今日もこれから

大文字焼き、五山の送り火中継。ゲストの養老孟司さん、三年前の同番組で樹木希林さんをご記憶。そろそろ自分も、としんみり。f^_^;

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日本への集団移民が歴史上確認されているのは、5世紀はじめの弓月国からの127県の2万人近い人々と、紀元前3世紀に徐福が連れてきた技術者と子供達3000人です。(朝鮮半島からの移民についてはコチラ。)http://blogs.yahoo.co.jp/glowforestmoon/41871986.html

徐福は秦に滅ぼされた斉国の学者だそうです。始皇帝のために不老長寿の薬を探すという名目でやってきたそうです(が、移住の言い訳ぽくてなんとなく怪しい。)

それ以前は弥生人の渡来があります。これらの人々も水田稲作技術とともに遺伝子を運んできました。

そして数万年前から住み着いていた縄文人と混血しました。





■YAP遺伝子から見た日本人の起源

縄文人の遺伝子の特徴は、今もアイヌ人と沖縄人に多く残るYAPのD型遺伝子がほとんどではなかったかと思われる点です。

YAPとは、男性のY染色体のDNA配列にコピーミスの遺伝子配列をもっている型で、大きくD,Eに分けられます。

このうちDはアジア(アンダマン諸島、チベット、日本)、Eはアフリカ、西アジア、ヨーロッパに分布しています。

ちなみにアインシュタインもYAP人だそうです。

こまかい分類は変更がよくあるようなので、詳細はこちらで。

■YAPとは?
YAP (ヤップ、Y-chromosome Alu Polymorphism)とは、Y染色体の長腕部「DYS287 Yq11」上にある約300塩基からなるAlu配列(Alu sequence)の挿入多型。この古代に起きた「M1」と定義される変異の痕跡(SNP)をY染色体上に持つのは、ハプログループE系統とハプログループD系統に限られ世界的には極めて珍しい[1]
本来ならばtRNA、rRNAなどの核内低分子RNAに転写されるべきものが、何らかの要因によってY染色体上のDNA配列に挿入されてしまったもので、生体内での働きについては未解明である。Alu配列とは蛋白質コードを配列を全く含まず、制限酵素Aluで認識されるためこの名がつけられた。



世界のY遺伝子ハプログループ分布図

アジアのY遺伝子ハプログループ分布図

上の図で見ると、かつて日本が統治していた朝鮮と台湾に日本人の特徴である

YAPのD2遺伝子(緑色)が見えません。

これはつまり、台湾や朝鮮で日本人男性が現地の女性をパートナーに選ばなかっ

た、もしくは男子がほとんど出生しなかったということでしょうか?

70年前に他民族の女性を20万人も強制連行して暴行したとされる痕跡が

遺伝子レベルでみつからないのは言いがかりをはらす良い証拠といえます。

免疫グロブリンから見た日本人の起源

ところで、まったく違う図もあります。こちらを見ると、日本人は北東アジア人ということがよくわかります。

この図は松本秀雄博士の



ただ、免疫グロブリンGは、胎盤をとおして子供に行くそうです。

ということは、この図は先祖代々の母親の出身がわかるということではないかと思います。

北方からは女性を含む家族を連れた人々が地続きで北海道まで南下し、

やがて本州までやってきたが、

南方からは男性のみで渡ってくる人が多かったということではないかと思います。

その男性は縄文時代にすでに海外貿易を始めていたそうです。

良質な石器がつくれる日本産の黒曜石が現在のロシアや韓国で出土しているそうです。http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn1/001honnronn_09_1kokuyouseki_umi.html




そう考えると、弥生時代に移住してきた渡来人は、一番近い朝鮮半島ばかりではなさそうです。

じっさい、弥生時代の遺跡から出る水田用の米は朝鮮半島に無い種類もあるということで、中国大陸から戦火を逃れて直接やって来た人々も多かったようです。


HLA遺伝子から見た移動ルート

HLA遺伝子は白血球にあります。
徳永勝士氏と斎藤成也氏による民族集団移動ルートの仮説を紹介します。


徳永勝士等は十数年の歳月をかけて、国内外の研究者との共同研究を通じて、
HLAのデータを集積して来たという。
その対象の民族集団は次のような12集団に上る。



そして、上の表から導き出された移動ルートが下の図だそうです。

どうでもこうでも大陸から入ってきたように解釈していますが、
分布の大きいところー>少ないところという原則をあてはめると、
B52−DR2の遺伝子セットは日本の平均10.0に対してソウル1.8、北京4.2なので、日本から大陸に出て行った人々がいることの立証になると思われるのですが。σ( ̄∇ ̄;チガウノカナ 




■HLA遺伝子について

さて、HLA遺伝子はどのように遺伝するのか調べてみました。

HLA研究所サイトより〜http://hla.or.jp/about/

HLAとは

HLA(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球抗原)は1954年、
白血球の血液型として発見され、頭文字をとってこう呼ばれてきました。
しかし、発見から半世紀以上を経て、HLAは白血球だけにあるのではなく、
ほぼすべての細胞と体液に分布していて、組織適合性抗原
(ヒトの免疫に関わる重要な分子)として働いていることが明らかになりました。

2つずつの型は父親と母親から

HLA検査を行うと、遺伝子型ごとに2つの型が判明します。
それは、父親と母親の型を1つずつ受け継いでいるからです。
両親から受け継いだ遺伝子の染色体は一対になっていますが、
そのためにHLAも同様に両親から受け継いだ2つの型が一対となって
1つのセットを形成しています。それを「HLAハプロタイプ」と呼びます。

自分のHLA検査を行えば、各遺伝子型の2個の型が判明するだけですが、
両親のHLA検査も行うと、どちらの遺伝子がどちらの親から遺伝したのか
がわかります。

HLAのハプロタイプの組み合わせは数万通り

http://hla.or.jp/images/HLAtoha1.png
今日あるHLA検査は、HLAが遺伝子の第6染色体の短腕にあることが解明された結果
です。HLAはA,B,C,DR,DQ,DPなど多くの抗原の組み合わせで構成され、
さらにそれぞれが数十種類の異なるタイプ(アリル)をもち、ハプロタイプの組み合わ
せは、数万通りともいわれます。HLAはヒトの体の中で重要な免疫機構として働いて
おり、その主な役割は自他認識をすることにあります。

移植とHLA適合検査

HLAは両親からその半分ずつを受け継ぐため、親子や兄弟の間でも一致する確率は低く、まして非血縁間では数百〜数万分の1の確率でしか一致しないといわれています。
造血幹細胞移植や臓器移植では、自分のHLAのタイプに合わないものはすべて異物と認識して攻撃を始めてしまうため、HLAの適合性が重要視されます。
そのために主に血縁者間でHLA検査を行い、ドナーとレシピエントの適合性を読みとる
ことが必要となります。
転載ここまで-------------------------------------------

徳永氏等の研究が、いかに大変なものだったかということはよくわかりました。
敬意を表したいと思います。

ぺこ <(_ _)>

閉じる コメント(2)

中国遼寧省に倭人と呼ばれる人々がいたことが山海経や論衛などに書かれているそうです。また、三国志の韓伝、弁辰伝には韓の南方、伽耶地方にも倭人がいたと記述されているそうです。(角川選書179空白の4世紀とヤマト王権175ページより)

2014/12/2(火) 午後 5:58 APPLE 返信する

キルギスの人たちは顔立ちも日本人に似ていますね。古事記は聖書のパクリだし、和鋏は古代ローマやマケドニアで使われていたものだし、日本の歴史は謎だらけで本当にワクワクしますね(=^ェ^=)

2015/8/28(金) 午前 1:14 APPLE 返信する

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