|
気温が上がって日中は雪が融けている。雨が降る予報も。荒れる2月の
前兆だろうか。このまますんなり春に、ということにはなりそうもない。
マルハナバチの仲間に「ニセハイイロマルハナバチ」というのがいる。
札幌市内では、おもに平地に住み、少ないハチではない。マルハナバチ
自体がどちらかというと北方系なので、南下するにつれて少なくなるから
本州以南では珍しいハチかもしれない。
吸蜜するニセハイイロマルハナバチ(2008年8月・南区砥山)
「ニセハイイロマルハナバチ」の「ニセ」には、どんな意味がこめられているのだろうか?
昆虫に限らず、他の動植物の名前(和名)に「ニセ」がつくものが、しばしば見られる。
「ニセ」が付いてしまうと、どうしても「ニセモノ」のイメージが強くなり、付けられた生物
にはマイナスのような気がするが、元々の「ニセ」の意味は、そうでもないらしい。
「ニセ」を漢字表記すると、「似せ」となり、「似す」の連用形由来で、「似ている」という
のが本来の意味のようだ。だから元々は「偽」や「贋」のような軽蔑的な意味を含んで
いるわけではない。「ニセハイイロマルハナバチ」は「ハイイロマルハナバチ似のハチ」
という意味を強調したネーミングと理解できる。両者は確かによく似ている。
一方で、ニセハイイロマルハナバチの学名(ラテン名)には、pseudobaicalensisが
与えられているが、この「pseudo」は「偽りの・見せかけの」などの意味の接頭辞だ
から、これを和名にそのまま流用したとも考えられる。ただし、ハイイロマルハナバチの
学名は、deuteronymusだから、混乱する。
吸蜜するハイイロマルハナバチ(2008年8月・中央区円山)
ところで、ある本を読んでいたら、「偽」の字義として、「人+為」で、「人のため」と
解釈しているのが目についた。「偽」は、「いつわり・あやまり」などの意味だから
「人のため」とするのは皮肉だろうか? やはり「偽」は「人+為」=「人為」、つまり
「人がなす」と解釈するのが妥当だろう。「人が為すものは、すべて偽(いつわり)」
であるという、古代中国以来の物の見方が反映されていると言えるだろう。
人類が文明を持って以来の数々の「人為」は、「人のため」という大義名分の下に
破壊的な自然改変をくり返してきた。それはやはり「偽=いつわり・あやまり」だった
いうことを、今改めて思う。政権が変わったとたんに、凍結されていた平取・サンル
など北海道の4つのダム整備に予算がついた。美しい自然が、また消えていく。
いつまでこんなことをくり返すのかなぁ・・・
|
随想・虫のつぶやき
[ リスト | 詳細 ]
|
人はいったい何歳まで、その記憶をさかのぼることができるのだろうか?
ある昆虫学者が、次のように述懐している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ずいぶん幼いころのことでも、強い印象は鮮やかに残っているらしい。
私には1909年(明治42年)7月の大阪の北区の大火や、次の1910年5月の
ハリー彗星の記憶がある。それが人からきいて作りあげた心象でなく、
たしかに自分の視覚によることは、後で調べて明らかになった。1909年と
いえば私は満3歳で、当時天下茶屋に住んでいて、彗星の時もそうであった が、棟割長屋の2階の中窓から籐寝台にあがって、北の夜空を恐怖でふる
えながらながめた情景を、はっきりと再現することができる。」
(『昆虫学五十年−あるナチュラリストの回想』より)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ハチ類の比較習性学に多大の業績を残し「日本のファーブル」と呼ばれる
岩田久ニ雄さんの回想である。3歳の時の「恐怖の体験」が残っていたのだ。
人は何か強烈な体験をしたときに、より鮮明に記憶に留めるのだろう。それが
身に危険を及ぼしかねないようなものだったならば、なおさらだろう。「二度と
そんな目には遭いたくない」と学習して、先の人生に生かそうとするはずだ。
その一方で、不思議な体験、楽しかったことも記憶に残る場合もあるようだ。
私は、岩田さんほどにさかのぼることはできないが、5歳の春に見た光景が
今も鮮やかによみがえる。私たち家族は当時、南高グランド隣りの家に間借
りして住んでいた。世話好きだった父親は野球部の練習を買って出ていた。
その父に連れられて練習を見ているうちに、芝生がすり切れた裸地にいくつ
もの小さな穴があいているのに気づいた。何匹かの小さな虫がやってきて
あっという間に飛びこんだ。何者か・・・草の茎を突っ込んだりしているうちに、
その何者かは飛び出していった。
その不思議な体験は、その後ずっと記憶の底に沈んでいたが、学生時代の
ある日、一冊の本に出会い、その何者かの正体を知ることになって、一気に
幼児の記憶がよみがえることになった。それは、『ハチの家族と社会』。そうか、 これだったのか・・・
巣穴から顔を出すコハナバチの仲間 (2009年7月・札幌市円山で撮影)
あの日の体験から虫に興味を持ち始めたようだ。小学生になって野外に出歩くようになると
母親も後押しした。というのも私の記憶にはないのだが、3歳の頃に小児マヒ(ポリオ)に罹った
ようで左半身にマヒが残った。母親は少しでも回復するようにと野外での運動に理解を示した。
虫はどうでもいいようではあったが、ねだられるままに当時では高価な図鑑を買ってくれたりも
した。図鑑をながめていると、自分で採集したいという欲が出てくる。夏休みともなると、連日あち
こちに出かけるようになって、そのせいもあってか次第にマヒは消えていった。
最初の関心はチョウに向き、ずっとコハナバチに出会うことはなかったが、その習性を知ると
見えていなかったハチたちが見えてくる。意外にもあちこちに巣の集団(コロニー)があることが
分かってきた。コハナバチの生態については、著者の坂上昭一さんの功績で大方解明されて
いたから、それを追認するのも面白くない。次第に興味は他のハチ類に向かっていった。
北大植物園のホクダイコハナバチの巣 (2012年5月撮影) 坂上さんは、北大植物園でホクダイコハナバチなどのハナバチの継続的な調査を続けた。
大都市のど真ん中で、巣数・個体数はどのように変動するのか。先の著書には1967年から
1990年までの変遷が示されているが、その後の記録はない。植物園での存続の可能性を
信じながらも、減少・絶滅を危惧していたが、それから20年余経った2012年でも多くの巣が
見られたことを天国の坂上さんに報告しておきたい。
岩田久ニ雄 『昆虫学五十年−あるナチュラリストの回想』 中公新書・1976年
坂上昭一 『ハチの家族と社会−カースト社会の母と娘』 中公新書・1992年 |
|
その昔、「イモムシ」を神として祭ることがあったという。
(2012年9月・西区で撮影)
「もう1300年以上昔の話だが、わたしたちの先祖が神になったことが
あったそうだ。『常世の神』と呼ばれて大事にされたという。人には嫌
われることの多いわたしたちだが、何でそんなことになったのかなぁ?
今となっては『神話の世界』だが、当時の現世の事情が見え隠れして
面白いな・・・人の勝手で振り回されるのは、もうゴメンだけどね」
|
|
夏の終わり、 一匹のハエが、ハチのあとを追いかけていました。
(2012年9月上旬・西区平和で)
ハエ 「そろそろ、巣に帰る時間じゃないの?」
ハチ 「ぼくの巣には、もうだれもいないよ」
ハエ 「えっ、『ぼく?』・・・・」(間違っちゃったな)
登場した虫:ヤドリバエの一種、エゾオオマルハナバチ♂
|
|
(2011年夏・円山墓地で)
隠れていたつもりですが、地色が違ったみたいで
かえって目立っちゃった。最近、なかなか落ち着く
場所がないのよね〜 (マツノゴマダラノメイガ)
|


