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R16
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国道16号線にまつわる話
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久々に橋のお話です。
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川越市内の国道16号線は比較的早い時期に改良されました。隣の狭山市にまたがる川越狭山工業団地の造成にあわせて、昭和41年に狭山市奥富から川越市脇田新町間の内回り2車線、外回り1車線のバイパスができました。脇田新町から小仙波までは川越バイパスとして昭和44年に4車線で供用されています。 しかしながら、このような1960年代に開通したバイパスは往々にして右折レーンが設計されていません。開通当時は問題はなかったと思われますが、今となっては渋滞の名所となってしまっています。一応、内側の車線を0.5車線ぐらいにして、0.5車線ぐらいの右折レーンを捻出しています。乗用車ならば横をすり抜けることができますが、大型車は左のレーンにはみ出さねばならず、こういった交差点ではしばしば流れが悪くなります。 この顕著な例が画像の川越市新宿町3丁目交差点。川越市中心部へ向かう右折車両が多く、慢性的に混雑しています。右折レーンを設けるには大規模な拡幅工事が必要となり、市街化が進んだこの地区では解決はなかなか難しいと思われます。こういう道路は、結構あちこちにありますよね。 |
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どうしても鉄道ネタと絡めてみたくなるものでして…。 道路の改良には道幅を広くしたり、勾配や曲線を緩和したりすると同時に、一時的に交通が完全にシャットアウトされてしまう踏切の解消も重要になります。国道16号線でもバイパス新設や立体交差化により、積極的に踏切の解消が図られ、営業線では八王子市内の中央線を横切るものが一ヵ所残るのみとなっています。しかしながら、踏切を介しないバイパスが並行しており、実質的には踏切は完全に解消されたといってもいいかもしれません。 ところで、営業中だけではなく営業休止中の鉄道路線を含めるならば、もう一ヵ所残っています。関東の廃線好きには有名な、西武新宿線の安比奈(あびな、あいな?)支線の踏切です。この路線は終点本川越駅のひとつ手前の南大塚駅から入間川の河川敷へと伸びる、砂利輸送を目的とした路線でした。砂利採取終了により1967年に営業休止と記録には残っています。この付近の道路は1966年に開通しており、この踏切を列車が通ったのはごくわずかな期間だと思われます。 この路線は車庫線に転用するとかしないとかで廃止は免れ、営業休止中となっています。このため、レールや架線柱などの施設の多くは残されています。近年までビニールひもでぐるぐる巻きにされた、ミイラ化(笑)した警報機も残っていましたが、現在は基礎部分が残るのみ。ガードレールも線路を跨ぐように設置されています。
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たまには国道16号線ネタをやらないと… 八王子をから北へ向かうと、国道16号線は多摩川につきあたります。かつてはここには渡し船がありました。場所は現在の拝島橋の少し上手にあったようです。いわれは、案内板にあるとおりです。廃止年は昭和20年となっていますが、拝島橋ができる直前の昭和29年まで存続したという説もあります。地形図ではこの後の昭和28年資料修正版から、渡しが削除されています。いずれにしても、多摩川の渡しの中では最も遅くまで残ったもののひとつです。 鉄道ファンの方々は、川沿いに引き回されている線路群に興味を持たれるかと思います(あえてそうしたのですが…(笑))。これはいわゆる砂利採取線でして、右へずっと行けば中央線に合流します。砂利取り線も渡しの跡も、現在では跡形もなくなっています。 |






