|
ぎっくり腰は侮れない(最終回)
次女からおめでたの報告があったのは2月の終わり・・・次女たちの自宅から近くで安心して産める病院ということで私が入院していた大学病院で出産をすることに決めていました。 その頃の私には考えられなかったことです。 CRPの炎症数値が40を超え激痛で息も絶え絶え〜その原因はぎっくり腰ではなく腰椎骨折で化膿していたのであるが無情にも更に背骨の中に腫瘍が見つかるという予想外の展開にただただ驚くばかりでした ベットでひたすら痛みと闘い・・その上、“手術”の恐怖にもさらされることになるとは・・・ いくら忍耐強い私でも次々と押し寄せてくる困難と耐えがたい苦痛に今にも押しつぶされそうだった。 “ 禍福は糾える縄のごとし ” やさしく見守ってくれる先生や看護師さんと友人たちそして次女のおめでたの報告に、どんなに励まされたことでしょう 「 GL様 入院中は大変お世話になりました。病室で一人・・どうしようかと思っていましたが、GLさんと知り合えて退屈な時間もなく痛みも忘れられる時間が過ごせたこと感謝しています。 私にとっては大切な時間になりました。ご家族様にもよろしくお伝えください 又病院にきたとき顔を出させていただきますので頑張ってください 手術がなく無事退院されることを祈っています 2/28 Sより 」 同室で同じ窓側だったSさんで動けなかった時からずっとお世話になっていました。 Sさんが毎朝入れてくださった温かい一杯のお茶が心に浸みるほどうれしかった〜 お部屋の患者さんの様子を聞こえない様に手話みたいにして教えてくれるしぐさがまたおかしくておかしくて〜^^(笑わしてくれる)そのSさんが退院し・6人部屋は2人になった 遠いところから来ていたSAちゃんは私がいる間に2回も手術を受けていたようだがびっくりするほど元気〜時々東京タワーを見に来る そして私とSさんのベッドをカーテンの傍らから覗き、また黙って すぐに行ってしまう何度も声をかけようと思うがなかなか言葉が見つからない。。。。。 3月の春休みになり 空いたベットに次ぐ次と若い女の子たちが入院してくるようになった。 高校生や大学生なのがお母さんやお父さんと。病室内はカーテンが閉じられてとても静かです 科」的に考えれば、それは当然で頷ける。その点・SAちゃんだけはみんなとは逆で開放的です。病院にも慣れているし多少のわがままも看護師さんたちが容認している風に見受けられるそれには何かわけがありそうだと思っていた。 そんなある日のことSAちゃんが私のところにやってきて自分の病気のことを打ち明けてくれたのである。なんとなくはわかっていたけど、聞いてみるとそれ以上にものすごい衝撃を受けることになった。Saちゃんは受け入れてくれる人が欲しかったのでしょう。それ以来、別の女の子たちにも積極的に話かけてゆくのをハラハラしながら見守っていた。戸惑いながらもみんな同じような仲間たち・・少づつ打解けて分かちあえていて安心した。SAちゃんが みんなと東京タワを見ながら出窓のところで食事をしたいと言うので私の場所も提供してあげていたが毎日毎晩はやはりゆっくりできないので自分の体がどんどんきつくなって行き何度断ろうかと思ったがあかるく生きている彼女たちのことを思えば今日はごめんねとは言えませんでした。彼女たちから元気をもらい教わったこともたくさんあった 東京タワーがやさしいピンク色に〜♪☆** 素敵なホワイトデーの夜をみんなで楽しみ女の子らしくキラキラと目を輝かせた♪〜♪ 春休みを利用して無事手術を終えた学生さんたちはSAちゃんをおいて家族と帰って行った。 (今頃 みんなどうしているのかな・・・) 3月15日 ごついコルセットでしっかり腰を保護し歩行器で歩くことにも慣れてきたころ手術」はしない方向に決定した〜V(^^)V やった〜 そこで腰がよくなったところで退院をすることになり2泊3日の外泊の許可が出た。 家に帰ったがすぐに炎症数値が上昇し退院は少し先に見送られることに。 3月 23日〜桜の開花〜病院の窓を見下ろせば待ちに待った桜の木にうっすらとピンクいろに色づいた蕾が膨らみ花が咲き始めた。 桜の木の下には今日も救急車が出たり入ったりしている。 2月から救急センターにいると言っていた 「 淋しくなったらいつでもPHSに連絡してね すぐに飛んできますから」と言ってくれたあの時の研修医のW先生がいるところです 歩けるようになったら私から会いに行こうとずっと思っていました。 そろそろ行かなければ・・・・ 看護師さんに行っていいか聞いてみると、誰かに連れて行ってもらうのならいいですが・・まだ歩行器だし一人ででいくことはできませんと言われたけど娘たち、今日も明日も来る予定はないし看護師さんたちは忙しそうでとても頼みづらい看護師さんがW先生にこちらに来ていただきましょうかと言ってくれたけど・・・一応、W先生がいるかだけPHSで聞いてもらうことにした。 いないらしく・・・・また頼むのも・・ちょっと・・と思い一人で黙って抜け出すことにした。 忘れてはならない四つ葉のクローバーのハンカチをしっかり手に持ち・・・・ 歩行器なしで 壁を伝い 歩く ナースステーションを通過してエレベーターで降りることに成功〜! そして、たくさん人が行き来する通路の手すりにつかまりながら〜〜〜 幸い、窓には桜の木がいっぱい、変に思われない様に外を見るふりをして途中で休み休み 救急センターを目指して行く。 G L さ〜〜ん ドキッ!!! 途中で婦人科の先生に会ってしまい(^^;) 理由を説明〜 じゃあ 転ばない様に充分気をつけて行くように! 振り返るとまだ先生が見てくれていた。フ〜〜 救急センターに無事 到着です 「 あの〜・・・○階に入院しているGLですがW先生にお会いできますか?」 W先生・・ 今日はいらっしゃいます (ホッ!) W先生は今日が最後なので・・・ちょっと待ってくださいね 「 エッつ 今日が最後・・・ ・・・・・!!!」 1月に入院したあの時は婦人科の研修医だったW先生ですがその5日後の2月からは救急センター に在籍しておられた。 わ〜〜GLさん ・・・・退院ができるのねV(^^)V〜V(^^)v W先生は明日から仙台の病院へ しばらくしたら又大学病院に戻ってこられるとおっしゃっていた・ それにしても今日が最後だったとは・・・ 私の想いが通じ願いが叶いました。(写真も一緒に撮っていただきました)☆〜 そろそろ退院の日 整形外科の主治医脊髄の専門のS先生と担当してくださった先生たちが病室に見えると GLさんいよいよ退院ですね でもまだ何も終わったわけではありません退院後は外来でしっかり経過観察していきます 決して無理はしないでくださいね 今度こそ何かあったら即 手術ですからね ところでGLさんは退院であまり関係がないけど4月から一人担当の先生が変わりま〜す! なんと なんと、ここでも驚きの結末が〜〜 いみじくも「救急車で来てはいけませんね〜」といったあの時の先生ではありませんか!!! あの時の言葉は入院してからず〜〜と頭から一時も離れなかったので、この結末にたいへん驚きました。 4月3日 退院 私も長女も・・・まだまだ家に帰るにはちょっと無理なような気がしていた。 でもそんな私でもいい お母さんが家にいてくれるだけでいいと長女が言ってくれたのです。 青い空と満開の桜の花が おめでとう〜☆と祝福〜 桜の花が疲れきった体を癒し 背中を押してくれた。
( 完 )
長い入院 退院後も体調がすぐれず長い長い闘いでしたが 腰椎骨折は現在ほぼ完治、痛みもすっかり忘れるくらいになりました。 整形外科の主治医の先生によるとこうして時間はかかってもスムーズによくなってくれることは あまりないそうです 本当によかったです。 整形外科の先生と婦人科の先生そしてたくさんの人のおかげです。 救急車で来てはいけないですね〜と言った先生にも今ではたいへん感謝しています。 http://maglog.jp/barista1/index.php?module=FileLoad&action=Load&mid=15369&cnd=0&fname=7000012782403uf.mp3 |
第五腰椎圧迫骨折
[ リスト | 詳細 ]
|
病室の窓から東京タワーを撮影
回想(7)
馬尾神経腫瘍 聞いたことがない病名だった
それは 脊髄に沿って背骨の中を通る神経根から発生した 腫瘍 である
腫瘍は、進行性なので大きくなり脊髄を圧迫して疼痛やしびれとなる
つまり、この腫瘍が腰椎の骨折に悪さをしてひどい炎症を引き起こしている場合も充分に考えなくてはならなかった。
腰椎の患部に針をさし組織の一部を採取し血液を培養して菌を検出・・菌を特定して治療をする方法もあるが 炎症が高いのでまず抗生剤で炎症を下げて経過を見る。
もし、手術となれば骨折と腫瘍の骨髄全般にわたる手術なのでそう簡単ではありません神経を切ることになる腫瘍の摘出手術なので術後のリスクも必ずしもゼロとはいえずまた、良性と思われる腫瘍も悪性(がん)であることがあるので手術をして病理検査してみなければわからないそうです
こんなに大変なことになるなんて絶対にないし思いません〜
この痛みがとれるのなら・・・・・いっそ「手術を・・」 と思ったりでももし歩けなくなったらやっぱり今手術は困る。でもいつかしなければならないのなら・・・・・早いうち・・
主治医がいてくれる今の方がいいのかなと思ったり考えてもどうにもならないことをつい考えてしまう
もう いや〜 四年前「 がんは完治しましたががんが又とんでもないところに出るとも限りませんから・・・・・」 と、当時放射線治療をしてくださった先生が言っていた言葉を想い出していた
あれから・・2年・・3年・・いつの間にか4年がたち間もなく5年を向かえようとしている。
ずっとずっと大変なことだらけだったけど不思議なことにその分それ以上にいつも幸せは訪れてくれた。だから・・また大丈夫そう思うことにした。
そんな強がりを言う私だけどやっぱり腫瘍は気になる。
そして手術はもっと怖い〜〜〜
GLさん 転移は考えにくいから・・ そういってくれたのは主治医先生だった。。。。。。。
病院の外から
GLさん お見舞いに行ってもいいですか?
みんなに声をかけますね〜〜
Y ・ H
2月21日
YさんT・TさんR・Tさんの3人に囲まれて・・
病室にパワーが溢れた。(^^)/~
2月24日 抗生剤の点滴が飲み薬に 切りかえられカテーテルも抜去
車椅子を押してもらい洗面所に行く (わ〜貧血!!!・・ガンバレ〜)
明日はお雛様だから
やっぱりケーキよね
と言って
Hちゃんが高そうなケーキをいろいろ買ってきてくれた
もちろん・・いつも二人分 で〜す^^
わ〜〜い
うんうん
ドトールのコーヒーです
すごく飲みたかったの〜
これも
これも・・
も
いっぱい辛かったから
その分・・・・
いいっぱ〜い いっぱい
食べちゃいました!!
みなさん
本当にありがとう〜
ごちそうさまでした〜
※ 3月3日
東京タワーが
とってもかわいかったです☆〜
それから・・・
SさんとHちゃん2人からスケッチブックと水彩色鉛筆が・・・
えっ絵つつ!!!! はいありがとう〜
久しぶりにみんなにゆっくり会えてたくさんの元気をもらえた
3月9日・・・炎症が1まで下がったのでギブスを型取りしたコルセットを装着・・・ コルセットをすると腰が楽になった。
歩行器に寄りかかり病室を歩いてみたけどまだまだ痛くて腰に力が入りません
でも一歩一歩・・・ 歩き方があかちゃんのようだけど・・歩ける
すごい感動です〜〜☆〜
|
|
〜ぎっくり腰になったのは夫の介護からでした〜
< 回想5 〉のつづき
夫は要介護3・・その夫の病院の受診で整形外科と内科と心臓血管外科の外来が迫っていた。
介護士のTさんに今の事情を説明して「夫を病院に連れて行ってもらえないか」と電話で相談をするように長女にメール・・・・
結局、診察の待ち時間までしっかりお金がかかるとのことで娘が自分で連れて行くことになった。
ぎっくり腰になって入院している話を娘から聞かされた夫の病院の整形外科の武○先生はビックリされ・・
私の体調を良く知ってただけに大変心配をしてくださっていたようです。
そして今後のいろいろなことを考え
(9時から4時30分デイケアセンターの施設にお世話になる)デイサービスを申請することにした。
肝心の夫も納得してくれたと聞き・・ホッこれで義父と長女たち家族のみんなの負担が少しでも軽くなれば・・・・。
「 G Lさん その後いかがですか?」
先週末(2月13日)に検査ということだったので どうなさったかと思って・・ (友人たちが心配してくれていた。)
Ⅹ線と造影剤を使ったCT検査の結果・・ 病名は 第五腰椎骨折 腰椎を骨折・・椎間板が狭くなり、神経組織へ圧迫!!所見は 化膿性脊椎炎
血液検査の白血球が増加してCRPが異常に高い数値・・これは何らかの感染を示す数値
疾患は 椎間板と骨の境目が細菌に侵され腰椎が破壊され 強烈な激痛が起こり脊髄を曲げることが著しく困難をきたし痛みが長引きなかなか快方に向かわない
※ 痛みの部位と症状からヘルニアの疑いもあり・・
へ ヘッ ・・・・ヘルニア〜〜 ギックリ腰だと思っていたのにィ〜・・(−−;)
痛みの原因を明確にし適切な治療を行うため手術をしない方向でいますが3月までに痛みが治まらなければ手術“をすると言われた。
婦人科のM班の先生たちも炎症をチエックしては手術の安否を毎日心配してくださっていた。
痛みはずっと座薬に助けられながら5段階でいうと2〜3になり
CRP(炎症)がなんと・・・一桁台に やった〜(^^*)v 但し 安静〜〜〜
G Lさん ゆっくり ゆっくり 焦らないでくださいネ (今、炎症が再燃しては大変なことになります )
G Lさ〜ん
脊髄の専門である
主治医のO先生です
MRIの画像の
コピーを持って
病室に来られました
初めて見る脊髄の画像のアップに ギョッ!!
縦に長い背骨の白黒の画像は・・・・どう見ても しましまヘビのようです(> -:)
ただでさえコワイのに・・・・この画像はつらいヨネおそるおそる自分の脊髄を見ました。
腰椎が骨折して狭くなっている部分 化膿していると思われる部分の確認だった。そしてその少し上の部分に 白くて 丸い形のもの・・・それは脊柱管の神経根から発生している・腫瘍 がありますですってェ〜!!(◎◎)へひえ〜〜!! まさか・・腫瘍とは!!
|
|
(4)の回想のつづき
点滴治療と 検査、検査・・
回診に来てくださる婦人科の5人の先生たちに毎日励まされ支えられながらただひたすら痛みと闘っている自分がいた。
そんな時主治医の先生から突然整形外科になると告げられ急に心細くなった私はM先生にお願いをした。
この痛み・・・・ もう限界です(><o。。。
毎日毎日ず〜〜と我慢してたのでかなりきつくなってたこと、痛すぎて眠れないことを伝えたかった。
あまり効いてないんだね!? そう〜と肘を抱えしばらく考え込み・・・・
わかった GLさんもう我慢しなくていいよ ちょっと・待ってね 今すぐ何とかするから
そう言って M 先生は急いで病室を出て行かれた。
翌日(2月4日) 婦人科から転科になり
ベットの上のネームプレートが整形外科・主治医O先生・F先生・K先生に変わった。
ところで痛みと闘う眠れない夜のことだった
漫然と夢の中で中学時代の親友と会い・・それにはちょっと驚かされた。
ずいぶん長い間ご無沙汰をしてすっかり忘れていたと言っても過言ではないYちゃんが
昨年の夏(7月)に亡くなられたと同級生のいとこから9月頃、電話で知らされていた
そのちゃんが夢に・ こんな時に・・・? 何のために・・?
えェ〜っ(--;) ドッキン〜〜 ドキドキ〜〜〜
ハッ! 2月? 2月に(@@;) もしかしたら
慌てて長女にメール・・いとこに 電話をして「今 お母さんは入院してます」と早く伝えてもらいたかった
Yちゃんのことを知らせてくれた時に・いとこから2月に「仲良し会」でみんなが集まるからぜひGLちゃんも来てほしいと言われていたことを思い出したのだ
手帳を探しているところに長女から電話!! ・・そういうことって本当にあるのね とあまりの偶然に長女もビックリしていた。 そこで先月の6月・・
やっとなんとか一人で歩けるようになった私はみんなにぜひ会いたいと思い・・・千葉まで行ってきたのです
Yちゃんが中心になって集まった同級生の中良し会だった
しづのちゃん・とみちゃん・かずこちゃん・のぶちゃん・いくこちゃん・よしえちゃんそして私が加わって7人・・・みんなに会えました〜(Yちゃんが夢に出てきて教えてくれたんですね。)
天国でよろこんでくれていると思いますV(^^)v)
仲良し会のみんなに会うために子供のころと変わらない様に可愛くて(^^*)〜笑
いつまでも元気なGLでいようと思いました
〔 前に戻ります 〕
2月4日に婦人科から整形外科に転科になり その後も安静に・・
整形外科の腰椎・脊髄・背骨・下肢のレントゲンとCTとMRIなどの造影剤を使った詳しい検査が始められていた。
炎症の数値が3分のⅠに下がる(それでもまだとっても高い数値)体は重くおもりのようだがあの激痛は遠のいてくれた。腰の部分には血管がたくさん通っているため有効な “座薬”に救われた^^
2時間くらいでまた痛くなるので1日に4回座薬を使う眠れるように軽い眠り薬も処方してくれていた。
整形外科に変わった後も婦人科の先生たちは毎日来てくださっていてどんなに心強かったことかv(^^
痛みは少しずつ和らぎ上体を斜めに起こせるまでに回復・・・
そして今まで空しか見えなかった窓にやっといつもの景色が見えてきた。
階は違うけど
いつものように東京タワーが見える病室☆^^
ベッドに寝たまま携帯のシャッターを押していま〜す
2月14日はバレンタインデー
なんだか・・
わくわく ドキドキ☆**・・・
誰にあげようかしら・・・な〜〜んて(^^*)
病室のみんなと仲良く食べました♪
東京タワーのライトが リボンゴールドに輝いた(^^*)/~
|
|
1月 25 )おはようございます〜! G Lさん 朝早くからごめんなさいね 採血を させてくださ〜い
先ほど M先生がいらして・・・大変ビックリされていました
M先生 後で来られますョ。
と、やさしく声をかけてくださったのは、とても美人の研修医のW先生でした。
この階は 婦人科 形成外科 美容外科 そして整形外科の患者さんがいる私にとって初めての病棟となった。
私の病室は 〜6人部屋の窓際〜
ベットの頭上には 婦人科 主治医のM先生 そして O ・ M ・ I と採血に来られたW先生の名前がネームプレートに書かれていた
G Lさ〜ん 主治医の先生の声
四人の先生が揃って見えました。 (あいかわらずドキドキする〜)
M先生はお話をしながら診察を始めた。
G Lさん 重たいものを抱えて腰を痛めたと言ってたけど・・・かなり辛そうだね
(主治医の先生を目の前にして心なしか痛みが和らぎ涙が出そうになった)
考えられるのは・・以前ガンの放射線治療の後に一度やった“組織炎”かもしれないと先生もおしゃっていた。
その場合は見る見る間に象の足のように パンパンに腫れてメリメリ〜〜そして高熱が出てくるので炎症の原因である病気がはっきりするまでずっと昼夜一日中抗生剤などの点滴が続けられます
(火曜日)婦人科の教授回診
教授は炎症の数値に一瞬驚かれた様子・・ 「ちょっと大変だけど必ず治りますからね」 とやさしく笑顔で励ましてくださいました。
さっそく婦人科のCTとMRⅠの検査ですがストレッチャーにベットから歯を食いしばり移動〜なかなか容易ではありません。腰はもちろんのこと脚の痛みも変わらないけれど組織炎ならもう発症が出る頃なので あの組織炎ではなさそうだと M先生も少し安心しておられた。
その頃から抗生剤が効いてきたのか入院時の35・8から40・6まで上昇したCRPがその後少しずつ下がりはじめたのです。
しかし・・強烈な痛みは依然として薄らぐことなく息も絶え絶え〜〜少しも体が休まらず、精神的にも凄いストレスになってきた(><)採血のデーターをみると H(高い) L(低い)ばかりで真っ赤・・ (栄養失調状態だった)
一体 どこの炎症なのか?
先生が点滴からお粥に切り替えてくださった。ベッドの床に寝たまま排便の経験もした。
みんないい先生で 良かった〜(^^)V
ある時研修医のW先生が、入院時からずっとピンクの帽子とアイボリーの帽子を被っていた私にニコニコしな 「素敵な帽子ですね」と話しかけてくれた。
髪があまりにもクシャクシャだったからだというと 「GLさん とってよく似合っててかわいいです」
なんだか恥ずかしくなってきて 『 実はこの帽子〜・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
W先生はわたしの話を真剣に聞いてくださり M先生は そのことご存じかしら? 」
W先生にお話をしたのがはじめてだと言うと
「エッ・・うれしい〜〜」 ぜひブログを教えてくださいね といってくださってすごくうれしかった^^。
一週間後の 2月1日 (月)
GLさん〜 おはようございます! あらっ!
色白のまたとっても綺麗な先生です?( 2月になり研修医の先生が変わったのだ)
突然のことに・・・・ふと寂しい気持ちになった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
2月の外はかなり寒そう〜〜1日の夜半から2日に東京にも雪が降った。。。。。。
長女には家のことがあるので大変だからあまり病院に来なくていいよとは言っておいたが次女と交代で時々来てくれていた。 仲間のHさんも入院して2日後に・・そして今日もこの寒いのに何度も足を運んでくれた。
Hさんから「欲しいものは?」とうれしいメールがあり
「 GLさん おいなりさんと看病巻きネ 了解しました〜 」
ん?・・・看病 看病巻き??? ・・・・まあいいかっ^^
確かに入院中にいつも食べたくなるから・・かんぴょう巻きは看病巻き〜と私^^ ではなくて^^その時、朦朧としていたわたしがいつの間にかかんぴょう巻きを看病と変換してしまいうっかりHさんにメールしていた(^^)/~
2月 3日 節分の日
「これ・・・夕食に」な〜んと〜〜〜〜〜恵方巻きを ビビ ビっクリ〜!!!♪♪〜誰もいない病室、寝たまま東南の方角に向かって 丸かじり〜〜〜 (・・・でも Hさんが 絶対に無理はしないでねって言った。。。。。)
よ〜く噛みながら黙々と・・・あ〜〜あまりの美味しさに一本食べてしまいそうなくらい・・・もったいないけど 半分でぐっと我慢〜〜〜したよ とっても贅沢な恵方巻き丸かじりの初体験でした ☆〜
おかげで 笑ったり びっくりしたり 一緒に食べておしゃべりは・・どんなに気が紛れたことか・
元気をもらい厄落としまでしてくれた こんな時だけにわかってくれる仲間がいて甘えられて幸せに思う 心から感謝で〜す(^^)V
GLさ〜〜ん
カーテンが開き・・・・目の前には あのW先生〜!!
体の痛みどうですか?GLさんに何も挨拶もしてなかったからちょっと気になって・・・^^
2月からは救急センターの医療室になりました。ここにはたぶん4月までいます
GLさんがお話をしたくなったらいつでも看護師さんに言って連絡してくだされば私すぐにとんで来ますから・・・^^
と言って病院の連絡に使用しているW先生のPHSの番号を私の手帳に書いてくれました。
私もブログのタイトルを書いたメモを先生にお渡しすることができました(^^)V
そしてそのあと 私の携帯で写真も撮るようにと言ってくださりドキドキしながら 寝たままカメラを向けた
はい ポーズ^^ (もちろん先生だけ) パチリ! パチリ!
なんだか夢でも見ているみたいだった。。。。。。。。。。。。。。。。。
そんななか・・ 明日、整形外科の先生がGLさんの病室に来てくれます
脊髄(骨の)専門の先生なのでしっかり・・診てもらいましょうね。 と主治医の先生が・・。
翌日から整形外科の先生がなんども病室に来られて・・・触診〜腰全体の痛みと脚の痛みとの関係(特に左脚の激痛)に幸いマヒがなくて良かったですね
いろいろ考えられますが・・MRIとCTを造影剤を使って撮らせてくださいと言っていた。
そして次女たちがちょうど来ていたその夜でした。
G Lさんを整形外科のS先生に依頼をすることにしましたから・・
明後日・・・婦人科から 整形外科の方に “ 転科 ” になります。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用


