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紋次郎の足跡

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木枯し紋次郎の舞台となったところを訪ねます
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「紋次郎は満徳寺の門前に立った。その門前に、樹齢数百年の欅の古木が聳え立っていた。欅の古木の根元には、人ひとりが潜り抜けられるほどの穴があいている。その穴を潜り抜けると、必ず夫と別れることができるという伝説があり、そこから縁切り欅と呼ばれているのだった。」
笹沢左保著_光文社文庫「木枯し紋次郎5」所収「駈入寺に道は果てた」より
縁切り寺というと鎌倉の東慶寺が有名ですが、江戸時代にはもうひとつ上州徳川郷に満徳寺がありました。男尊女卑の強かった江戸時代には、原則として女性からの離縁は認められなかったわけですが、例外は縁切り寺に駆け込むことでした。物語はある貸元の元から逃げ出した女を紋次郎が満徳寺まで追いかけていくというもの。
門前に立ってみました。ここにあったとされる縁切り欅は跡形もなく、道路を挟んで周囲は住宅地となっています。徳川郷は徳川家発祥の地として幕府から厚遇を受けていた地域で、満徳寺も代々将軍の位牌の安置所となっておりました。縁切り寺としての由緒が生まれたのも、徳川家康の孫娘千姫が入寺し豊臣秀頼との縁を切ったことから。しかし明治維新により徳川家の後ろ盾がなくなると廃寺。長らく礎石が残るのみでしたが、平成に入り当時の姿に復元されました。
周辺参考地図

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「台ヶ原の宿内にはいると、あちこちに『名物・六兵衛の蕎麦饅頭』という看板や幟が見られた。台ヶ原でいちばん大きい茶屋である増田屋は、主人が殺されたことで店を閉めている。しかし、ほかの小さな茶屋やみやげ屋でも、『六兵衛の蕎麦饅頭』は売られていた。そのうちの一軒に気がついて、友吉という子どもは父親の手を引っ張った。蒸籠から噴き出す湯気が、宿内を貫いている道にまで流れている。」
笹沢左保著_光文社文庫「木枯し紋次郎8」所収「念仏は五度まで」より
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/2f/f4/glacier_express_1999/folder/1461682/img_1461682_58262518_1?1246194928
馬籠などのように、古い町並みがそのままというわけではありませんが、ところどころに古い建物が残っています。そのひとつが北原家住宅。250年続く山梨銘醸(株)の蔵元でもあります。中は公開されていて、カフェやバー形式の試飲コーナーもあります。個人的にはへろへろのびる線路に萌えてしまいました…。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/2f/f4/glacier_express_1999/folder/1461682/img_1461682_58262518_2?1246194928
北原住宅のはす向かいにあるのが、甘味処・金精軒。甲州名物信玄餅を世に送り出したのはこのお店だそうです。「元祖」などと野暮ったいことを言わないところがいいですね。信玄餅も買いたいところですが、紋次郎の足跡をつづるにあたってはやはり蕎麦饅頭でしょう。
物語のキーとなる『六兵衛の蕎麦饅頭』。六兵衛は上諏訪の造り酒屋の主で大の甘党。酒粕を少しまぜた蕎麦饅頭を売り出したところこれが大ヒット。上諏訪一の分限者となる。こういった設定は、北原家と金精軒からヒントを得たのかなと思いました。
周辺参考地図

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「神戸は、野州から上州にはいって、三里ほどのところにあった。日光裏街道が高原地帯を抜けて、下りきったあたりである。山間が広くなり、平野部への入口にさしかかったという感じだった。木枯しが吹きつける中にあっても、里のようなのどかなたたずまいを失っていなかった。」
笹沢左保著_光文社文庫「木枯し紋次郎3」所収「木枯しの音に消えた」より
神戸手前の掛け茶屋でふと足を留める紋次郎。昨日も明日もない紋次郎には珍しいことなのだが、偶然すれ違った二人の少女が、何か昔のことを思い出させたようだった…。

神戸(ごうど)の集落の外れにあるおそば屋さん。わずかながら旧街道の面影を見つけることができた場所でした(厳密には旧街道からは外れた場所ですが…)。紋次郎が立ち寄った掛け茶屋というのは、こんな感じだったのかななどと想像が膨らみます。訪れたのは3年ほど前なのですが、その時は廃業してしまったお店なのかなと思ったのですが、最近の情報ではちゃんと営業されているようです。そしておそば屋さんに隣接してある太郎神社。この境内にようやく小さな竹林を見つけることができました。「竹」が物語の鍵となっており、本文では「山裾に珍しく、竹林が広がっていた」となっていますが、実際にはぜんぜんありませんでしたね。

近々一話限りで復活するという紋次郎。木枯し紋次郎という異名、トレードマークの長楊枝のルーツが収められているこの話の方が、新しいファン獲得にはいいのではないかと思うんですけどね…。

<余談>訪れた時にはぜんぜん知らなかったのですが、太郎神社というのはププッと笑えるお色気神社で有名らしいですね。

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「野州板橋−。あまり知られていない宿場である。だが毎年十一月になると、金剛神社の板橋ということで俄かに有名になるのだった。上州から野州へと例幣使街道を来て、楡木で壬生街道に合流する。壬生街道を更に北へ奈佐原、文挟とすぎると、次の宿場が板橋であった。」
笹沢佐保著_光文社文庫「木枯し紋次郎3」所収「噂の木枯し紋次郎」より
金剛神社では大がかりな賭場が開かれていた。そこへ不意にもたらされた木枯し紋次郎が斬られたという知らせ。百人ばかりの男たちにどよめきが起こった…。
今市を中心として東西に日光街道、北へ会津西街道、南へ日光例幣使街道(壬生通)と四方へ杉並木が続いている。いわゆる日光杉並木である。現在の鹿沼市と日光市との境付近にその由緒を刻した寄進碑が建っており、ここが日光例幣使街道における杉並木の起点となっている。そこから今市まで約14km続く杉並木のほぼ中間に板橋宿はあった。元々小さな宿場だったこともあり、現在は面影を残すものは何もない。物語の舞台は鹿沼-板橋-今市と転々とするが、杉並木については一切触れられていない。作者の意図するところは不明である。
周辺参考地図

三日月村

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前回は定休日ということで訪ねられませんでしたが、また群馬県に行く仕事があったので、その帰りに寄ってみました。三日月村とは木枯し紋次郎が生まれたとされる架空の村で、群馬県太田市郊外の薮塚温泉近くと設定されています。隣接するスネークセンターとともに、温泉街の観光の目玉として作られたテーマパークのようです。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/2f/f4/glacier_express_1999/folder/1461682/img_1461682_45304248_1?20070304215321
坂道を延々と登った先に入口があります。村というよりも山という感じです。入場料を払うときに場内の専用通貨に両替します。中の有料アトラクションや食事にはこれを使います。入ってすぐのところにあるのが木枯し紋次郎記念館です。木枯し紋次郎というよりも、原作者の笹沢佐保さんのプチ記念館という感じです。寄贈された生原稿の他、笹沢さんと中村敦夫さんとが談笑する写真が印象に残りました。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/2f/f4/glacier_express_1999/folder/1461682/img_1461682_45304248_2?20070304215321
紋次郎記念館があるところが山の頂上付近でして、そこから場内は下の方へと続いています。紋次郎の生家・絵馬堂・水車小屋といった物語にちなんだ建物が建てられています。東海道の宇津ノ谷島田の川越遺跡などに比べるとちゃちさは否めませんが、「あの人形はドラマでは誰々がやっていた役だな」とか、紋次郎ファンの私には意外と楽しめました。

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