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水素をエネルギーにした燃料電池バスで、響灘地区の次世代エネルギーパークへ
行ってきました。
次世代エネルギーパークには、様々なエネルギー関連施設が集まっていますが、
その中の風力発電 と 太陽光発電施設を見学しました。 10月1日(金)
小倉駅北口から出発します。
燃料電池バスの説明を聞きながら、響灘埋立地にあるエコタウンセンターへ。
ここで、次世代エネルギーパークの概要について聴講しました。
風力発電施設へ移動しました。 風車の高さは100m。
電源開発(株)の太陽光パネルを設置したソーラー発電所です。
燃料電池バスは、トヨタ自動車と日野自動車が共同開発されたそうです。
2005年の「愛・地球博」では、会場間のシャトルバスとして8台が運行して
いたそうです。
現在日本では、愛知県でしか運行していない水素バスですが・・・、
9月29日(水)〜10月1日(金)、小倉駅北側にある西日本総合展示場で、
「水素エネルギー先端技術展2010」が開催されていたので、展示されて
いたのでしょうか・・・!? 貴重なバスに乗車出来てラッキーでした♪
地球温暖化が問題になっていますが、水素バスで次世代エネルギーパークを
見学して、改めて、CO2削減や省エネの大切さを認識しました。 |
若松地区
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前回の続きです。 “若松あじさい祭り”の日・6月14日(日)に撮影した高塔山からの景色や周辺の写真です。 山頂の展望台から東側の景色です。 若戸大橋です。 山頂から少し下りた所に、火野葦平文学碑があります。 ここからは正面に皿倉山が見えます。 洞海湾です。 上って行く車が渋滞しています。 車道の傍らから、この急な坂道を下りていくと左側に安養寺があります。 安養寺の庭。 奥に墓所があり、葦平さんが眠っておられる玉井家の墓もあるそうです。 高塔山は賑わっていましたが、商店街は寂しいです。 若戸大橋の下を、渡船で戸畑まで行きました。 高塔山は標高124m。 この高さから見晴らすと、北九州の街がちょうど眼前に広がって、 いい具合です。素晴らしい眺めでした!
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あじさいの名所である高塔山 (北九州市若松区大字修多羅) では、 毎年6月の第2日曜日、第3日曜日に 「若松あじさい祭り」 が行われています。 今年も、約4万2000株のあじさいが山を彩り、山頂では様々な催しがありましす。 6月14日(日)、ステージ・イベントの五平太ばやし演奏、バナナの叩き売り、 韓国民族打楽器演奏を見て来ました。 「河童封じの地蔵尊」の前がステージです。 若松の郷土芸能「五平太ばやし」を若松青年商業会の皆さんが演奏されました。 演奏しながら、あっと言う間にハッピを脱がれました。 演奏が終わりました。 最後のポーズです。 お忙しい中、北九州市長もお出でになり、祝辞がありました。 門司港バナナ塾一期会の皆さんです。 最初に口上があります。 「さー買った! ○○円!」と値段をつけます。 売買が成立しました。 かわいい坊やがお金を持ってきました。「ぼく、どこから来たの?」 親御さんの方を指差して「あっちから・・・」。 なごやかな雰囲気の中で、一房1000円〜500円で全て売れてしまいました。 若戸プンルム隊の皆さんの韓国民族打楽器演奏です。 めずらしい韓国の民族芸能を見せていただきました。 この後、大正琴演奏がありました。なつかしいメロディーを聞きながら、 ここから少し下がった所にある火野葦平文学碑を見て帰りました。 ☆ 次回は、高塔山からの景色や周辺を掲載します。
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若松区の北東部にある埋立地に、リサイクル工場が立ち並んでいます。 響灘に面した緑地帯には、風力発電の風車10基が稼動しています。 5月19日(火)、海岸線に並んでいる風車を撮ってみたいなあと思い、出かけたのですが・・・。 響灘工業団地入口から少し進むと、エコタウンセンターがあります。 響灘大橋から西方向を撮りました。 風力発電の風車が見えてきました。 海岸線の近くで風車を撮りたかったのですが、まだ遥か彼方です。風も強いので諦めました。 市営バスで、JR戸畑駅へ戻ることにしました。 若戸大橋を渡っています。 戸畑側の工業地帯です。 エコタウンの道路は、工場へ向ういろんな自動車が走っていましたが、歩いている人は私だけでした。 晴天でしたが風がとても強く、写真も撮りづらい状況でした。<(_ _)> 北九州は製鉄業を中心とする重化学工業都市として発展しましたが、 昭和30年代には公害問題が深刻化しました。 市民・企業・行政が一体となって公害問題に取り組み、自然あふれる生活環境に戻りました。 現在は環境先進都市としてリサイクル事業を推進しています。(北九州市のプロフィールより)
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明治から昭和にかけて、石炭の積出港として栄えた若松港のすぐ傍・若松区白山1に、JR若松駅があります。 若松駅には石炭貨車、若松駅操車場跡には、筑豊本線で活躍していた蒸気機関車が展示されています。 駅前の駐車場の左側に、若松駅操車場跡・久岐の浜広場があります。 改札口からホームを撮りました。 この写真の右側の所に、石炭車が展示してあります。 ディーゼルカーが出発しています。 筑豊本線で活躍していた 9600形 19633号 です。 筑豊炭田の炭坑から掘り出された石炭は、川舟で若松港に運ばれていましたが、 明治24年(1891)、筑豊興業鉄道(後の筑豊本線)が若松〜直方間に開通し、石炭貨車が走り出しました。 若松駅では、昭和16年(1941)、貨物取扱量が全国1位になったそうです。 昭和57年に、貨物輸送は廃止になり、昭和59年に現在の駅舎が完成したそうです。 今は、長閑なローカル線の駅ですが、駅周辺を散策して改めて、石炭積出港の情景を想像してみました。
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