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731部隊より知られざる日本の秘密細菌部隊『関東軍満州第100部隊』:捕まった人は誰一人生き残ることはなかった。

731部隊と言えば、知らない人は居ないが、同じく吉林省にある、関東軍満州第100部隊の存在はあんまり知られていない。731部隊と並んで、生物兵器の研究を盛んに行った部隊だった。

日本政府から満州第100部隊に関する情報がほとんど開示されていないため、その真実を知るのは困難を極める。敗戦前夜、第100部隊は関東軍総司令官山本乙三の命令で、ほとんどの研究施設を破壊し、資料はすべて焼却処分とした。

しかし、無数の証言により、第100部隊の存在が明らかになった。



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第100部隊の駐屯地は長春市西環路にある。今でも10メートル以上の煙突と20平米未満の庭があり、第100部隊の罪の証拠になっている。

去年9月、世界反ファシズム戦争勝利70周年の際に、長春市は第100部隊の跡地を保護対象にすることを決定した。その管理は満州皇宮博物院に任せるという。

博物院の副院長が記者に語った。
「731部隊は黒死病、コレラ、脱疽、チフス菌などを研究対象にしていたのに対し、第100部隊は鼻疽、炭疽、牛疫などを研究対象にしていた

「第100部隊が正式に出来上がったのは1939年。司令部、総務部と、5つの菌類研究開発部門からなり、実験用農場と牧場も管理していた」


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写真は馬に炭疽ワクチン接種をしている第100部隊の技術員


「私は毎日のようにあの煙突から白い煙が出てくるのを見ていた。一日10人死ぬとすれば、少なくとも数千人は死んだのだろう。寒さ耐性実験のために使われた人間が凍え死に、その死体は燃やしにくいと言うことで埋められていた」。ある目撃者がこう語りました。
「ある御者は日本軍に伝染病に感染したという理由で強制的に連行され、その後彼の姿を見たものは居ないという。その御者の使い人は全身に白い布で包まれ、実験材料にされたという」

第100部隊の研究施設を見学したことがあるという人がこう言いました。「私たちはある陳列室に案内されました。そこには巨大の試験管があり、中には黄色いホルマリンに浸かっている人間の頭、手、腕、太もも、肝臓、生殖器があった。見てられなかった

太平洋戦争勃発後、第100部隊は生物兵器の研究開発に取りかかった。日本軍は鼻疽、炭疽、牛疫、黒死病の病原菌を飛行機で散布し、大量の被害者が出た。戦犯高橋隆篤の証言によると、第100部隊は1941年からのわずか一年間で、炭疽菌1000キロ、鼻疽菌500キロ、サビキン100キロを製造していたという。そのほとんどが浙江戦場に使われていたという。
その悪魔の部隊が中国人にもたらした被害は戦後に続く。敗戦前夜、第100部隊は大量の菌を井戸に投下し、実験用のマウスも大量に逃がした。
その結果、長春地方でコレラが流行し、数千万人が死亡した。
今でも旧日本軍が残したと思われる生物兵器がたびたび見つかり、中国人に衝撃を与え続けている。

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