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元旦は近くにできたVillage Vanguard に行き本を買って読む。 以前から気になっていながら読んでいなかった 南谷えり子氏による掲題の本を、 先日の「ファッションの欲望」の展覧会でギャルソンの服たちに 改めて触れたこともあり、読んでみようと手にとる。 「布幅」という常に服作りには必ず付きまとう制約の中で、 いかに服の形を構成できるか、という 通常と逆のアプローチをとったこと。 生地の加工、染色、縫製、その通常の工程を覆したこと。 肌を露出しながらもその下の裸体をイメージさせるものではなく、 着るものの強さを示す、穴や切り込み。 視線を拒否する露出を生み出したこと。 パンク、リベラルな思想。 トランスジェンダー。 そのすべてによる、「まだ存在したことのない服」の創造、それがギャルソンの常なる命題。 そのために、制度化された工程を覆し、制度化された美と性を疑問視する。 新しいことを生み出す際には きわめて真っ当なアプローチに思えるが、 そのように生み出された新しい服も市場に 無視されれば意味はなく、ビジネスを支えるための施策も怠らない。 強い! この本で最も印象的だった最後の節。 「そもそも自分らしいというのは、 自分が他者に対して素直に開かれていると実感できることだ。 着ることによって、外に向かって晴れやかに開ききることができる開放の歓び。 そのとき衣服は鎧のように身を固めるものではなく、真の意味で裸になるための 装置となる。薄い一枚の皮膜に被われたワタシという存在の不安定さにおののいて”らしさ”という同一性の中で身を守るために着るのではなく、力強く鮮やかに突き抜けていくために着る。 それこそ、着るということの快楽というものだろう。〜〜 真の創造とは、それを体験するものに 限りない開放の喜び、突き抜ける快感をもたらすものにほかならない。」 何もギャルソンの服だけでなくて、 毎日選ぶ服達に、素直に、自分の気持ちを表しているか問いたい。 その服による自分で人と接し、心地好く学べるか、働けるか、遊べるか。 メディアが「○○らしい」と容易に言葉する 同一性の中から、服を着る喜びなんて生まれない。 |
No Book, No Life
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渋谷の桜にある古書店で 「The Art of VOGUE」、各国VOGUEの90年代にいたるまでの表紙を集めた写真集を購入。 ファッションのみならず グラフィックで時代を切り開いていたことも一目瞭然です。 アバンギャルドでありながら品を失わない。 80年代に入るとセレブリティのアップで、 いわゆる「ニコパチ」写真が多くなるものの それ以前はこんなにもグラフィカルでクール。 |
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服と音楽の関係について述べられた本はないかな? |

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ドイツの写真家であるオーギュスト・サンダーによる |




