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円山のエゾヤマザクラやソメイヨシノは連休中にピークを迎えて
いたようだ。代わって、今はカスミザクラやヤエザクラが見頃に。
梅林の梅も終わっていたが、アジアからの旅行者の人気を集めて
いたのは・・・この白い花。スモモ?だろうか・・・
「花よりカラス」のようだ。そのカラスたちはというと・・・
花が終わると人も店も去っていく。この時期、カラスたちにとっても
年に一度の宴だったはずだ。並んで別れを惜しんで挨拶している
のだろうか・・・まさかそんなはずはない!何かめぼしいものはない
かと隙をうかがっているのだ。最後の最後まで貪欲だった。
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札幌の鳥類
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琴似神社の片隅に残された屯田兵の生活の痕跡。板壁一枚、
十分な暖房もない中での札幌の冬。ひとつ間違えば凍死しか
ねない厳しさだったことは、当時の記録からもうかがうことが
できます。それでも頑張れたのは・・・東北出身者がほとんど
だったこと、故郷を捨てる覚悟、自分の土地が持てるという夢、
そして迎える春のすばらしさだったかもしれません。
全道にさきがけて琴似に屯田兵の第一陣198戸が入地したの
は明治8年(1875年)5月21日のことでした。以来140年余り
ニレやドングリの木が立ち並ぶ原生林はビル群に変りました。
それでも、わずかに当時の面影を残すのが琴似神社周辺です。
蚕の飼育施設があったようです。
エゾマツ・イチイ・イチョウ・カシワ・トチノキ・ケヤキなどの大きな木が
残されています。面積はたいしたことがありませんが、無機質な中の
緑はやはり目立ちます。きっと鳥にもそうなのでしょう。カラ類などの
留鳥のほか、渡り途中の鳥の休息場になっているようです。
シジュウカラとメジロの混浴?はじめ短時間でいろいろな鳥の様子が
見られるのも渡りの時期にあたっているからだが、それでも「鎮守の
森」が残されていなければ無理だろう。きっと屯田兵が居住していた
頃にはもっと身近だったに違いない。ただ観察する余裕はなかった。
記録したのはブラキストンらの外国人だった。明治に比べて生活は、
便利で豊かになったように見えても自然に触れる余裕はない。当時
よりもっと切迫しているかもしれない。神頼みに集中して鳥たちに気
づく人はいない。
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札幌で一番低い天神山(約82m)。梅や桜など花見の名所のひとつ
ですが、今年はまだ蕾が多く早いようでした。雪が舞う日があったり
して停滞しているようです。ワンちゃんには花見は関係ないと思うの
ですが・・・何とか桜をバックに・・・苦労しているようでした。
キビタキが来ていた。だんだんと夏鳥の顔ぶれがそろってきた。
その一方で、アトリなどの冬鳥もまだいて賑やかだ。夏鳥と冬鳥
の「すれちがい」・・・彼らはお互いにどう思っているのだろう。
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サクラが咲く頃になるとメジロが目立つようになる。それ以前から
到着しているようだが、なかなか姿が見えない。虫や木の芽は食
べずに蜜だけでいいのかな・・・ずっとこのサクラに固執していた。
夏鳥たちで賑やかになっている。メジロはどうか知らないが、
オオルリは東南アジアからやって来るという。はるばる来た
ぜ〜札幌へ♪ということだが、長旅ご苦労様、今年も来てく
れてありがとうとしか言えない。途中で命を落とした仲間もい
るだろう。なぜそんなリスクを負ってまで・・・不思議だ。
サクラの隣の樹木ではコゲラが食事に夢中だった。メジロや
オオルリが来たことに気づいているのかどうか・・餌など生活
環境も違うから、そんなの関係ねぇ・・・のかもしれない。同種
かどうかを判断する基準は何か? 見た目、鳴き声、臭い?
目のいい鳥のことだから、やはり見た目で判断している?
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春のカラスたち、求愛・造巣・食事など何かと忙しいようです。
ゴミ収集車に興味を示す。ここに何があるというのだろう・・・?
おっと! 食事中、何かに驚いて後ずさりする。
ドングリをじっと見つめる。
ハシブトガラスの夫婦だろう。「口づけ(嘴づけ?」したように見えた。
仲の良さを見せつけられた。カラスにキスする習性はない・・・と思う
から、何かを口移しで与えたのかもしれない。雄雌の区別は難しい。
雄から雌へのプレゼントが普通だろうから、右が雄だったかもしれな
い。何かと忌み嫌われるカラスだが、表情や行動は意外に面白い。
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