しる‐けんり【知る権利】 国民が国の政治や行政についての情報を知ることのできる権利。民主主義国家での国民の基本的権利として、言論・報道の自由や情報公開法制化の基盤となるもの。 〜デジタル大辞泉より〜 インフォームド・コンセント インフォームド・コンセント(英語:informed consent)は、「正しい情報を得た(伝えられた)上での合意」を意味する概念。 アカウンタビリティ(あかうんたびりてぃ) 責任の意。介護福祉業界では介護サービス利用者に対する説明責任の意味でよく使用されます。 などなど・・・。当たり前のことですが、自分たちには利用者さんに対して『説明責任』があります。そして、利用者さんには『説明を受ける権利』がありますね。 これは、繰り返しますが当たり前のことです。しかし、『知らされない権利』についてはどうでしょうか? 患者の権利に関するWMAリスボン宣言には、 患者は、他人の生命の保護に必要とされていない場合に限り、その明確な要求に基づき情報を知らされない権利を有する。というものがあります。では、この中の「その明確な要求に基づき」という部分について、明確な要求(知りたくないという意思)ができない方については、どう考えればよいのでしょう?例えば、重度の認知症を有し、自己の意思表出が困難な方。例えば、そもそも具体的なことに対しての意思を確認する前段階での意思確認が困難な方(貴方にとって都合のよくないことだとしても、説明を受けたいと思いますか?など)。 自分たちの責任を押し付けるような形で、利用者さんの『知らされない権利』を侵害しているようなことはないでしょうか。 自分たちは、利用者さんの『知る権利』や自分たちに課せられた『説明責任』だけでなく、利用者さんの『知らされない権利』にも、充分に想いを馳せるべきでしょう。 |
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説明責任は大事なんですけど、確かにこちら側の都合によるものもたくさんあります。「説明した」という事実が大切・・みたいなところが。相手が理解していなければそれはそれは説明したことにはならないのでしょうけど。。
知らされない権利。よく考えてみないとわからない。。難しい。。。
わかるようなわからないような。。その人がきいて不利になるようなことならば。。その判断を誰がどうするのか、ということも重要になってくるんだろうなぁ〜
2010/6/12(土) 午後 11:15 [ - ]
「知りたくなかった・・」「最後まで、だましてほしかった。」なんて言う話は、男女関係でもよく聞きますが、事患者さんの「明確でない」知らされない権利って言うのはかなり判断が難しいですよね。
以前私のブログに書きましたが、「嘘も方便」と言うこともあり得ます。
ただ、そこには自分の価値観や思い込みに左右される可能性があると言う事も肝に銘じないといけませんよね。
こぶた部屋の住人(http://blog.goo.ne.jp/symc1361)
2010/6/12(土) 午後 11:42 [ upako ]
権利は本人そのものが決めて主張するもの。うちの義父が亡くなって今日は納骨でした。家族宛の手紙が、死去後の荷物生理の中で見つかったの。泣きました。。。
2010/6/12(土) 午後 11:51
はじめまして^^・・で良いですかね(汗
ツイッターフォローありがとうございました♪
【心に語る専門職】のtomoです。
飯塚さん繋がりで、いつもgitanistさんのブログでこっそり学ばせてもらっております。
このたび・・初コメです。
よろしければ、私のブログのブックマークにgitanistさんのブログをのさせてください。
権利は誰のタメのものか・・そこに鍵がありますね。
いつもありがとうございます。
感謝。
http://ameblo.jp/1101tomo/
2010/6/13(日) 午前 0:40 [ レオ ]
おはようございます。
今日は都民集会。受付の大役?仰せつかってるのですが、雨で出足が心配です。
本日の凸ポチッ☆と。
2010/6/14(月) 午前 6:38 [ 社会福祉法人光照園 ]
おはようございます。当り前のことを当たり前にです。
再認識しました。
2010/6/14(月) 午前 8:56 [ ひこた ]
「患者の権利に関するWAMリスボン宣言」なるものを読ませて頂きました。唸ってしまいました。その中のこの大文字で書かれてある言葉「患者は、他人の生命の保護に必要とされていない場合に限り、その明確な要求に基づき情報を知らされない権利を有する。」ですが、これについても唸ってしまいました。何故かと言えば、この意味が私ごときの頭では、理解し得ないからです。
そんな中、gitanistさんのブログで、かなり勉強するキッカケがたくさんあることに気づきました。これは、私にとって、超ラッキーな事です。ありがとうございます。
ケアマネごときでは自分より年配の方についての援助方法がついていけないというのが本音です。
援助させて頂いている方々の生きる意欲が阻害される事が、人間にとってどんなに苦しい事かを仕事をする中で、学ばせて頂いている今日、どうにか「生きる意欲」を少しでも持てる様になって欲しいです。
自分も歳老いた時に、そんな関わりがしたいですから。
それにしても、「権利」については、どんな権利についても、とても難しい事であるとつくづく思いました。
2010/6/14(月) 午後 10:32 [ きた ]
pingさん、説明責任は大事ですけれども、リスクマネジメントの視点だけでの説明責任は、場合によってはただの言い訳であったり、相手を傷つけることにもなってしまうと思います。
ここにはもっと思いを馳せて、しっかり検討する必要があることも多いと思います。
2010/6/16(水) 午後 7:47
こぶたさん、
>自分の価値観や思い込みに左右される可能性があると言う事も肝に銘じないといけませんよね。
はい。とにかく真摯に考えることが大事だと思います。
2010/6/16(水) 午後 7:49
GPZさん、その理論でいくと、意思表出ができない方には権利がないということになってしまいませんか?
2010/6/16(水) 午後 7:50
tomoさん、遅くなりましたがありがとうございます。
>権利は誰のタメのものか・・
それぞれのタメでしょうか。人は誰でも様々な権利がありますし、認知症の方には権利がない、なんてこともないですし。
自分たちは、「利用者さんの代弁者」であるはずですよね。
2010/6/16(水) 午後 7:53
水野さん、盛況だったようで、お疲れ様でした。
2010/6/16(水) 午後 7:53
ひこたさん、誰だって嫌なことは言われたくないし知りたくないですからね。でも、それでも聞かなくてはならないことや知らなければいけないこともありますし。難しいです。
2010/6/16(水) 午後 7:55
きたさん、そうなんです。自分のブログは勉強にはならない代物ですけれど、キッカケにはなるかもしれません。
そして、書きながら、コメントをいただきながら自分も勉強します。
2010/6/16(水) 午後 7:56