ビートルズを愛するケアマネgitanistのブログ

ただ今諸事情により休止中です。メッセージ等はゲストブックにお願いします。

全体表示

[ リスト ]

専門性とは、特定の領域に関する高度な知識と経験のことであり、それは客観的な指標があって成立するものと考えられると思います。

そして、「介護の専門性」については、高口光子氏がこう定義しています。

“仕事の対象は生活障害、その人一人ひとりの生きにくさ、生活のしにくさ。
 目標は自立。その人らしい生活。
 方法論はケア。
 医療の「選んでいく専門性」に対して、介護は「選ばれる専門性」。”

介護というものは、医療のように検査値や画像データなどでは計れないもので、「はかる」という言葉を用いるのであれば、「計る」ではなく「量る」がよりふさわしいと考えられます。

冒頭に挙げた、専門性の定義でいうところの「特定の領域に関する高度な知識と経験」について言えば、調査をすればすぐに客観的な数字としてある程度は示されると思います。

例えば、「介護なんて誰にでもできる」という論に対して。確かに「行為」としては誰にでもできることです。これは法的な意味においてです。

『左片マヒの方に対して、ベッド端座位から車イスへの移乗介助』という場合(雑な例だな〜)、介護福祉士の資格保持者であれば、車イスの置く方向を間違うことはまれでしょう。でも、一般の方は少なくない割合で間違うでしょうし、例え合っていたとしても「なぜか?」まではきちんと説明できないと思います。

まぁ、これは高度でもなんでもないのですが、少なくとも「誰でもできる」という論にはこれだけで違和感を感じます。先に書いたとおり、「誰にでもできる」というのは、あくまでも法的な意味合いにおいてのことでしかありません。

では、先ほどの例だけで介護福祉士は専門性があるのかといえば、それはもちろん「否」です。では、何を以って「介護の専門性」とするのかというと、正直自分にはまだわかりません。

それは、最初に挙げた専門性の定義の中の、「客観的な指標」をどのように示せばいいのかがわからないからです。どうしても「主観的」になってしまうんですね。数字で示せるものではないですから。(誰か、客観的な数字で示す方法を知っていたら、教えてください〜)

少なくとも、「介護や介護福祉士に専門性はない」と言われてしまう決定的要因のひとつは、「個々人のレベルの差が著しすぎる」ことだと思います。批判を受けそうな言い方になりますが、看護師は「腐っても看護師」ですが、介護福祉士は「腐ったら素人以下」というイメージを自分は持っています。

そして、いわゆる「専門性」について、多分世間一般のイメージでわかりやすいのが、「業務独占である行為または独占でなくともその資格を保有していないと行うことができない行為(あくまでも法的な意味合いにおいて)」が業務としてあるかないか、という部分で判断されている面も多いのではないかと思います。

そこで、医療行為の解禁についてなんですが、この「医療行為の解禁」という考え方はそもそも間違いで、masaさんが言われているように、現状家族であれば行えることになっている「医療行為」が、そもそも医療行為であるのか?というところが問題なのであって、「医療行為を請け負えなければ専門性はない」という論には反対です。

ですが、あの医師会でさえ現状の医療行為の範囲の見直しに積極的な発言もあるのに対し(某看護協会は絶対反対の立場。なんだかなぁ。)、日本介護福祉士会とその会員の多くが、「反対」の立場。それも、「そんなことは私たちには荷が重過ぎます」と白旗を揚げている。少なくとも、時代のニーズに応えるべく努力しようという姿勢くらいは見せて欲しいものだ。

介護福祉士(会)自らがそんなでは、「介護の専門職としての意義」すら放棄していることと一緒ではないか。そんなものに「専門性」なんて、期待できないではないか。専門職としての矜持すらないのであれば、専門性について語る資格すらないのではないか。であれば、そこに専門性など生まれるはずもない。


介護の専門性が云々言われるのは、実はここのところが一番大きいのではないだろうか?

特別なことをすることで専門性を獲得しようとすることは間違いではないが、少なくとも介護においてその考え方は間違っていると思います。『専門介護福祉士』とか、最近突然出てきた『段位』なんかより、まずは資格保有者のレベルを一定の水準で担保できるようにすることの方が、はるかに先決でしょう。ホントにこの職能団体はどうなっているのか不思議でなりません。以前にも書きましたが(日本介護福祉士会の本末転倒)、やっていることが本末転倒。

結果の数値化が難しく、行為の標準化も難しいのであれば(対象である利用者を「全人的」に捉えるのが介護なので、曖昧で抽象的で広範で個別的すぎる)、少なくとも介護福祉士の資格保有者のレベルを一定の水準で担保できるようにするべき。

基本がおろそかになっているものだから、「介護」という非常に応用性を求められるものに充分に対応ができず、結果として「専門性がない」と言われてしまうような現状があるのでしょう。

そして、現場の職員は自信がなさ過ぎる。「専門性」という言葉に踊らされ、怯え、自分がしていることに自信が持てていない。もっと、自分たちのしていることに自信を持つべきです。繰り返しになりますが、専門職としての矜持を持つことが「専門性」の獲得への第一歩であるはずです。

そして、PDCAサイクルでいうところの、Do(実行)ばかりに時間と力を費やされ、他がおろそかになりがち。「専門性」を獲得しようとするならば、特にCheckとAct(点検・評価と処置・改善)をしっかりと行っていかなければならない。ここには「批判的」な態度も必要不可欠であると思うのですが(もちろん、同時に「建設的」でなければならないことは、いうまでもありません)、介護職は「優しくていい人」が多すぎて、ここがあまり得意ではない印象があります。「自分が頑張ればいい」「自分が悪かった」etc・・・。

自分は、そういう人は嫌いではありません。むしろ、愛おしくなるくらいに好きです。でもそれでは、それだけではうまくはいかない。いい方向には向きづらい。

「いいこと」は、「いい人」にしかできないわけではありませんし、「いい人」で常にいなければいけないわけでもありません。介護や福祉、医療や看護やその他もろもろ・・・、そういったものに人は「清らかさ」や「清貧」さや「自己犠牲」を求めます。でもね、考えてもみてください。自分らって、そんなに素晴らしい人間でしょうか?自分たちも、ただの人ではないですか?

ですから、「特別なこと」をしなければならない、なんてことはないんです。まずは専門職として、「当たり前のことを当たり前にできる」ところから始めましょう。そして、全体の底上げができることで、きっと段々と見えてくるものがあるはずです。そして、それを高めていきましょう。

ホントは図でも載せられればわかりやすいんですが、そんなPCスキルのない自分があえて言葉だけで介護の「強み」というものを表すと、やはり「生活に密着している」という点ではないかと思います。医療で例えれば、各専門科ではなく地域の「かかりつけ総合医」といった感じでしょうか?それは、とにかく対象が広く、垣根が低い、利用者に近い、ということです。その「広さ」こそが介護の専門性のキーワードにならないでしょうか?そもそも介護の専門性は、いわゆる「専門性」とはちょっと異なるものだと思うのです。ですので、「介護の専門性」を作り出そうとするのならば、まずは自分たちの「強み」を知り、それを大切に育てていくことが必要でしょう。

それが、「専門職としての矜持を持つ」=「介護の専門性への第一歩」ということなのではないかと思います。

そして、あくまで一般的な意味合いでの専門性として示すこと(エビデンス化するとか)は難しいと思うのですが、個々の現場では非常に専門的だと思える素晴らしいケアが溢れていることも、最後に付け加えておきます。


う〜ん・・・。「介護の専門性とは?」なんて、自分には荷が重過ぎるテーマをタイトルに掲げて頑張ってはみたものの、轟沈だな・・・。全く客観的でない。でもなぁ、介護ってそういうものなんじゃないのかなぁ?とも思うんですよね。う〜ん・・・。


づかさんが「介護の専門性?あるよ」って記事を書いています。自分のよりもよっぽどわかりやすいので、読んでみてください。

閉じる コメント(24)

顔アイコン

その個々人のよって違う「生活」をどのように支援してくのか。
そもそも生活とはなんなのか、ということを考えさせられました。
自分が行っていることの、意味が
利用者にとって、どのような意味があるのか
その意味において、係わる専門性の「何か」が見えてくるような気がします。
仕事としての介護は、もしかするとこれから大きく高められていくのでしょうね。
そのいったんを担っているわけで、そこへ向かって自分も進んでいきたいです。素直に。

2010/9/5(日) 午前 8:28 [ 又佐 ]

顔アイコン

大好きなテーマに思わず食いついてしまいました。

僕も色々と介護の専門性を考えています。

考えているポイントを挙げてみますね。

そもそも看護とは異なる介護独自の専門領域が存在するのか?それは法的だけでなく実働的にもです。介護職だからこそ担える、介護職しか担えない領域があるのか?

→→いや〜、なさそうだ。

看護以外の領域から見てみましょう。
例えば、保育士。子供を産んだことのない若い女性が保育士をやっていることが多いですが、そもそも子育てなんて『誰でもできる』ですね。そこにどんな専門性が存在するのか?

予備校教師。教員免許がなくても、売れっ子講師として“教える”専門性としては、有資格者よりも上であると自他ともに認められている。単に教えるだけであれば親が教えてもよい。

2010/9/5(日) 午前 11:44 [ kinsan ]

顔アイコン

保育から見えることは、誰でもできるが、社会や時代がその誰でもできる行為に対して貨幣を支払う労働として認知したことにあると思います。
ひとたび労働として見られると、生産性が求められるし、従事者は上を目指すもの。
素人でも家族でもできるけれど、対価を得る場合、より安心安全安楽で結果を求められるが故に、専門性を見出そうとしている。

予備校教師から見えること。つまり『できる=(難関校に合格する支援ができればよい)』の目的が単純明快なこと。結果重視ができる。しかし、介護の対象者の目指す先は千差万別。そこには本人ですら正解を導き出せない。
ここが、素人&予備校教師と“教育者=先生”の違い。つまり育てるという多様性を包含していること。

科学性を持ちこむことも大切なことだと思います。科学性と言うと数字やエビデンスを連想しますが、そうではなく、PDCAと同じ。再現性や根拠を持つこと等です。ここが確かに介護は足りていない。
自分もそうですが・・・

やっぱり一度、Linkスペースで多様な意見を混ぜてみたいですね。ガチンコになりそうですがf^-^;

2010/9/5(日) 午前 11:44 [ kinsan2 ]

顔アイコン

多くの人が「専門」という言葉で連想するのは、
「その『分野』に『ピンポイント』で精通している」
ということではないでしょうか。
言い方を変えるならば、
「狭く・深く精通している」というようなイメージかな?
そういう意味では、
医療関係の資格って、
「狭く・深く」を追及していると言えると思います。

ところが、
介護はそんなピンポイントな話ではすまされない。
介護の現場の舞台となるのは「生活」、
つまり日常という広い範囲の場所で行われるわけです
(福祉の現場って、介護に限らずそうだと考えています)。

範囲が「広い」から専門性が「ない」のではなく、
範囲が広い「からこそ」の専門性は追求していくことができるだろうし、
追求していくべきではないだろうかと考えています。

2010/9/5(日) 午前 11:53 じぇい

顔アイコン

まあみえさん、自分もまあみえさんのコメントと同じような気持ちですよ。

ですが、「客観的な専門性」がないとうんぬん・・・って声があるもので、頑張って書いてみたんですが。自分はそんな声には惑わされずに、目の前の利用者さんの笑顔が評価だと思っているのですけどね。それだけでは介護職の世間的な価値は上がらないしダメだということらしいです・・・。

2010/9/5(日) 午後 5:53 gitanist

顔アイコン

古瀬先生、ポイントを挙げていただいたので、少し整理できそうです。以下は先生が挙げてくださったポイントへの、今の自分の考えです。

1.介護に業務独占はそぐわない。介護はそもそも生活の場でのことですから。ただ、その中で専門職たる質の高い介護が提供できればいい。

2.その点も確かに違います。介護とは非常に個別的なものでありながら、業として行うには同時に広くもなければいけないですね。

3.そのような研究などで報告されていることは、やはり個別的なことで、絶対的なスタンダード(エビデンス)になり得るのかは、わかりません。

2010/9/5(日) 午後 5:58 gitanist

顔アイコン

4.まさに先生の仰るとおりだと思います。そもそも介護福祉士のカリキュラムも、「介護の専門性」についてのものはないですね。

5.自分もイマイチその言葉の意味がわかりません(苦笑)「威張らない」というところは、利用者さんに非常に近いところで仕事をしている、生活に密着している介護というものには絶対的に欠かせない要素でしょうね。さらに、医療や看護のように「強制的」でないところ。

とにかく、このテーマはすぐに答えが出るようなものではないですね。出るのなら、とっくに出ているはず。ただ、いつでも考えていかなければならないことだと思います。

2010/9/5(日) 午後 6:02 gitanist

顔アイコン

ぴろせさん、「何でも屋」自分はある意味ではそれは「誇り」だと思いますよ。

少なくとも、医療モデルの専門性を追いかけるのはどうなんでしょうね?

2010/9/5(日) 午後 6:04 gitanist

顔アイコン

又佐さん、何とか「介護の専門性はこれだ!」ってものを打ち出してください〜。自分ではまとめられないっす〜。

一緒に考えていきましょう。

2010/9/5(日) 午後 6:05 gitanist

顔アイコン

kinsan、kinsanの記事でわかりやすいものがないかな〜って思ったんだけど、なかなか、ね。いただいた論文(?)も読み返しましたけど、やっぱり難しいですよね、このテーマ。

でも、追いかけていきましょう。

2010/9/5(日) 午後 6:07 gitanist

顔アイコン

じぇいさん、ブラボー!

そうなんですよね。自分たちがしていることが「専門性がない」なんて恥じる必要なんてない!(ある人もいるでしょうが・・・)

広くて深い、この大変なテーマに挑戦しているのが介護に携わる人たち。頑張りましょう。

2010/9/5(日) 午後 6:10 gitanist

顔アイコン

医療職にあって介護職にない専門性…私はどちらも「専門職」であると思います。栄養士は医療職でも介護職でもないともあるとも言われながらも、私は栄養士は「食環境を整える専門職」だと自覚していますし、ケアマネは「要介護者を取り巻く生活環境を整える専門職」と思っています。(←勿論、自論ですけどね^^)
医療も介護も理論の上にサービスがありますよね。そして、その理論を用いた結果は違いますが現時の状態の評価と今後の予測をしてサービスに繋げてます。結果、利用者に利益をもたらし対価をもらう職業はやっぱり「専門職」じゃないかなって思います。ちなみに、介護職への生活における医療行為(なのか?)解禁は大賛成です。けして看護師業務と拮抗する事はないと思います。

2010/9/5(日) 午後 8:33 [ nirinso ]

顔アイコン

おはようございます。

暑さもあと一週間と朝天気予報で言っていましたが、「まだぁ〜?」みたいな月曜日ですが、気合いを入れ直して、今週も頑張りましょう!

本日の凸ポチッ☆と。

スキルの差を埋めるのは大変ですよね。まずプライドをもってもらいたい…なんて思います。

2010/9/6(月) 午前 7:15 [ 社会福祉法人光照園 ]

顔アイコン

いやぁ・・・皆さん、奥が深いです・・・。
皆さんのお一人お一人のそれぞれの考え方って、
それぞれで当たり前です。だからこそ、
介護は必要なのであると思います。
一人一人違うからこそ、それでいいのであって、
専門性って、人を大切に思いやったり、
何ができるかを一緒に考えら、更には共に
悩む事でもある様な・・・?ない様な・・・?
一緒に考えさせてください。
gitanist様?お元気ですか?
私、ヘトヘト・・(笑)w

2010/9/7(火) 午後 10:43 [ きた ]

顔アイコン

nirinsoさん、その「理論」がですねぇ・・・。なかなか難しいんです。

介護って生活そのものでもあると思うので、そこがいわゆる「専門性」を定義しづらいところなのかなぁ?と。

2010/9/8(水) 午後 9:55 gitanist

顔アイコン

水野さん、自分もそう思いまして、ほぼ結論に近い形で書きました。

2010/9/8(水) 午後 9:56 gitanist

顔アイコン

きたさん、最近いろんな所に出没していますね(笑)

その「違い」が介護の真髄でもあると思うんですけど、世間一般ではそれは専門性と捉えられないような。自分は、エビデンスなんかは「その人の中にある」と思うので。

2010/9/8(水) 午後 9:59 gitanist

顔アイコン

専門職であろうが、なかろうが、皆、人々なのです。
等と、断言した言い方が、私の一寸「なんだかなぁ・・・?」です!「ハイッ!わかっちゃ〜いるけど、
やめられねぇ〜んだわっ(笑)w」・・・って、突然、
方言が出てきてもうた・・・申し訳ないです。もとい。
「エビデンス」・・・という意味?証明・証拠・・・?
日とそれぞれに考える事の証明は?違っていいんだと
思うのであります♪でも、皆が生きる意味の感動と言おうか?感激と言おうか?満足と言おうか・・・?だと?
出没・・?お化けだぞぉ〜(笑)wおやすみなさい。

2010/9/10(金) 午後 10:49 [ きた ]

顔アイコン

内緒さん、すごくいいコメントなのに、内緒ではもったいないですよ。

内緒さんも一緒に考えていきましょう!

2010/9/11(土) 午後 9:01 gitanist

顔アイコン

きたさん、相変わらずのシュールなコメントありがとうございます(笑)

でも、よくわかりますよ。自分はどちらかというと、そちらの方なんです。

2010/9/11(土) 午後 9:04 gitanist


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事