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最高気温が20℃そこそこの日が続き、すっかり秋の気配です。大雪山では
初冠雪とか。平地では赤トンボの姿が目立つようになりました。
アキアカネの交接。左が♂、右が♀。ハート型の姿勢で、♀は♂の
副生殖器から精子を受け取っている。連結したまま飛ぶには、♂は
あらかじめここに精子を貯めておく必要があるのだろう。
先日の大雨でできた水たまりに、たくさんの「つなぎトンボ」が
今がチャンスとばかりに産卵していた。いずれ消えてしまうつ
かの間の水たまり。こんなところに産卵して大丈夫だろうか?
「つなぎ」の前は必ず♂。移動の主導権は♂にある。♀は♂が
「選んだ」場所で産卵するしかない。水田のように定期的に水が
約束される環境なら、ある程度の乾燥にも耐えられるだろうが
こんな水たまりでは、次の水や餌は保障されない。それでも水
があれば「とりあえず産卵」は、アキアカネの逞しさだろうか?
アキアカネの3重連? (2014年9月中旬・西区発寒で撮影)
どうも♂−♂−♀の3重連結のように見えたのだが・・・ |
札幌のトンボ
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6月に発生したニホンカワトンボが子孫を残すのに忙しいようでした。
翅が褐色の♂。脱糞・・・
ハート型になって交尾。前が透明型の♂
(2014年7月中旬・西区平和で撮影) |
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あちこちの沢沿いでニホンカワトンボが目立つ時期になっています。
翅が透明なタイプの♂。成熟して少し粉をまとっています。
翅が褐色のタイプの♂。
♂の翅には2つのタイプがあるが、成熟して色変わりするわけでは
なく、遺伝的に固定された形質のようだ。同所的に生息するから
地域変異でもない。なぜ翅の色の違う個体が共存するのか、生存
に有利か不利か・・・うまく説明できない。だが、今見ている現実か
らすると、どちらがどうだとは今は言えないのかもしれない。
(2013年6月下旬・円山ふもとで撮影)
ハエがカワトンボに睨まれて、すくんでいるように見えましたが、果たしてこの後は・・・ |
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今日も一日雨降りでした。おまけに風も強く、枯葉が舞っています。真夏日とは
縁はなく、秋が深まっています。冬眠を前にアマガエルが休んでいましたが・・・
鉄柵のパイプの上で、行儀よく丸くなっていた。日光浴かな? とそこへ・・・
イトトンボがやって来て止まった! でも、アマガエルは無反応・・・
(2013年10月7日・南区東簾舞で撮影)
止まったのはオツネントンボ、このまま成虫で越冬する。家の中に入って来ることも
あるから、暖かさで真冬でもフラフラしているのを見たことがある。ニホンアマガエル、
この色のカエルは市内には、ほかにいない。ただ周囲の環境によって体の色を変え
ることがある。青色や灰色の個体を見たことがある。
オツネントンボはカエルとは知らずに止まったのだろうが、鼻先だったらどうなっていた
のかなと想像した。そのままパクリ・・・だったか、それとも・・・? うっすら目を開けて
いるから完全に眠っているわけではないと思うのだが。「お互い頑張って冬を越そうね」
そんな会話があってもいい場面だった。
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昨日は予想に反していい天気で23℃近くまで上がりましたが、今朝は雨です。
意外な場所で、オニヤンマが西日を浴びていました。
腹端を見ると、どうも♂のようだ。オニヤンマの♂というと、水辺で一定の縄張りを
作って巡回し、侵入者を追い払う行動に忙しいはずだが、ここは水辺ではない。
円山ふもとに広がる墓地の一角、長年訪れる人がいない墓にからんだツタにつか
まって西日を浴びていた。もう縄張りを守る意味がなくなったのだろうか?
(2013年9月27日・円山墓地で撮影)
円山墓地は、市内でもかなり古い歴史を持つ。明治の初めに開拓に入り、地域の
発展に尽くした人々も眠っている。開拓当時は火葬場・墓地がなく、住みついた場
所の近くに土葬したこともあったという。開拓使は、住民の意向を受けて墓地整備
を進めたが、その背景には故郷への思いを絶ち定住率を高めるという意図もあった
ようだ。政府の「夢の新天地」との宣伝文句とは裏腹に、生活は厳しく、逃げ出す者
も多かったのだ。
円山墓地ができてから100年以上が経って、さすがに無縁墓が目立つようになって
きた。この小橋家の墓もそのひとつだ。長年、縁者が訪れた形跡が見られず、夏に
なるとツタに覆われる。こうした光景を見ると、「墓の意味」「骨の意味」を考えさせら
れる。故人・先祖を弔う象徴としての墓だったが、社会情勢の変化とともに岐路に
さしかかっているように思う。
近郊に造られる新しい民間霊園にも土地の制限があるし、何よりも個人の意識の変
化が大きい。共同墓地・散骨・樹木葬など多様な形態が見られるようになって、この
ような石の墓は減る傾向にあるのだろう。一定期間連絡が取れない墓は整理されて
いくようだが、一時期そこで生きた歴史は、何らかの形で残していかなければならな
い。そこから見えてくる「何か」があるはず、その思いで記録を続けている。
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