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かめこくには珍しく、今月は3回も兵庫県まで行きました。いずれも運んだのはタンクのようなもので、それを高砂市にある工場に卸して、代わりに古いタンク体を持って帰るという仕事でした。卸した所で積込で時間的に余裕があったため、仕事の合間にちょっと高砂線の跡を見てきました。 高砂駅の跡はロータリーになっていて、中央に車輪のモニュメントが残されていました。下の画像はLunさんのブログで公開されている画像を意識して、高砂駅の北側の踏切跡から撮ったものです。お寺の樹木と右側のカネカ(旧鐘淵化学)の煙突は変わっていないようです。Lunさんの画像にある左側の煙突はどこへ行ってしまったのでしょうか? さて、持って帰るタンク体はスクラップに出すので、シート掛けは必要ないときいていました。往復の仕事でシートもいらないなんて、ラッキーと思っていました。が、しかし、吊り上げられてきた古いタンク体を見て、かなりブルーになりました。 そのタンク体には、断熱用と思われる綿状のもので覆われていました。持ってきたものには付いてはいなかったのですが…。一応、薄い鉄板で覆われているのですが、至るところでそれは破れていて、綿状の物質が剥がれ落ちていました。風が吹くとキラキラ光るものが舞い上がります。 これアスベストとちゃう?。監督さんに訊いてみても、「ん〜。アスベストのようなもの…」とはっきりとは答えてはくれませんでした。一昔前に作られた機械類には、十中八九アスベストが用いられたと考えるべきでしょう。 毒を撒き散らしながら走るわけにはいかないので、泣く泣くシートを掛けて運行。しかし、私のシートやら毛布はアスベストだらけなのであります…(哀)。 仕事を受けたときにひとつ気になったのことは、スクラップに出すのならばわざわざ持ち帰らなくても、現地のスクラップ屋に渡せば済むのではということでした。断熱材に包まれたタンク体を見て、アスベストを受け入れるところを選んだのかなと思いました。 ところが、卸し先のスクラップ屋さんでは、隔離するなどの対策をする様子はありませんでした。以前に持ち込んだタンク体もスクラップの山に無造作に積み上げられていました。スクラップ屋さんの人たちは何も知らされずに仕事をしているのかと思うと、悲しく思いました。
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高砂駅跡拝見しました。おめでたい名前の駅だったので、もう少しひねったモニュメントがあるのかなと思っていましたけど。でも、なまじSLなんかよりイイです。ワム貨車をそのまま飾ってくれたらもっと嬉しかったですね、もちろんアスベストなしで・・・(哀)。
2006/3/25(土) 午後 6:18
こんばんわ。最近平車が少なくて探してる会社けっこうありますよ。荷物のシート掛け、尊敬です。はい。
2006/3/25(土) 午後 10:33
これは問題ですね、かめこくさんの健康もきになりますし。
2006/3/25(土) 午後 11:58
Lunさんの貨車があふれている画像に触発されまして、高砂駅には行ってみたいと思っていました。車輪のほかに腕木式信号機とか転轍テコなんかもありました。それと、ちょっと離れたところに高砂工場と表記されたワムが倉庫として使われていました。これもある意味モニュメントかもしれません。
2006/3/26(日) 午前 4:06
ジェミリアさん>いえいえ、箱車に乗っている方こそ、手積み手卸し大変ですよね。平はクレーンで吊ってきて、ボンと載っけて、ハイ終わりです。シート掛けの手間はありますが、一斗缶500個とかやっていた頃に比べると体は楽です。もう私は箱車には乗れそうもありません。
2006/3/26(日) 午前 4:18
Lisaritukoさん>世間であれだけ騒がれているというのに、現場ではまだまだこんな感じです。しかしながら、積み込みに行って、これアスベストだから積めないなんて言えないです。こういう現場を目の当たりにすると、保存SLが立入禁止にされているのは、ちょっと過敏になりすぎかなとも思います。
2006/3/26(日) 午前 4:29
うわ〜、シートに残ったアスベスト大丈夫ですか?もう使えないのでは…??スクラップ屋さんの従業員も心配ですが付近の住民も…。かめこくさん以外、周りの人達がアスベストは危険なモノだという意識が無いってのも怖いですね。。。
2006/3/26(日) 午後 3:07
あきらっちさん>もう、しょうがないです。製造現場で毎日浴びるように作業をしていた方々に比べれば、まだずっとましかと思います。自分が卸したところ以外でも、スクラップ屋さんの近くにはあまり住みたくないなと思いました。
2006/3/26(日) 午後 4:01
原田 和明
カネカ高砂工場で製造されたPCBによる次世代実験
「カネミ油症とはPCBの人体実験である。」(紙野柳蔵・朝日新聞社「PCB・人類を食う 文明の先兵」1972)、「カネミ油症という、そのまま人体実験とさえいわれる日本独自の悲惨な体験」(藤原邦達「PCBの脅威」第三文明社1973)など、
カネミ油症事件は人体実験だったと指摘する人々がいます。
PCBがそれまで安全無害な物質であり、世界規模での環境汚染物質であると認識される前に、人体にと って極めて有害な物質であることを人間自身で証明してしまったことを指していると思われます。
九大 油症班(医学部教授)倉恒匡徳は 油症の症状を次のように述べています。
(朝日新聞社「PCB・人類を食う文明の先兵」1972)
患者さんの中には、全身至るところの毛穴に、次々に悪臭をはなつチーズのよな物質が蓄積し、はれあがり、激しく痛み、これまで100回 以上も切開手術を受けた人がいる。体中切り傷だらけである。
2018/6/2(土) 午前 10:25 [ カネカ油症の責任H30年12.01高砂 ]