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夕食を終え、ホテルへ戻りシャワーして、
着替えて出かける。
な〜んかオトナの世界やねー。
トレドへ一緒に行った彼女と連れ立って、
そう、本場のフラメンコを観に出かけるんです。
でも、この地の夜遊びは半端じゃない。
ショータイムは午後11時からだったり平気でします。
ので、まずはカフェーでお茶して時間調整です。
その様子が一枚目の写真です。
よーくご覧ください。
左上には、大量のニンニクが吊るされています。
正面上のほうには、腸詰ウインナー(サラミ?)が、
そして右下で微笑んで(嘲笑して)いるのが、
マドリードで一緒に行動した彼女です。
それにしても、午後11時あたりは、まだ序の口、宵の口。
当然の顔で午前2時あたりまで楽しんでいました。
なるほど、シェスタを必要とするわけです。
翌日は、あのクラシックの名曲で有名な、
アランフェス宮殿へ行きました。
このように楽しい毎日を送っていると、
一週間もアッというまに過ぎ去ります。
彼女は、この後イタリアを回るというので、
「くれぐれも親切そうに近寄る男には気をつけるように」と
忠告して(私は例外ね^^)別れ、
私は一路帰国の途に。
また一人ぼっちに戻った私は、
機中の眠れぬ長い時間を、
元カノとの楽しかった日々を思い起こしつつ、
ナゼ彼女は去っていかなければならなかったのかを、
改めてモンモンと考えました。
日常を離れ一人になることで、
それまで見えなかったことも見えてくるもの。
彼女が「彼の子どもができたから産みたい」
「だから、悪いけどお別れね」と、悲しそうに言った時。
私は、実はハラワタが煮えくり返る思いでした。
「裏切られた」と考えもしました。
でも、なぜそのようなことになったのか?
彼女も苦しみ抜いて、辛い思いをしたに違いない。
それは、少なくとも半分は私の責任と。
ならば、彼女の判断を尊重して、
その幸せを祈るしかないと。
帰国後真っ先に彼女に会い、
これまでのことを謝罪して、新しく生れてくる命のためにも
幸せになって欲しいと伝え、
笑いながら別れました。
もちろん、帰宅後に大泣きしたこというまでもありません。
※マドリードの彼女とのその後
帰国後も、写真を送るなど半年近く文通友達でした。
しかし、彼女が元カレとヨリを戻し結婚することになり、
私は、新しい彼女ができたこともあり「発展的解消」しました。
以上、くだらない昔話を長々と、
ご清聴(ご精読)誠にアリガトウございましたm(uu)m
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