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昨日の大荒れの天気も、やっと収まりました。紅葉していた木々の葉も
吹き飛ばされて多分スカスカに・・・・見頃はあっという間に終了でしょう。
以下の画像は爆弾低気圧が来る前の様子です。ちょっと長くなりますが
晩秋の北大キャンパスを感じていただけたら幸いです。
モデルバーンをあとにして・・・
ヤマブドウを味わいながら、アイヌ住居跡がある遺跡庭園を通って・・・ (2017年10月下旬・北大構内)
ゆっくり歩いても1時間ほど。幸いにも散る前の紅葉を楽しむ
ことができました。構内にはイチョウ並木やポプラ並木だけで
はない見どころがあります。有名なクラーク像は、新たに時計
台の中にもできましたが、新渡戸稲造像は不人気?かも・・・
札幌農学校出身で、国際連盟や遠友夜学校等を舞台に活躍
しましたが、『武士道』、5千円札?くらいしか知りません。その
精神、メッセージは何だったのか・・・・武力紛争がなくならない
現状で、改めて見直し考える価値があるかもしれません。
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「第1回稲造サミット・札幌」 11月25日・札幌プリンスホテル
基調講演:寺島実郎氏(遠友みらい塾・塾長)
「新渡戸稲造とは何か―現代に生きるそのメッセージ」
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札幌自然散歩
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北海道、札幌の街の建設が始まった場所。ここから碁盤の目の
ような街割りで計画的な都市建設がスタート。当時はひとケタだ
った「和人」の人口は、150年後には200万人に迫る勢いだ。
自分のルーツも含めて、そのほとんどは「内地」からの移住者に由来する。
屯田兵や官吏、その需要にともなう労働者や商人など・・・中には訳ありで
新天地に来て「一旗揚げよう!」組もいた。そして故郷に錦を飾るはずの者
もいたが、帰れない様々な事情があって今に至り、北海道の3分の1の人口
が集中する大都会となった。その一方、「地方」は過疎化し、鉄路も次々に
消えていく。人が集中する場所でないと生きていけないのか?ネットが発展
するのは避けられず、少子化が進む時代。このまま膨張するとも思えない。
わずか150年での都市化で自然や昆虫はどうなったのか・・・・・その変遷を
掘り返し記録しておくことは、決して無駄なことではないと思っている。
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札幌市郊外、定山渓に向かう手前に小金湯温泉があります。
温泉の隣りには、アイヌ文化を紹介する施設があります。
オオウバユリ・・・アイヌの人々にとって、地下茎?は大切な食糧の
ひとつでした。何度も水にさらしてデンプンを取り出したといいます。
今では見向きもされない食材ですが、その知恵は伝承されるべきで
しょう。ずいぶん背の高いものが多かったように思います。
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久しぶりに荒井山を訪れました。確か小学校でのスキー学習以来。
今は「緑地」となっていて、スキー場ではないようです。でもジャンプ
台があって、サマージャンプの練習が行われていました。
市内では絶滅が心配されるある昆虫を探すために出かけてみました。
定期的に手入れが行われているようですが、オオイタドリやクズ、
ツル性植物で覆われています。少々のオオウバユリやクサフジ
の小群落があったくらいでオオハンゴンソウ、ムラサキウマゴヤ
シ(アルファルファ)等の外来植物が目立ちました。結局目当て
の虫は見つけられませんでしたが、かつて記録された頃の環境
とはずいぶん変わったのでしょう。一見緑豊かに見える場所でも
その中身はかなり貧弱であることが分かりました。
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藻岩山にある日本初のスキーリフト跡地を見てきました。
登山口の駐車場。車が着くたびに餌がもらえるのでは?と様子を
窺っています。一部の人が与えたのに味をしめたのでしょう。いつ
ももらえるとは限らない。餌を取ることを忘れて痩せていく・・・
戦後間もなく設置された進駐軍専用のスキーリフトの痕跡でした。
藻岩原始林が天然記念物に指定されたのが1921年(大正10年)。
そんなことにはおかまいなしに天然林が伐採されスキー場となり
ました。負けたのだから逆らえない・・・・・ではすまされないことは
明らかでした。今では徐々に森の中に埋没しつつありますが忘れ
てはいけない遺産として残されるべきものです。明日から北海道
にミサゴ=オスプレイが飛来する予定です。重大事故が起きても
なお中止されない現実・・・いつまで言いなりになるのでしょうか?
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