趣味的な気まぐれ日記

車、バイク、酒、音楽etc.写真入りで書きます。

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哀愁のヨーロッパ(3/3)

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夕食を終え、ホテルへ戻りシャワーして、
着替えて出かける。
な〜んかオトナの世界やねー。

トレドへ一緒に行った彼女と連れ立って、
そう、本場のフラメンコを観に出かけるんです。

でも、この地の夜遊びは半端じゃない。
ショータイムは午後11時からだったり平気でします。

ので、まずはカフェーでお茶して時間調整です。
その様子が一枚目の写真です。
よーくご覧ください。
左上には、大量のニンニクが吊るされています。
正面上のほうには、腸詰ウインナー(サラミ?)が、
そして右下で微笑んで(嘲笑して)いるのが、
マドリードで一緒に行動した彼女です。

それにしても、午後11時あたりは、まだ序の口、宵の口。
当然の顔で午前2時あたりまで楽しんでいました。
なるほど、シェスタを必要とするわけです。

翌日は、あのクラシックの名曲で有名な、
アランフェス宮殿へ行きました。

このように楽しい毎日を送っていると、
一週間もアッというまに過ぎ去ります。


彼女は、この後イタリアを回るというので、
「くれぐれも親切そうに近寄る男には気をつけるように」と
忠告して(私は例外ね^^)別れ、
私は一路帰国の途に。

また一人ぼっちに戻った私は、
機中の眠れぬ長い時間を、
元カノとの楽しかった日々を思い起こしつつ、
ナゼ彼女は去っていかなければならなかったのかを、
改めてモンモンと考えました。

日常を離れ一人になることで、
それまで見えなかったことも見えてくるもの。

彼女が「彼の子どもができたから産みたい」
「だから、悪いけどお別れね」と、悲しそうに言った時。
私は、実はハラワタが煮えくり返る思いでした。
「裏切られた」と考えもしました。

でも、なぜそのようなことになったのか?
彼女も苦しみ抜いて、辛い思いをしたに違いない。
それは、少なくとも半分は私の責任と。
ならば、彼女の判断を尊重して、
その幸せを祈るしかないと。

帰国後真っ先に彼女に会い、
これまでのことを謝罪して、新しく生れてくる命のためにも
幸せになって欲しいと伝え、
笑いながら別れました。

もちろん、帰宅後に大泣きしたこというまでもありません。


※マドリードの彼女とのその後
帰国後も、写真を送るなど半年近く文通友達でした。
しかし、彼女が元カレとヨリを戻し結婚することになり、
私は、新しい彼女ができたこともあり「発展的解消」しました。


以上、くだらない昔話を長々と、
ご清聴(ご精読)誠にアリガトウございましたm(uu)m

哀愁のヨーロッパ(2/3)

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そして、パリからマドリッドへ鉄道利用して移動するんですが、
これが大変でした。

ヨーロッパの鉄道の多くは、
構内放送はもちろん、
出発の合図すらないことが珍しくないことから分るように、
行き先を間違えず正しい列車に乗ることからして困難です。
「次は○○」などの車内放送もありませんから、
注意していないと乗り過ごしてしまいそうで、
落ち着いて列車の旅を楽しめませんでした。

苦労して(?)着いたマドリード。
でも、宿泊したホテルには、
団体客も含め日本人が多くいて心強かったです。

そんな中でも、
たまたま一人旅の日本人女性と出会い、
聞けば彼女も「傷心旅行」とのことで、それなりに意気投合(^^)
レンタカーで、トレド方面へ日帰りツアーとなりました。
(私は、ヨーロッパで運転したかったので国際免許取得してましたヨカッター)

その時の写真です。


レンタカーは、セアト・イビーザ。
(写真はネット上からの「拾い」です)

当時イタリアのフィアット社と提携していた、
セアト社の人気小型車『イビーザ』。

この車は、基本プラットフォームをフィアット・リトーモで、
外装デザインは、ジルジェット・ジウジアーロ、
車体設計は、カルマン社、
動力系と内装は、ポルシェ社が担当したといわれています。
(有名どころ総出演の力作かな)
この1.2Lエンジンの車を運転してみると、
平凡な小型車でしたが、
スッキリ系デザインとムダの無い合理的つくりで、
現地の速い流れの街道を、
渾身の力を振り絞って走るかのような様は潔く、
スポーツを楽しんだ後のような心地良い疲れを覚えるものでした。


そんなこんなで(どんなんや)、トレド日帰りツアーから戻り、
レンタカーを返却。
手頃なビストロで夕食。
いったんホテルへ戻り、
身支度を整えて、

そして、夜の部へ・・・。

・・・続く。

哀愁のヨーロッパ(1/3)

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「哀愁の・・・」は、ちょっと古臭い表現かも…。
でも、事実古い話なんでイイか?

それは、今から20年以上も前の80年代のお話です。

長いこと付き合っていた彼女に(実質的に)フラレタ私は、
クリスマス〜正月にかけてヨーロッパへ一人旅立ったんです。

たまたま旅行代理店勤務の友人が、
アラスカ回りの航空券を格安に入手してくれたこともありましたが。

実は何より、
毎年この時期は、スキーに行くなど彼女と過ごしてきました。
それだけに、一人でいるのがイヤだった(怖かった)からです。


いざ、伊丹空港から飛び立つと、
思わぬ悪天候が待ち構えていたんです。
そのため飛行機は、
思うような速度維持できず、燃料もいつも以上に使い果たし、
予定外にオスロ空港(ノルウェー)に着陸。
給油や整備のため、4時間ほど待たされることになったんです!

たまたま乗り合わせていた、
日本からのパック旅行乗客のために、
その旅行業者が気を利かせ、
バスをチャーターして周辺観光をすると。

「空席があるのでご一緒しませんか?」と誘われました。
もちろん「渡りに船」とばかり同行しました。

それが、
あの『世界三大ガッカリスポット』といわれる、
コペンハーゲン港の『人魚姫像』写真です。


そしてパリ。

モンパルナスの安ホテルを拠点に、
凱旋門、シャンゼリゼ、エッフェル塔、
モンマルトルの丘、ルーブル、有名寺院・・・

夜は『ムーランルージュ』・・・。

で、大晦日の夜。
日本と違い「正月」という概念が無く、
大晦日〜元旦は静かなものです。

そんな中で、年越しカウントダウンは楽しいというので、
私も出かけました。

会場は、大きなホールに長テーブルを並べた「食堂」の風情。
生牡蠣を、半分に切ったレモンを絞るだけで大胆に食べ、
コップワインをアオルというもの。

いよいよカウントダウンが始まる頃になると、
シャンパンが振舞われ、、、

3、2、1、0!
チュゥ〜、ブチュゥ〜〜〜

なんと驚いたことに、
午前零時とともに、回りの誰もが抱き合ってキッスをするんです!
誰とキッスしても許されるんです。

私の周りは、なぜかオバサンばかりで、
次々にキッス攻撃の嵐が・・・。
きっと、
不安そうにしていた東洋人の私が、
とても不憫に見えたのでしょう!

それはそれでウレシカッタですが、
そうと分っていれば、若いオネイサンの近くに行ったのに。
な〜んて、若気の至りで思ったもの(今も後悔)でした(^へ^;)

そんなこんなでパリの夜も更け、
次に鉄路で向かったのは、スペインはマドリード。

続く・・・。

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