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無事に生まれたサルとの感動の再会を果たし、彼女と共に部屋に案内されたのは深夜0時近くでした。 |
妊娠 そして出産
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太陽がさんさんと降り注ぐ部屋に横になっていると日本語が少し分かるという看護婦さん(べっぴんさんでした)が来て点滴やら心音を測るための器具、陣痛計測をなどを装着し始めました。 日本語が少し話せるという彼女。地獄に仏!!と思っていると分かる単語は「こんにちは」 「ありがとう」「日本が好きです」だけらしい。 そんなもんだよ・・・。うふふ。期待した私が馬鹿でした・・・。 しばらくしてだんなが到着。しかも私のためにクロワッサンを買って来てくれたとのこと!!しかも私の大好きなカイザーの!!(天然酵母を使ってておいしーの。日本人もワーホリで働いてるみたい) 空腹の私はまさにニンジンを目の前にぶら下げられた馬状態。恨みます・・・。 陣痛促進剤を使うも効果はいまいち、何度か陣痛はあるものの弱かったり、止まってしまったり。 そして助産婦さんは 「うーんなかなか子宮口が開かないねぇ、もう一本いっちゃうか」 と軽い様子でいいました。すでに時計の針は12時を回りこの部屋に入って5時間後のことでした。 2本目の促進剤を打って何とか陣痛がある程度の強さで来るものの規則性や色々なことからまだ麻酔は打てないみたいで、そのうち助産婦さん、 「3時には戻るわ」 といって出てっちゃいました。 こういう時ってそばにいてもらいたいのにぃ!! しばらくしてかなりいい感じで陣痛がきはじめ、陣痛計測器の針はマックスに振られています!! それなのにだんなは 「あっ強いのきてるよ!!」 「もうくるよ!!」 とかいいます。
予告大王と化したダンナは嬉しそうに(怒)どういう陣痛が来てたのか私に報告したり、もうすぐ来るなどと言ったり大忙しです。 どんな大きな陣痛が来ても絶対に叫ぶまいと脂汗かいて我慢してる私は終いには 「うるさい!!」 一発怒鳴りました。 いやいや痛いという感覚ではないですよね・・・。 さて3時には帰ってくるという助産婦さん、陣痛がいい感じで来てるのになかなか帰ってきません。時計の針はすでに4と6をさしています。 一言も叫ばないと覚悟した私は力を振り絞って助産婦さんの行方を聞きました。すると・・・ 「今会議に行っちゃってまだ終わらないんです」だと!! ていうかこんなときなんだから会議途中で出て来いヤ!!!なんて言えないのでただひたすら我慢。 我慢 我慢 我慢 我慢・・・・・。あっ意識遠くなってきた・・・・。 となったところでようやく助産婦さん到着。 ふぅーあと少しで手遅れになるとこだったらしい。頼むよう。 そこで麻酔を背中から打つと急に楽になってきてそれまでの苦痛やら空腹やらで(だって20時間以上飲まず食わずだもん)意識は遠のき・・・。 気がつくとあたりは真っ暗でした。時刻は11時過ぎようやく出産の準備に取り掛かり始めました。 でも問題が。助産婦さんが 「Allez madame OOO poussez!!!!」 (さぁ、OOOさん、イキンデ!!)ていうんだけど、私の苗字(日本名)の発音がおかしい!!! そりゃ、あの人たちには外国の名前だから大変だろうけど、あんな必死の場面でそれはないよ的発言でした。 色々あったけど、なんとか無事に生まれ、カンガルーケアを少しだけしてTomatoは連れて行かれました。それまで新生児を見たことのなかった私。お風呂に入れられさっぱりして帰ってきた彼女を見て
お約束の一言を言ってしまいました。 |
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出産といえば人生でもTOP3に入るくらい出来事じゃないですか? それを言葉もままならない国で何の知識もなしにのぞんだからもう大変。 それは破水しご入院2日目の夜。(その2日間破水しっぱなしだったよ。いいの?と思ったけど、羊水作られ続けるから足りなくなることはないらしい、最近を殺すための薬だけは飲んでました。) なにやら陣痛と思しきものが定期的にきはじめました。と思いきや明け方にはとまってしまい、出産はまだか、とがっかりしていたところ。 「じゃぁもう出しちゃいましょう」
麻酔を打つので(フランスは無痛分娩が主流らしい)その日の朝から断食。お腹がすきすぎて朝ごはんを今か今かと待っていた私にはかなりの苦痛。加えて着替えに渡されたものは・・・。 薄い青で給食着のような紙製のものでした。しかも裸になってそれを着て歩いて分娩室まで行けとのこと。 あの、廊下とか人いますよ。これ透けてますよ? でも有無を言わさぬご様子。破水してるからショーツだけは!と懇願して何とかパンツを確保。そして歩いて分娩室へ。 中に入るとお日様さんさんのお部屋でした。真ん中のベッドに寝かされ、点滴、たくさんのコードをつけられ、あぁこの先何が待ってるのかしら???と不安に思いながら一人で空腹に耐えていました。
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初産というのは本っ当に不安になるもの。それも言葉もままならない外国となるともう頭はパニックです。破水した私は、頭が真っ白のままダンナとともに病院へ連れて行かれました。 しかし、そのまま廊下で待たされる羽目に・・・。 ドラマで破水したシーンなんか見てると大慌てで救急車呼ばれて処置されてたりしません?私もそう言うものだと思っていたんだけど、看護婦さんは、 「破水したの?じゃぁちょっとここで待ってて今混んでんの」の一言。 そのおかげで、そんなにたいしたことないのかもという気持ちになって落ち着いてきました。 でもパニックなのがダンナ。廊下をウロウロして落ち着きません。ていうか破水してるのあんたじゃないのよ?と横目で見ると・・・ http://www.geocities.jp/takeback2005/msg00617.gif
そんな馬鹿ドラマのことがあるのかと目を凝らしてよく見ると・・・。
はじゅかちぃ・・・・。 声のする個室から出てきたのは一人の初老のおばさん。看護婦を捕まえて 「ちょっと娘があんなに苦しがってるのよ!!麻酔はまだかしら!!!」 と怒鳴ってます。 看護婦は「あぁまだ子宮口が開いてないのでうてませんよ」と冷静でした。 うわさには聞いてたけど、あんな悲鳴が出るんだぁ、と不安になりました。 さて、やっと私のところにも助産婦さんがきて診察をすることに、すると 「ウン、破水してますね」 さっきからそう言ってんじゃん!!!と思いつつ話しを聞くと、まだ陣痛もないのでそのまま入院することになりました。 うーん一体いつ生まれるのか、という不安と不満を胸に生まれて初めて病院で寝ました。
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だーいぶこの書庫を更新してなかったかも。 で、話は妊娠初期から一気に後期に飛びます。 私たち夫婦はよく散歩に出かけます。その日はまだ5月だというのに夏のような暑さ。 冬が長く太陽があまりでないパリではお天気のいい日が本当にうれしいのです。 その年用にサンダルを買いに行こうと二人でいつものように出かけました。しかし私の小さな足(22.5)しかも下駄足にあう靴はなかなかこの国では見つかりにくいのです。大きなお腹をものともせず、心配するダンナを無視し靴屋をはしごする私。おかげで夕方にやっとお気に入りを見つけることが出来ました。 「このサンダルを履く頃にはこの子も生まれてるねー」なんて話しをしながらうちに帰り、だんなは夜を友達とセーヌ河で過ごすためでかけていき、私はまた買ったばかりの家具を性懲りもなく大きなお腹を無視して夢中になって組み立てていました。 そしてその夜。ほろ酔い加減でダンナが帰宅。12時。
っていうかそんなに動き回れば当たり前!!でも私はパニック!!!!あわててだんなに報告。 すると彼は落ち着いて私の荷物を持って服を着替えて病院へ行くためタクシーを呼びに行きました。 でもタクシーからは何台も乗車拒否され最後には近くにいた警察に頼んで消防車をよんでもらいました。 でもそこの道は一方通行。いくら消防車であっても逆走は出来ません。なのに彼ら!!!うっかり行き過ぎてしまったんです!!!! 逆走できないし回ってくるには遠すぎるし、なんてこのまま10分ほど停止していました。だったら回って来いっ!!と思いながら見守る私たちの目の前でなんと!!交通止めにして100メートルほども逆走してきました。強引だなぁ。 それでやっと私は乗り込むことが出来たのですが、それまでに人だかりが出来ていて恥ずかしいのなんのって!!!何でこんな目にあわねば・・・。 続きはまた今度気が向いたときに。
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