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とんでもない宝の山を掘り当てました。
ちょっと前になりますが、私の愛聴曲の一つであるブリテンの「シンフォニア・ダ・レクイエム」の第2楽章について、その拍に関するちょっとした議論になったのです。
結果的には推測のとおり3拍子だったのですが、この確認にはニューヨーク・フィルのデジタル・アーカイブのスコアを参照しました。
おバカな私は、それでお終いにしてしまいました。

なぜ、「春の祭典」を覗く気にならなかったのか?
本当に救いようがありませんね。

遅きに失しましたが、同アーカイブの「春の祭典」を閲覧しました。
冒頭の「宝の山」とはこのことです。
複数のフル・スコア(しかもバーンスタインの書き込み入り!)やパート譜、周辺情報が惜しげもなく開示されています。
これからしばらくはこのサイトに没入することになります。
そして、早速、既刊のスコアに手を入れて修正する現場の生々しい実例を知ることになりました。

私、かねてから、ストラヴィンスキーの「春の祭典」の冒頭ファゴット・ソロにつきまして、その再現終結部に言及してきました。
すなわち、スコアでは「F」に落下するのですが(実際、そのように忠実に再現する演奏も少なくない)、その前の「A♭」のフェルマータのまま終わる演奏が多いという指摘です。詳細はこちら
この相違は、初演時のコピイストの記譜に誤りがあり、その修正が不徹底のままスコアが刊行されてしまったものとして概ね決着しており、後者の「A♭」が正しいものとされます。

そして、「A♭」のままとするNYPの修正の実例がこれです。まずは、フル・スコア(3番目のID2341)。

イメージ 1

鉛筆で「F」が否定されていますね。
続いてファゴットのパート譜。

イメージ 2

こちらは手書きの音符を貼り付けて修正されていることがハッキリと分かります。
他にも「春のきざし」練習番号14からのアルペジオの上昇音型が付記されていることにも気づきます。

今回は冒頭のファゴットだけを紹介しましたが、この膨大な情報の洪水にどう対処していいのか戸惑うばかりです。
とにかくこのアーカイブは、オーケストラの現場を窺い知り、この視点から作曲家・作品を理解する一助となる素晴らしいサイトです。ベートーヴェンやブルックナーなども大いに参考になるのではないかしら。
今や私たちはニューヨーク・フィルのライブラリーのドアをノックし、入室することができるのです。

この記事に

ヴェラ・ストラヴィンスキー夫人とロバート・クラフトの編著による「STRAVINSKY IN PICTURES AND DOCUMENTS」というタイトルの分厚い大判の書籍があります。
そのタイトルのとおりストラヴィンスキーにまつわる手紙や書簡、文書や、作品の自筆譜などが掲載されていて大変興味深く、有益な本です。
ちなみに海外のショップからの出品が常ですが、日本アマゾンでもコンスタントに取り扱われていて、私も日本アマゾンで購入しました。
最近ちょっと値が張りますね(この記事をアップした日現在9000円)。私は送料込みで2000円で求めましたので、辛抱強く待っていれば安価・良品をゲットできるかもしれません。

さて、ここからが本題。
下記の画像はこの本に掲載されているスコアの一部で、「春の祭典」の第5曲「敵対する部族の遊戯」の冒頭からしばらく経った辺りです(1967年版では練習番号58の6小節目)。
ここは、私が試聴記において「1967年版」とそれ以外を見分ける重要な箇所としてくどいほど言及している箇所で、67年版ではホルン隊に強烈な「sffp<ff」が掛かるところです。
ご覧のとおりスコアに書き込みがなされているわけですが、これは1922年6月のものと紹介されています。

イメージ 1

早速、解題します。
まず、書き込みの元となったスコアですが、これは垂涎の「1921年版」すなわち「春の祭典」の初の管弦楽版出版譜です。

続いて、スコア上段から書き込みを点検しますと、ざっと以下のとおりとなります。

(1)ファゴットが挿入され、ホルンの下降3連符の後に長音を吹きます。
(2)ホルン隊8人は2人ずつ4段のスコアになりますが、「1・2/3・4/・・・」と順に並んでいた奏者番手が「1・3/2・4・・・」に変更されます。
(3)これに加えて、スコアでは5・6番の低音の長音が削除され、7・8番の超低音は全部削除されています。
(4)下降三連符以下に2ndチューバが追加されます。
(5)ティンパニの音符の連結が変更されます。

これを整理してスコアに反映させますと次のとおりとなります。
「1947年版」です。

イメージ 2

私は、「1947年版」とは「1929年版」の焼き直しであると推認していますので、上記の整理と反映は21年版の次の出版譜である「1929年版」で完了しているものと考えます。

いずれにしましても21年版と29年版のスコアが喉から手が出るほど欲しいわけですが、ではこの変更前のスコア、すなわちファゴットとチューバの補強を欠き、低音ホルンが唸る録音はないのでしょうか。
あります。
デイヴィッド・ジンマンとチューリヒ・トーンハレ管弦楽団による「自筆譜」の演奏がそれではないかと考えます。
また、モノラル故に判然とはしませんが、モントゥーの特に初期の録音も注意深く聴き直す必要を感じます。ストコフスキーやベイヌムもそうですね。

最後に、そもそもこの手書きの書き込みの主ですが、この本に掲載された他の画像の筆跡などからストラヴィンスキー本人であろうと思料します。
この後、あの長音は「sffp」となり(43年頃)、続いて「sffp<ff」へと変転し(67年改訂版)、いよいよこれらを無かったものとして29年版に戻る(67年決定稿)のですから、氏が「改訂魔」と評されても仕方がないでしょう。
そして、「春の祭典」にはこのような変化が随所にあるわけで、この曲を愛好するリスナーには尽きない楽しみを与えてくれているとも言えます。
※2018年4月10日追記
まさに、同書においてこの変更箇所が言及されていました。ここにそれを転載します(適宜、改行します)。

Befor long, the new “1929” miniature score was also covered with red ink.
To cite only two of the emendations, the timpani music at 57 (and corresponding places) was rewritten, as was the fourth measure before 59 , both in harmonic substance and in instrumentation.
Originally scored for eight horns, the lowest part was now reassigned to the second tuba, the upermost line was doubled an octave below, and an E in the lowest register of two bassoons was added to the sustained chords.

Still not satisfied with this solution, Stravinsky rewrote the passage, probably 1943, canceling the changes of tempo, deleting the E, and reducing the horns to four (as well as confining them to their upper range and rewriting their glissand in the preceding measure as a quintuplet in the time of a quarter).
The Sacre has not yet (1978) been perfomed with these alterations.

以上なのですが、前半部分はこの記事でも触れた(1)から(5)の変更に関する記述です。
ちなみに、1922年6月のものとする冒頭のスコア画像はこの本文とは全く関係のないところに掲出されていて、しかも本文が「間もなく1929年版のポケットスコアも朱に染まった」と書き出されていますので混乱します。
この画像を「垂涎の21年版」と決め付けるのは保留せざるを得ませんが、次の状況が考えられます。

A:画像の手書き入りスコアは29年版であり、文中の改訂も29年出版後になされている。画像スコアの日付を「1922年6月」とするのは誤記。
B-1:いや21年版である。記述の変更は29年版では実装されており、著者には時系列の勘違いがある。
B-2:いや21年版である。記述の変更は21年版でたしかに指示されていた。しかしながらこれが反映されなかったので29年版でも改めて朱入れしたのである。

私はB-1説です。

さて、注目すべきは転載した本文の後半「Still not satisfied with this solution, ・・・」以下にあります。

多分1943年、E(※)を削除し、ホルンを4人に減じた(高音の音域内に閉じ込め、前の小節のグリッサンドは云々)」※ファゴットとチューバの保持音

とあります。
これこそ、ストラヴィンスキー自身の60年コロンビア響盤、あるいは、大植英次/ミネソタ管盤で聴くホルンの響き、すなわち〔sffp〕ではなかろうかと考えるところです。
無論、ここではsffの有無や強弱について言及されていないため断定は危険です。
しかしながら、両者がいずれも終曲に「1943年版」を使用している(と思われる)ことを考え合わせますと、同版の改訂作業と同時進行で「敵対する部族の遊戯」や他の箇所にもに手が加えられていたことを強く推認するのです。

ところで、この「敵対部族」の改訂はたしかにどのスコアにも記されていないわけですが、仮に覚書や指示書のような形、あるいは口伝で残されているとしたなら、必ずしも「1943年版」とのセットではなく単独で再現されることもあり得るのではないかと考えられます。
そして、L・モルロー/シアトル響盤が出現するわけです。

この記事に

長く吹奏楽部に在籍して金管楽器を吹いていたのですが、ついぞ弱音器(ミュート)を付けて吹奏することはありませんでした。
もちろん、ミュートを要する曲も演奏したのですが、部員の数だけの器具が用意できず「まっ、いいか!」てな具合で付けなかったのです。

今回はこのミュートに関する話題です。
ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」では、ほとんどの金管楽器にミュートの装着を指示する記譜があります。
そして、例えばトランペットですが、一口にミュートとは言っても明らかに異なる器具によるものと思われる音色の違いを聴き取ることができます。
例として、私が「レコード遺産級の4種」の一つとして絶賛するサロネン/フィルハーモニア管盤の試聴記から抜粋します。

一つ面白い点をご紹介します。
第2部序奏が始まってしばらくすると、ミュート付きトランペットの二重奏があります。
が、ここでは楽器に弱音器を差し込む方式ではなく、お椀のようなもので朝顔を覆っている、或いはそのような効果が出る器具に差し替えているものと思います。結果、通常の弱音器を付けたトランペット特有の金属音は消失し、丸い柔らかい響きになります。
第13曲「祖先の儀式」で使用されるミュート付きトランペットからは明らかに金属音が鳴っていますから、使い分けられているものと思料します。何と細やかな解釈と、その実現でしょう。

そして、上記で「お椀のようなもので朝顔を覆っている、或いはそのような効果の出る器具に差し替えている」と記したことの実例をご紹介します。
バーンスタインとロンドン交響楽団による1972年のライブ映像です。

まず、ほとんどは下記のとおりよく見る形態での演奏となります。

イメージ 1

ただし、サロネン盤でも指摘した第2部序奏二重奏では次のように棒のようなものが飛び出します。

イメージ 2

これは「ステム(へそ)」というものらしいです。
この抜き差し、スライドする長さ等により音色、音量が変わるとのこと。映像を観ればまさにその違いが一目瞭然ですね。
同じバーンスタイン/ロンドン響のライブ映像(66年)では、この箇所はひたすらバーンスタインの指揮姿を映すのみとなっています。

ところで、他のライブ映像や音源では、このような変化を付けていない(と思われる)演奏が圧倒的に多いです。
また、スコアを見る限り、ミュートの態様に関する特段の記譜はありません。
一体、このような使い分けは誰が指示するのだろう?
指揮者の発意かしら。オケの伝統やライブラリアンの見識かしら。

いずれにしましても、「春の祭典」にはこのような変化・違いを聴き取る楽しみがあり、ライブ映像はまさに全編が宝の山になります。
(だから、あまり指揮者ばかり映すのはやめてほしい・・・)

この記事に

ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」の試聴日誌は、とりあえず目下の最新譜まで追いつきましたが、宿題が一つ残っておりました。
 
それはディスコグラフィのNo.171、デイヴィッド・バーナードとパーク・アヴェニュー室内交響楽団の演奏に関わるものです。
その記事でも述べましたとおり、この「春の祭典」は、フィラデルフィア管弦楽団のチーフ・ライブラリアンである(であった?)クリントン・F・ニーヴェグ(Clinton F. Nieweg)氏が校訂したスコアに拠るもので、その世界初録音となります。
曰く、「(この曲の)多くの誤り、抜け漏れ、不整合を修正した」とのこと。
たしかに、どの演奏でも聴いたことのない改変が随所にあります。
ただ、いかんせん演奏が荒いのでミスなのか修正なのか判然としない箇所もありますし、取り急ぎまして下記9項目を取りまとめます。
 
例によってスコアと文字だけの解りにくい説明になってしまいます。
そこで、多くの方がブーレーズ/クリーヴランド管の69年盤をお持ちだと思いますので、この改訂箇所がどの辺りなのか、ブーレーズ盤でのタイミングを【  】に表示します。
なお、この取り組みにあたりましては、バーナード盤の演奏にミスが無いことを前提とします。これから指摘する箇所が演奏あるいは編集のミスであるとするならば、その瞬間にこのディスクは存在意義を失います。
 
1.序奏の練習番号7のオーボエが欠落する
【開始から1分57秒】
開始早々からやってくれます。
1stオーボエが「ピッピピピピ/ピッピピピピ|ピー」と印象的な連符を吹きますが、これがカットされます。
多分、伴奏を添えている2ndオーボエも吹いていません。
 
イメージ 1
 
全くもって不可解なオーボエの欠落であり、しつこいようですがこれが演奏・編集上のミスであるとしたら、このCDは別の「トンデモ企画」で取り上げるべきものとなります。
 
2.第5曲「敵対する部族の遊戯」に〔sffp<ff〕はない
【同曲開始から0分15秒】
「1967年版」では勇壮なホルン譜となる〔sffp<ff〕が消失し、下記の「1929年版」のスコアに戻りました。
 
イメージ 10
 
しかしながら、同版に注記された「a tempo ritenuto pesante(急激に遅く、荘重に)」とはかけ離れた意志力のない吹奏となっており、ニーヴェグ版ではアーティキュレーションに係る特段の指示はないのかもしれません。
なお、吹奏開始時のホルンは上昇グリッサンドを欠きますが、これは他の演奏でも多く聴かれる(聴かれない?)ところです。
 
3.第2部序奏(第9曲)終結部の独奏チェロの第3音が半音上がる
【同曲開始から4分01秒】
第2部序奏が第10曲「乙女たちの神秘的な集い」へと移る直前、美しくも妖しいチェロのソロがありますが、ニーヴェグ版はその音階が1ヶ所異なります。
3番目の「C(ド)」が「C♯(ド♯)」となるのです。
 
イメージ 2
 
通常の版を聴きなれた耳には猛烈な違和感を覚える改変ですが、続くフレーズにオクターブ上がった「C♯」がありますので、これに合わせ、そしてこれがニーヴェグ氏の言う「整合性」ということでしょうか。
当初、これは一定首肯できるとも思いましたが、やはり「半音の揺らぎの情緒」を削ぐものではないかと感じるようになりました。
もっと和声を勉強して、このソロと伴奏部の見事なスコアをコード進行の観点から理解できるようになりたいものです。
 
4.第12曲「祖先の召還」の低音金管のアクセントがずれる
【同曲開始から0分05秒】
この曲では、管楽器が行進曲風のファンファーレを奏し、そのアクセントをバス・トロンボーンとチューバ、弦楽が補強します(画像は金管のみ示す)。
何と、ニーヴェグ校訂版では、このバス・トロンボーンとチューバの記譜が一拍ずれて主題の裏打ち的なアクセントとなります。
 
イメージ 7
 
続く2回目のファンファーレのアクセントも同様。しかしながら、3回目以降のアクセントは管楽器と一致します。
 
「祖先の召還」はストラヴィンスキーが「拍」と「小節線」の修正を繰り返したところでもあります。
 
イメージ 3
 
この低音金管の記譜の変更には、一聴、腰を抜かすことになりますが、上記変遷の途上でアクセント部の変更、または記譜のミスがあったのかもしれません。
あるいは、単に「こうした方が良かろうという趣味・好み」の仕業ではないかとも思料するところです。面白い解釈であるとは思います。
ちなみに、この箇所のアクセントをいじる演奏にはヨエル・レヴィ/アトランタ交響楽団盤(91年)の演奏がありました。こちらは逆にコントラバスが早く突っ込んでくるというものでした。
 
5.第13曲「祖先の儀式」のイングリッシュホルンは3連符
【同曲開始から0分11秒】
この曲は伴奏開始を経て、イングリッシュホルンの肺活量検査的な息の長いソロで始まりますが、そのロングトーンの前に装飾的な4連符が置かれています(正確には6連符の後半4つを吹く)。
 
イメージ 4
 
どうも、ニーヴェグ版はこれが3連符のようです。
ただし、同曲終結近くでミュートを付けたバス・トランペットがこの連符を奏する際には4連符になっています。
たしか、同様に3連符で開始する演奏がありました。モノラルとステレオの2つあるドラティ/ミネアポリス響のどちらかだったかしら。
ドラティは2周目再試聴のリストに上がっていますから、その際には注意して聴き直します。
 
6.第13曲「祖先の儀式」の終結直前のクラリネットがオクターブ低い
【同曲開始から3分32秒】
「祖先の儀式」の終結部はクラリネット隊によるモノローグとなり、突如、急降下して終曲「生贄の踊り」に突入します。
ニーヴェグ版では、この急降下直前のクラリネット(真ん中の小節)がオクターブ低くなります。
 
イメージ 8
 
これは、この箇所が直前の小節の下降音型とスラーで繋がっていることから、その下降を引き継いで「最後まで下がり切る」との趣旨であると考えられます。これはこれで首肯できます。
一方、この改変ですとオクターブ下の不気味な低音が耳に残るうちに7連符の急降下が始まることとなり、急展開(転回)の衝撃は薄まります。
要は、矢印で示したとおり、紫の下降線を採るのか、7連符につながる下降線を採るのかということになろうかと思いますが、私は現行版を支持します。
  
7.終曲「生贄の踊り」前半中間部のホルンにミュートがない
【同曲開始から0分43秒】
終曲「生贄の踊り」は冒頭主題が一巡した後、静謐で不規則なリズムに導かれてミュートを付けたトロンボーンが警報のような戦闘的な主題を奏します(紫枠)。
さて、このトロンボーンの警報をミュート付きホルンの長音が受けるのですが(赤枠)、ニーヴェグ版ではこのホルンにミュートがありません。明らかに朗々たるホルンの音色になってしまいます。
 
イメージ 5
 
これはいけない。
ストラヴィンスキーのオーケストレーションの魔術は、「楽器と奏者が入れ替わったのに、それを感じさせない」ことにあります。
ここは「パパパパパパーーーー<」と同じ奏者が吹いているように感じたいところです。
加えて、トロンボーンとホルンの位置関係によっては、例えばホルンが下手側に配置されていると、この警報パッセージが向かって右のトロンボーンから左のホルンへとステージ全体に波及する響きが完成します。
これをストラヴィンスキーが企図していたかどうかはともかく、ここでミュートを外してしまってはそれも台無しです。これは、がっかりの改変です。
 
ちなみに、前々項でミュート付きバス・トランペットの4連符について言及しましたが、ここもその後の長音はイングリッシュホルンが引き継いでおり、良いアンサンブルだとそのままバス・トランペットが吹奏しているように聴こえます。ストラヴィンスキーの天才です。
 
8.終曲「生贄の踊り」前半中間部の終結のピッコロ・トランペットが早い
【同曲開始から1分52秒】
引き続きトロンボーンの警報の箇所ですが、ここが管弦の総奏となり、いよいよ結尾に向かう箇所でピッコロ・トランペットが合いの手を添えます。
ニーヴェグ版ではその3回目の吹奏が早いです。そのため、この合いの手が全体と同時に終結しません。
 
イメージ 6
 
本当にしつこいですが、これがミスだとしたら・・・
ちなみに、同様に早まってしまった演奏にマイケル・ティルソン・トーマス/ボストン響盤(72年)がありました。
同盤レビューにおいて「このほぼ完璧な演奏において、唯一、明らかなミスでしょうか。」と記しているのですが、ひょっとしたらそういう記譜であったのかしら。
 
9.終曲「生贄の踊り」前半結尾部の大太鼓のリズムが異なる
【同曲開始から分秒】
前項の警報部が終わりますと、再び「生贄の踊り」冒頭に復帰します。スコアを半音下げて再開です。
さて、この繰り返し時の終結を大太鼓のリズムが締め、終盤の混沌へ突き進みます。初回の締めはティンパニでした。
 
イメージ 9
 
ニーヴェグ版ではこの大太鼓の最終打撃が休符を待たずに早まって叩かれます。
「早まって」と述べましたが、この改訂の意図は全く不明です。
本当にくどいようですが、これが奏者のミスなら・・・
そして私は奏者のミスであると断じます。
以上、ニーヴェグが修正したと思われる箇所を9つ取り上げました。
結論としましては、「ニーヴェグ校訂版」とは、総論としては「1967年版」に拠りつつ、これにニーヴェグ自身の知見(氏が「こうあるべき」と考える独断を含む)を織り交ぜているものと考えます。
注意深く耳を澄ませば、もっと多くの変更に気づくのでしょうが、今回はここで打ち止めとします。
 
補足として、かねてから試聴日誌において触れてきた箇所とニーヴェグ版との異同を確認します。
・序奏ファゴットは「F」に着地せずフェルマータのまま終わります。
・第2曲「春のきざし」の1stトランペットはミュート付きです。
・第4曲「春のロンド」前後民謡の最終音はいずれも装飾付きです。
・第2部序奏のトランペット2重奏は「F」型です。
・第11曲「生贄の賛美」繰り返し時の大太鼓は前打ちです。
・終曲「生贄の踊り」168-5のティンパニは叩きます。
 
さて、オーケストラのライブラリアンが大なり小なり同様の修正や任意の調整を行っているのだとしたら、「春の祭典」のスコアバージョンの推定とは、ライブラリアンの仕事の確認になるとも言えます。
それはそれで良いと感じます。
 
「春の祭典」に限らず、レコードやCDを聴いておりますと「低音が弱い/強い」「打楽器が聴こえる/聴こえない」というような感想を持つことがあります。
これは一次的には録音に関わる技術者に向けられるべき指摘でしょうが、最終的に私たちは指揮者・ソリストに責めを負わせます。彼等がその「聴こえる/聴こえない,弱い/強い」を諒承していると解するからです。
スコアの選択も同様であろうと考えるところです。
 
ところで、もう、こんなしんどい試聴はいや!
そして、実に楽しい!

この記事に

一気にロト/レ・シエクル盤とジンマン/チューリヒ・トーンハレ管盤の試聴記を綴り、さすがにストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」フリークである私も目一杯になりました。ここで、ちょっと休憩です。

そのジンマンの「自筆譜版」の記事において、第2部序奏のミュート付トランペットの2重奏の箇所を取り上げました。
そうしましたら、『「F」だの「G」だの「第3音目」とか書かれても解りにくいわ。もっと解りやすく書いてくれたら素敵な人なのに』とのご指摘を受け、確かにその通り(「素敵な人」の記述まで含む)であるので、この箇所を特集します。

とりあえず、先の記事から当該箇所を転載します。

第2部序奏の開始間もなく登場するミュートを付けたトランペットの2重奏は、2nd奏者が3音目をずーっと「F」ではなく「G」で吹奏し通します。
この第3音は、少なくとも「1947年版」では開始部だけ「G」で、その後5拍子の小節では「F」となり、いよいよ「1967年版」では開始部も「F」となります。
ここの修正を追究するのも面白いかな。近々記事を起こします。ちなみに、ロト盤は「1947年版」の型でした。

まず、「1947年版」から、この2重奏開始部のスコアを掲載します。大体どの演奏でも第2部開始から2分5〜10秒の辺りです。
上記の通り、拍は5/4拍子で、2ndトランペットは四分音符で上下動するわけですが、その3つ目(赤丸)の音に着目ください。
ハ調でいうと「ソ」、英語音階の「G」になっています。

イメージ 1

そして短い経過を挿んで、いよいよこの2重奏が始まるわけですが、それは開始部と同型の5拍子に、1拍多い6拍子の小節を加えて繰り返されます。
では、その5拍子の小節の3音目(青丸)をご覧ください。今度は「ファ(F)」となり、以降も下記の通り同様です。

イメージ 2

しかしながら、ジンマンの「自筆譜版」の演奏は、開始時の「ソ(G)」のままその後も押し通しているというのが先の記事の趣旨なのです。
つまり、この箇所において2回目の吹奏から「ソ(G)」から「ファ(f)」へと転じる変化は、初演直前もしくは初演後に修正されたことを窺うことができるわけです。
参考までに、ロト盤は「1947年版」の型に拠っています。

ところで、開始部だけ音が違うというのは、どうにも居心地が悪く、しっくりしません。
この違和感こそ、このスコアあるいは「春の祭典」の真骨頂だと言えるとも思うのですが、「1967年改訂版」「1967年決定稿」共に、開始部も「ファ(F)」と修正されるに至りました。
ディスコグラフィでは、概ね1970年代までの録音は開始部が「ソ(G→F)」型、80年代以降が「ファ(F)」型となります。

さて、私は「1967年改訂版」とそれ以外を区分する5つの指標を掲げてきましたが(P・ヤルヴィ盤ご参照)、よくよく考えますと、この2重奏開始部の違いもそのメルクマールになり得ますね。
試聴記が2週目に入ったら大きな助力になります。

この記事に

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