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女子ジャンプ・高梨沙羅さん、4年越しのメダルでしたね。
頂点とはなりませんでしたが・・・プレッシャーの中での悲願の銅メダルでした。
周囲の期待が大きかった中で、飛んだあとのホッとした姿が印象的でした。
それにしても・・・厳しい寒さと風、加えて遅い時間での競技・・・今日は朝一で
定期健診があるというのに、つい見てしまいました。競技が盛んな国の事情を
考慮しての時間だというのですが・・・五輪に群がる商業主義が見え隠れ・・・・
昨日の札幌の最高気温は何と約マイナス8℃! 五輪会場より寒かったかも。
いずれにしても選手たちにベストなコンディションになることを願います。
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番外編
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69回目を迎えた「さっぽろ雪まつり」の様子です。
国際雪像コンクールで優勝したのはタイチームの闘鶏「ガイ・チョン」・・・精巧でした。
市民の雪像です。
印象に残った大雪像は・・・
アトム・レオ・ブラックジャック・リボンの騎士などなど・・・永遠に不滅です!
色付きならもっといいかな〜と思っていたら・・・
明治初期の北海道開拓に「功績」のあった黒田清隆とケプロン・・・こんな高層ビルや
雪像、多数の外国人が集まる札幌は想像できなかったことでしょう。「北海道」と命名
されて「わずか150年」の変貌ぶり・・・二人の像に目を留める人はいません。
北海道命名150年を記念した「キタデミー賞」の主演女優賞=吉永小百合さんは
北海道を舞台にした多くの作品(最新作「北の桜守」は3月公開)に主演しています。
松浦武四郎が提唱したという 「北加伊道=北海道」・・・本来なら開拓使の中心に
いて重要な役割を果たすはずでしたが・・・・・・・・政府のアイヌ政策などに反対して
北海道を去った気骨。今の政治家や官僚には感じられません。
幕末から何度も蝦夷地を訪れ、アイヌの案内で各地を探検・調査し、現在の地名選定に
大きな役割を果たしました。アイヌと過ごした経験が「同化政策」を許せなかった・・・
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明けて早くも1週間が過ぎました。恒例となっている「囲碁同窓会」に参加。
あいにくの吹雪。会場宅に到着するまで遭難するかと・・・
地下鉄東豊線で東区へ・・・南北線や東西線に比べ車両・設備などが新しい。
大覚寺に寄ったのですが・・・前が見えない状況で、早々に失礼しました。
ひとつの趣味を通じて、今も交流が続いています。卒業してン十年経って、それぞれの
歩んだ道は様々でしたが、不思議なもので・・会うと一瞬で当時に戻ります。それなりの
地位や役職の者もいますが、そんなの関係ねぇ・・・「お前が先生なら子どもたちは不幸
だなぁ」などなど軽口が飛び交います。いつまで続けられるか・・・「じゃ最後に遺影撮影
しておこうか!」で締めとなりました。将棋では天才少年と天然名人登場で盛り上がりま
したが、囲碁はいまひとつ・・・・・「ヒカルの碁」ブームは長続きしませんでした。ともあれ
羽生さんと井山さんが大きな賞を受けるのは、伝統文化継承にはいいことでしょうね。
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あっという間に大晦日になりました。今年は身の回りに様々な出来事があって
慌しい1年でした。ちょっとした事故、入院、訃報など・・・未解決の課題もあって
環境を変えなさいというサインかもしれません。一方、国外では相変わらず紛争
が絶えず、平和とはほど遠い状況。国内でも様々なモヤモヤが晴れません。
思わず目をつぶりたくなるような事件が・・・
人も犬も笑顔になれる1年にしましょう!
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昨日がピークだったようで、暴風雪は収まりつつあります。以下の写真は
その前の様子(12月24日)なので、ほとんど雪がありません。
東京以北では最大の歓楽街と言われる「すすきの」・・・当然ながら夜の街。
昼間は閑散としています。時々観光客とすれちがうくらいです。明治時代から
始まったと言われ、バブル期などは大変なにぎわいで、帰宅時はタクシーが
拾えずに歩いて帰ったことも。公用・社用が支えていた時期は過ぎ、いつの間
にか若者の街になり、それも不況で廃れつつあります。今では観光客を相手に
している状況でしょう。地元民の足は遠のいたように思います。
歓楽街には場違いのように見えるお稲荷さんですが・・・ほかにも近くにお寺があり、
少し離れて東本願寺別院もあります。かつて、開拓前後のこの辺りには「ススキの
野原」が広がり、曙墓地があった場所でした。人口が増えると墓地は移され当時の
面影はありませんが、その痕跡が石碑に残されていました。
開拓使公認の「薄野遊郭」の歴史の一端が刻まれていました。その後の「赤線」は
言葉でしか知りませんが、廃止となった今でも、その内実は変わらないのでしょう。
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