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Hitoshi Kawashima 2019年3月9日
2月16日に開催した『芸術と憲法を考える連続講座』vol. 14《表現の自由を求めて−昭和俳句弾圧事件と九条俳句訴訟−》のレポートです。(2019年3月9日)
「表現の自由」を基軸にすえ学びを続けるぼくたちの憲法講座は、過去の歴史を正しく学ぶことと、いま現在世の中で起きていることに目を凝らし行動していくことを、つねに車の両輪にして進まねばならないと思っている。季語にとらわれない自由な俳句を作った新興俳人と呼ばれる人たちが、治安維持法による弾圧で44人も逮捕された昭和俳句弾圧事件を、昨年暮れ、4年半の歳月を経て解決をみた九条俳句事件とあわせて取り上げる今回のとりくみ。不当な圧力、忖度、自粛がはびこり、日本の表現世界が窒息しそうになっている今、東京藝大という場でこの講座が実現できたことには、大きな意味があったと思っている。
昨年暮れ、飛び込んできた「九条俳句訴訟の完全勝利」という朗報。会場にぎっしり集まった人々を代表して藝大生から、長い裁判を戦った78歳の作者女性に、感謝の花束を贈呈するところから、今回の講座はスタートした。
九条俳句が掲載された2月1日発行の「三橋公民館だより」を手に、作者女性は思いを語ってくださった。
◆九条俳句作者女性のお話
(掲載された俳句の)この1行のために、この4年半どんな思いできたのか、そして、公民館の机のなかにしまっておかれたこの俳句が、ようやく日の目を見たということで、私は胸がいっぱいになりました。人生の終盤にきて、ささやかな楽しみとして俳句サークルで作っていた俳句。何のことはない句だと思うのに、その中にある "九条守れ" というたったこのひと言のフレーズのために、こんな裁判をすることになるとは、思いもよりませんでした。憲法の精神から言ったら、こんなこと、あってはならないはずのことなのに、自分の身にふりかかるまで、世の中がここまで大変なことになってしまっているとは知りませんでした。でもこれを許してしまったら、こんなことが続いていってしまったら、70数年前の "いつか来た道" に戻ることになってしまう。とてもたまらないという思いで、4年半、全国のみなさんや、弁護団、社会教育関係のみなさんに助けられてやってきました。でも、声をあげてよかったと今は思っています。
◆マブソン青眼さん(俳人、「檻の俳句館」館主)のお話
マブソンさんはまず、カミュの小説『ペスト』を例に引きながら、無名のレジスタンスを称え、九条俳句作者をねぎらった。師・金子兜太が、この事件を契機にして新聞コラム「平和の俳句」をスタートさせたこと。兜太の最後の仕事となった、俳句弾圧不忘の碑を作る動きにもつながったこと。「日本は上からだけじゃない、下からの弾圧、周りからの弾圧がおそろしい」という兜太の言葉は、戦前、表現の自由が抑圧されたことから、戦争へのプロセスが始まった歴史を振り返ってのものだった。
俳句の本質は、取り合わせ、余情、イメージとイメージの間の余白だと、マブソンさんは言う。「亡き母や海見るたびに見るたびに(一茶)」など、江戸時代の俳句は季語を問題にしなかった。季語が必要不可欠なものになったのは、高浜虚子が花鳥諷詠をイデオロギーのようなものにしてからである。
その虚子は、弟子の嶋田青峰が治安維持法違反の嫌疑で投獄された時、弟子を救おうとはしなかった(青峰はそれがもとで結核が悪化し死亡した)。あるいは、捕らえられ獄中にいた橋本夢道が1941年12月の日米開戦で「大戦起るこの日のために獄をたまわる」と詠んだ時、虚子は「戦いに勝ちていよいよ冬日和」と好戦的な "聖戦俳句" を作っている。1936年ドイツを旅して詠んだという「春風やナチスの旗もやはらかに」の句も衝撃的だ。
ブライアン・ビクトリアの名著『禅と戦争』により戦争協力の批判を受けた仏教界の一部に、自己批判の動きが出たのと対照的に、俳句界では戦後、軍国主義加担の歴史に目を向ける動きは一切起こらず、数ある俳句総合誌はそのすべてが、現代の九条俳句事件や、俳句弾圧不忘の碑建立のニュースにも、黙殺を決め込んでいる。間違った過去の歴史を反省し、表現の自由を守って初めて、世界中の若い世代から支持される活気ある文芸が生まれることを、俳句界は知るべきである。
◆佐藤一子さん(社会教育学・東大名誉教授、九条俳句市民応援団世話人)のお話
安保法(戦争法)が国会で議論されている時、自身の戦争体験を背景にもつ作者女性が、「戦争はいやだ、二度としたくない」という気持ちを、庶民のごく普通の言葉で詠んだのが九条俳句。それに対し、三橋公民館は、世論を二分する一方の意見のみを俳句という形で掲載することは、中立性・公平性に反すると、公民館だよりへの掲載を拒否して、九条俳句訴訟が争われることとなった。だが公民館の公共性とは本来、多様な意見が響き合う場所、みんなが自由な言論の場として作り出す common な空間であるはず。
戦後の社会教育は、民衆を教化し、思想を国の思うかたちに善導することにより戦争に協力した戦前の社会教育の過ちを、二度と繰り返してはいけないとの強い決意のもとにスタートした。自発的な学習を何よりも尊重しなければいけないというのが、社会教育施設全体の大切な原理とされ、戦後、各地に公民館が作られてきた。公民館の役割は、市民が切磋琢磨し、自由な文化活動のなかで高めあうことを後押しすることであり、その学習成果発表の場としての「公民館だより」は、単なる上からの広報物ではない。
問題発生から4年半となる2018年12月20日、最高裁が上告を棄却することにより確定した東京高裁判決(2018年5月18日原告勝訴)では、世論を二分する意見対立があることを理由に、公民館がその一方の意見を排除することは不公正であって、職員の故意過失が認められるとした。教育は政治的に中立・公正であらねばならないことを歪曲し、行政に対する一切の批判を許さない動きが、各地の公共施設で起きているが、住民の思想信条と表現の自由を最大限尊重することこそが公正な取り扱いであるということが、この裁判で確定した。
また今回の訴訟では、弁護団は「学習権」という言葉を使い、学ぶ自由、表現の自由という文脈からの主張を展開した。その自由がじわじわと狭められている中で、表現の自由と学習権を一体的に主張した判決が認められたことは、これからの日本社会の学ぶ自由、学ぶ権利を拡張していくために、大きな意義があった。一見、教育がとても普及し、欲しい物は何でも手に入る社会だと思っている人も多いが、見えないところでどんどん排除されているような人々にとり、学習権とはなくてはならないもの。
学びの支援をしてきた公民館で、2000年代に入り様々な問題が起きていることの背景に、第一次安倍政権が憲法改正の前哨戦として行った、教育基本法の全部改正がある。社会教育との関係では、旧教育基本法の2条がまったく書き換えられ、学問の自由の尊重や、自発的精神を養うなどの言葉が削除され、伝統と文化の尊重や、我が国と郷土を愛するなどの言葉に置き換えられてしまった。教育勅語復活の動きもそこから出ている。
下からの民主主義とは、人々がほんとうに参加していろいろな意見を交流することでしか鍛えられていかない。選挙に行くだけが民主主義ではない。自由に意見を交わし、それに対して批判的に耳を傾けることができる、どれが正しいかということを深く考えることができる。これが参加しながら住民自らが作る民主主義だ。公民館とはそもそもそれを目指して戦後設立された。地域に参加していろいろなかたちで人々と関わり合い、多様な意見、多様な表現と出会い、自分自身のできる力を発揮して、社会とつながっていく、そういう主体性を作る共同空間を豊かに発展させることが、今、さまざまな意味で揺らぐ日本の民主主義、日本の将来を支えていくための大きな力となっていく。
◆質疑応答とディスカッションから
Q1. この訴訟の成果をどのように世の中に広げていくか?
◇九条俳句作者
「公民館を長く使っていながら、公民館がどうして出来たのか、戦後、憲法を学ぶための場所だったという歴史を私は知らずにきてしまった。今、憲法が危うくなっている時に、多くの人が公民館や社会教育の役割や成り立ちを正しく知ることができるようなリーフレットを作って、公民館に置いて欲しい。」
◇佐藤一子さん
「本来の学びとは情報を吸収するだけではなく、意見を戦わせたり、自分の意見を公表するプロセスがなければならない。人間が大事な場面で生き抜いていくために、そういう力がどうしても必要。これが日本の高学歴社会のなかで見失われている本来の学びの意味だ(教育基本法2条のなかに的確に書かれている)。藝大のこの憲法講座もそういう場になっているのではないか。骨のおれる作業だが、意識的に学びの場を作ることが、公民館だけではなく、博物館・美術館にも、図書館にも、大学にも、NPO法人にも、求められている。これを一人一人の個人が、いかに日常のなかで貫いていくかだ。」
Q2. 若い人に多く参加してもらうためにはどうすればいいか?
◇マブソン青眼さん
「多くの若者は目の前のことに追われ、こうした講座に来る余裕がない。集会に出た年寄りがうちに帰って若者に語って聞かせればよい。60代以上の人だって、社会を変えるには、もっともっとおおぜい参加しなければ全然足りない。頑張って悔いのない人生の終わり方をしましょうよ。」(一同爆笑)
◇佐藤一子さん
「小中高や大学で、もっと社会教育との交流が当たり前になっていくようなカリキュラムを工夫すべき。大学の授業に社会人を呼んできたり、藝大生が檻の俳句館に出かけていったように、学生の学習活動の場として社会にもっと出て行く機会を作る。私の関係する公民館では、子どもがお年寄りにパソコンを教えるとりくみがあるが、学ぶ側から教える側に立つことで起きる自己変革には目をみはる。相互教育、学び合いは社会教育の根本。日本社会の全世代にゆとりがなくなり、公民館に来られなくなっていることも大きな問題ではないか。」
(2019年2月16日開催の講座より抜粋してレポート)
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