたところ、事故現場はこの近くで、多数の犠牲者が出たことを知りました。 ネットで調べていたところ、同日、九州三井三池炭坑では大爆発の事故があったことも知りました。 ■先週の週初めは盛岡で、週末は鶴見で墓前に立って過ごし、何か思い出深い一週間となりました。 「裕ちゃんの墓、鶴見事故の碑近くに咲きはじめたアジサイ」
「ガクアジサイ」 |
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感慨深い一週間でしたね。優しい叔母様の思い出がいいですね。
2009/6/2(火) 午前 1:17
叔母様のお墓のあるお寺は、去年旧小机領子歳観音巡礼でお参りしたことがあります。ご住職はお年寄りの優しそうな尼さんでした。
TBさせていただきます。
2009/6/2(火) 午前 6:15
tsuchifamily6さん、こんばんは。過ぎ去りし一周は、ホントに感慨深い歩みの時でした。
2009/6/2(火) 午後 10:47
ヒマ吉さん、こんばんは。さすがにヒマ吉さんは、お詳しいですね。
ご住職のことは、従妹より聞いておりました。
2009/6/2(火) 午後 10:52