人は忘れるように作られています
もう十年以上も前のお話です。
田舎の小さな学校で高校生活を送っていた私は同級生の男の子に恋心を抱いておりました。
そして、その男の子が上京するのと同時に、見事に失恋・・・。
そのときは、その悲しみは一生忘れないと思っていました。
しかし、今となっては、そのときの胸の痛みも思いだせません。
そして、社会人になって数年後。
取引先の会社で働いていた方のお子さんが、とある事件で命を奪われました。
その苦しみや怒りは私の失恋どころのお話ではなく、想像を絶するものがありました。
「この人の憎しみや苦しみは一生消えないに違いない」と思っていました。
ところが数年後、驚くほど穏やかな表情の彼に再開し驚きました。
食事をご一緒したときに「いつまでも悲しみや憎しみの中で生きることのほうが、人として悲しいことですよ」とお話されていました。もちろん、いろいろなことを乗り越えてこられたのだと思います。
つまり、日本はいろいろと助けてはくれたが、それはそれ、半世紀以上も前のことは忘れずに反日活動は続けようというもの。
救助隊の方々は、そんな小さな考えではなく、大きな志をもって活動に従事しました。
そんなことも理解できない情けない人々。
お馬鹿な国です。この記事を書いた記者だって、半世紀も前のことを体験さえしていないのに。地震での救助活動やいろんな交流を重ねて、過去の遺恨を乗り越えていくのが人なのではないでしょうか。人間は苦しみや悲しみを忘れて前に進むようにプログラムされています。そうしなければ成長がありません。
つまり、支那人は自ら成長を拒否している人種なのかもしれません。
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