朝鮮学校に通う全国の青春たちを応援します。
とにかくまぁ、この動画の朝鮮学校生徒の舞踏所作が秀逸なんだわ。
『とってもワンダホ~!』の記事でUPすることにしたw♪
この記事で書くことでもないとも思うが、極右国際的反共アナキスト(アナルコ・サンジカリスト)の運動体が、在日差別問題を扱うにあたって、「日本人として」と言ってみたり、「差別撤廃は不可能だから、ヘイトスピーチの顕在の封殺が目的。しばいて封殺する」と言ったりしているのを見聞してゲンナリしている昨今であったりする。
アメリカNBAのスターリング差別発言問題や、ナチスに対する欧米等の対応に観るまでもなく、差別問題を扱う上で重要なのは「当事者意識」だ。
自分が差別される側になる可能性だけではなく、自分が差別する側になる可能性も含めた「当事者意識」。
欧米等での差別撤廃に向けての対応というのは、この「当事者意識」が基礎となる。
「自分達や、自分達と同じ人々が差別されてはならない。自分達が差別する側にになってはならない」、故にこその「差別撤廃」。
この当事者意識が基礎としてある者ならば、まず、「差別撤廃は不可能」などとは言いはしない。
念のために言うが、「(ヘイトスピーチの顕在の封殺も含めた)差別撤廃」に重要なのは、差別規制法の制定や暴力での応酬ではない。
そうでないことは、欧米等の例を観るまでもなく明らかな事だ。
「差別撤廃」にとって、最も重要なのは、被差別当事者が、堂々と、「差別は不当だ」と批判しつつ、自らが社会性を明示することだ。
迂遠なようでありながら、それが、「差別撤廃」にとって、一番の近道だ。
私は、自らの経験を以て、その事を訴えておきたいと思う。
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