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世界中で、これほど有名なバイクは他に無いでしょう!
なんたって、半世紀・6千万台!ですからね〜。
まさにホンダの原点と言ってもいいでしょう。
1958年に発売されたこのバイクは、
当時としては画期的だったんです。
何と言っても、
今なお変わることのない基本的設計とデザインは素晴らしい。
当時の同クラスバイクと言えば、
2サイクルエンジンでヤカマシイ上に白煙モクモク。
少々の雨降りでも泥だらけになり(未舗装路がほとんどでしたから)、
チェーンの油が飛ぶなど汚いイメージ。
しかし、スーパーカブは一味違ったんです。
4ストロークエンジンは、無煙で静か。
しかも、パワーも有る(当時の同排気量他車の2倍近い、4馬力)。
それでいて好燃費(実燃費で60〜80km/l位!)。
さらに、写真で分るように、
下半身を走行中の泥ハネから守るレッグシールド装備で、
チェーンは完全にカバーされ、大きなマフラーで静かでした。
また、運転は、
自動クラッチの3段変速で、片手運転も可能なほどラクラク。
価格は、58,000円だったと思います。
当時の平均的サラリーマンの給料は、2万円程度だったと思うので、
けっこう高価なものだったと・・・。
それでも、故障知らずの高い耐久性と実用性を考えれば、
爆発的に売れてアタリマエだったんですね!
で、私は、カブには強烈な思い出があるんです。
もうとっくに時効なんで少々。
60年代初頭、小学校高学年だった私。
親父がバイク通勤ではない日に(母親も働いていて不在)、
なんと、この親父のスーパーカブを平気で堂々と乗り回していたんです!
当然にも、警察官と何度も遭遇しましたが、
あまりに平然と、当然のように乗っていたので不審に思われなかったのでしょう。
これで私は、バイクのトリコになりました。
※特別注意:良い子は絶対にマネしないでください!(5/22加筆)
写真上→58年式国内モデル。
写真下→60年代初頭のアメリカ向けCM(雑誌広告、ポスター)
"You meet the nicest people on a Honda"
このアメリカでの『ナイセストピープル・オナ・ホンダ』キャンペーンは、
CM業界のエポック・メーキング的出来事。
バイクの悪いイメージを見事に払拭して、
アメリカに新しいバイク文化を定着させ、
ホンダに世界的大躍進をもたらしたもの!
どーですか、この、いかにも西海岸的明るさは!
それにしても、変わらぬ姿かたちで半世紀!
これからも変わらず、というか変わりようもなく続く。
これはもう、世界遺産へ仲間入りしておかしくない(遺産じゃないけど)!
素晴らしい製品ですね\(^O^)/
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☝ホンダ・スーパーカブ懐かしいですネ。
無免許で乗り回した時代〜〜〜!?(゚〇゚;)マ、マジ
停学〜^^;;**(/▽/)**ハズカシ 思い出デス。
誰でも経験がありそうな〜〜〜㊙ですかね?
2008/5/21(水) 午後 8:05 [ eos40d_163 ]
ま、まじっすか!?小学生でカブに乗ってたなんて凄い...
2008/5/21(水) 午後 9:37 [ - ]
eos40dさんは、無免で停学でしたか…負けるな〜(^^;)もし、私が捕まっていたら、何しろ小学生でしたから、親父が大変なことになったんでしょうね、、、。
まぁ、今はあまりないんでしょうが、当時は無免で捕まる高校生はけっこういたかもね。いろいろと暴走するのもまた青春に違いないし…。
2008/5/21(水) 午後 11:14 [ グラサンホット ]
まじっすANCORさん。
何しろ乗り物好きで、小学低学年からバイクやF1レースに夢中でした。当時憧れたレーサーは、M.ヘイルウッド、J.サーティーズ、J.クラークやクニさん(高橋国光)など。関連する雑誌を購入しては、ヨダレを、、、。で、もっぱら自転車少年で、近所の自転車店主催のスピード・サイクリング(自転車でするキャノンボールランね)に、オトナに混じって走っていました(懐)。
2008/5/21(水) 午後 11:26 [ グラサンホット ]
カブって、誰が乗っても似合うのですよね。
で、え〜小学生で!!!!
そうそう、北陸地区にはカブ仲間の「カブ主総会」というのがあるようです (^^)
2008/5/22(木) 午前 9:12
よくお蕎麦屋さんが乗ってるバイクですか??
2008/5/22(木) 午前 9:44
のほほ〜んさん、そう、農家のお爺ちゃんから都会のビジネスマン、若者が乗ってもオシャレかもね。
大きな声ではいえませんが、六甲山麓から宝塚あたりのコースが好きでした!小6で身長160cm位あったんで、親父のコートとヘルメット(当時から親父は被ってました)で武装すれば、子どもには見えなかったと、、、。
2008/5/22(木) 午前 11:12 [ グラサンホット ]
それですよ〜MSKさん!
何しろ、オカモチに使えるようにと、クラッチレバーを廃し、アクセル側の右手にウインカースイッチも配置するなどして、左手で蕎麦を何段にも重ねて走れるようにした。しかも、草履履きでもギヤチェンジ出来るように踵側にもチェンジペダルがあるなど、当時のニーズに対応した造りだったんですね!
爆発的に売れる要素満載でしたから、売れてアタリマエだったと。
その後、「柳の下の…」を狙った他社同様型バイク発売されましたが、例えば、スズキの、ヤマハの「カブ」って呼ばれ続けていますね(^^)
2008/5/22(木) 午前 11:24 [ グラサンホット ]