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先月 11月の半ばを過ぎた頃・・ GLさん お忙しい時に申し訳ないのですが、「忘年会」の件、 できたらみんなに召集をかけてください よろしくお願いしま〜す! 「みんなで集まろうよ〜」と、いち早く声を掛けてくれたのはTさんでした♪
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子宮がんの手術をしたのは4年前の秋(10月)・・。闘病中から病院の先生や看護師さん・家族はもちろんのこと入院していた仲間や 私の友人たち・・・たくさんの人の心の温かさに救われ今日まで支えられてきました。 その中には、携帯メールで惜しみない激励のメッセージを毎日毎日送り続けてくれたあの友人・・
Tさんたちがいました。
おかげで年が明けて寒い1月の半ばにはお腹に人工肛門のストーマーの袋、足にはカテーテルからお小水をためる袋を巻きつけて・・ようやく〜初めての退院〜〜。 家に帰れるとは思っていなかったので、すべてが夢のような感動だった。 そして、三週間後の2月1日に抗がん剤治療で再び入院〜〜 治療は順調に行われ、膀胱の手術後の自己導尿の訓練でやっとカテーテルから解放されホッとしてい た。 だが、この後の抗がん剤の副作用が出始め‘脱毛’が予想以上に私を苦しめた 「髪の毛より命が大事だから」「癌なのだから」「治療なのだから」という仲間や先生の優しい言葉も私 の心に届かず・・・ 大好きな大好きなみんなの前で辛いと言えない辛さに笑顔が消え 自分の存在なんて・・(><。。。。。(><。。。。。(><。。。。。 大好きで大好きで・・たまらなかった昨日までのことを思い一人ぼっちになってしまったような気持ち それが、あの、暗闇の中の私だったのでしょうね 自分の愚かさにハッと気づき、「こんな私では・・・」 逃げるようにして病院を退院したのを今もはっきりと覚えている。 次の抗がん剤治療まであと2週間余り、「このままの私では・・ 自分の現実と向き合ったのはそれから〜 帽子をかぶり大きな鏡の前に立つ。 被っても被っても萎えてしまう(><) 全くと言っていいほど帽子が似合わなかったからである。 寝ては起き 寝ては起き鏡に向かう。。。 慣れようとする凄まじい努力〜*・・*・・*・・*・まさに帽子に対するものすごい〰執念だった。 その直後駅ビルのお店で‘かわいい桜色の帽子”と出会う。 その帽子はまるで私のためにあったかのように 昨日までボロボロに傷ついていた私の心とコンプレックスを見事に癒し温かくそっと包んでくれた♪〜 そして・・・ 夢を見た あの頃は階段を上るのもやっと・・・そんな状況の中(もう寝てはいられない) 不思議なエネルギーに動かされ〜私の思い が巡りはじめたのである。 それは・・入院中に読んだ「GOOD LUCK」の物語・・ 目の前の霧がパァ〜ッと晴れていくような衝撃を受けたあの時とよく似ていた・・。 桜色の帽子は次々と幸せを呼び、 最後に残された人工肛門を元に戻すための人工肛門閉鎖の手術も無事に終わることができた。 ところが 思わぬがん 再発!!! 急いで放射線治療を始めた。 〜Tさんたちと月一回会ってミーティングをするようになったのはこの頃から〜〜
(それはそれはうれしくて…わくわく〜〜〜〜♪〜)
かつて、一緒に学び苦労を共にした仲間たちだったことを思い出し一人では何もできないけれど みんなでなら・・・どんなに心強いか いつか一緒に喜びを分かち合えたら・・ そんな思いからだった。 ☆浅草橋の帽子屋さんに一緒に行ってくれたY子さん ☆パソコンが全く使えなかった私の代わりに何度も何度も書類を作成してくれたSさん ☆クローバーのワンポイントを手作りしてくれたR・Tさん ☆いろいろと心配して応援をしてくださったT.T さん おかげであの M氏との偶然の出会いから思いは一歩前進〜 そして・・・2006年の7月 ガン 完治 奇跡が起きた!! 又、翌年2007年の1月・と(10月)には苦労に苦労をしてやっと手に入れた 二つの登録の朗報'''まで届けられました☆〜 それからしばらくして パソコンができなかった私は、日記をワードで入力することを次女から教えてもらい練習を始めたので す。 2007年7月そこで出会ったのがこのブログ 「 私の Good Luck」 〜願いをかなえるために〜 でした。 あれからもう〜2年5カ月〜 あのM氏は体調がおもわしくなく会社を辞めておられました。 帽子が好きで仕事をしている時の自分が一番幸わせだとおっしゃっていたM氏・・ 会社の方の応援があってK氏に引き継いでくださっています。 (〜〜私は約束を・・〜) 自分ひとりで 石を持ち上げる気持ちがなかったら 二人でも 持ち上がらない 私が頑張らなければ・・・何も動かない 来年 こそは・・・・。 ( 完 ) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お知らせ 「願いを叶えるために」を長い間読んでいただきありがとうございました ☆ お知らせいたします ☆ 2011年 12月 14日 に 念願のホームページ 願いを叶えるためには101話で終了とさせていただきます またブログの左にある ☆ホームページというカテゴリーをクリックするとリンクのアドレスが貼りつけてありますので ぜひそちらから覗いて見てくださいね ほんとうにありがとうございました〜☆ G L |
★願いを叶えるために
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初夏のような陽射しを浴びる色採りどりの花たちは いつもより華やいで見え 見上げれば、真っ青な空にも若葉がとてもきれいでした。 手に届くようなところに赤い実が・・・ あっ! さくらんぼ〜〜〜♪〜 <春の夢の回想> 抗がん剤による悪夢・・ そこから救ってくれたのが<夢>だが これほどまで穏やかな精神状態で 最後の抗がん剤治療を受けられるとは夢にも思っていませんでした。 長い入院でお世話になった看護師さんの一人ひとりに感謝の想いまで伝えられることができてあの時 は本当に嬉しかった 退院後も仲間のお見舞いでたびたび病棟には行く機会があり 仲間と同室だったある患者さんから「帽子なら都内某所のがん○○○○にあるかもしれない」というう れしい情報を入手。。。 心細いけど勇気を持って早速行ってみました。 さすがに専門の大病院とあってボランテアの方が、がん患者さんのためにケアをする部屋まで設けられ ておりそこには誰でも入室ができるようになっていました。 通常、病院内ではお化粧は禁止ですが、女性の患者にとっては病気で変わりゆく容姿は病気同様に気に なるものです。 眉毛一つにしても大切なもの そういう患者さんのために専門のスタッフがお化粧の指導をしてくださるとのこと。 そして簡単な帽子の作り方の指導もあり編んでいる患者さんも何人かいました。 もちろん、医療用のカツラも置いてあります たしかにパソコンで見たものと同じようなものがガラスケース内の一角に商品化して並んでいました。 これだ〜〜 しばらく私が見ていると、スタッフがガラスケースから出し見せて使い方まで教えてくれました。 私の帽子自体がすでに同じものになっているので・・なんだかドキドキ・複雑な気持ちであった。 チョット気づいてもよさそうなのに全く気づく様子も無く「もし、よかったら」とすすめられ実は、こ の私の帽子もと危なくいいそうになりグッとこらえ・・ニコッと笑顔を返しお礼を言った。 病院を出ると脚がパンパンであることに気づいた。私にとってこの現場は非常にありがたいものである 自分の想いの階段を一段登れたような充実感があった。 歩けば・・・動けば・・・脚はパンパン(><) そんなときだからこそ自分は癌だと自覚をする。 だから負けてなんかいられない。 こうして・・夢が想いに・ 想いが夢に。 しばらく放っておいた特許庁の書類を再びあけて見てみることに・・ それをする意味が私にはあると思ったからだ そろそろ 元に戻す人工肛門閉鎖)の手術である 又気持ちは、手術へ。 その手術の時だった。 髪のない屈辱の不安と麻酔の恐怖の不安を打ち明けたことで「それなら私が手術後には必ずこの帽子 を・・」と約束して不安から守ってくれたあの麻酔科の先生のことは一生わすれることはないでしょう おかげさまで無事に最後の手術も終わり退院〜 しかし “がん再発” 当初は放射線はしない方向でしたが結局「癌・・優先」で婦人科と泌尿器科両者の医師が放射線を選択 毎日毎日通院治療が始まった。 そんなときもいつも笑顔でいられたのは、仲間や・先生や看護師さんのいる病院 家族や友人の支えはもちろんのことだが帽子の力がとても大きかった(帽子=笑顔) プラスそして前向きの楽しい気持ちが自然に湧き出てくる喜びだった。 やがて・・思いがけない娘のおめでた☆〜〜 そして “癌の完治” という報告☆〜☆〜 そんな時友人から メールをもらった 「帽子屋さんがある浅草橋に行きましょう♪」・・・と ☆〜自分の人生は自分しか作ることはできない ☆〜幸運とは自ら動かない限りは決して訪れないものだ Good Luck の言葉より |
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