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「下町の女には貴賤さまざまに、さらさら流れるものがある。 それは人物の厚さや知識の深さとは全く別のもので、 ゆく水の何にとどまる海苔の味と言うべき香ばしいものであった。 さらりと受けさらりと流す、 鋭利な思考と敏活な才知は底深く隠されて、 流れをはばむことは万(ばん)ない。 流れることは澄むことであり、透明には安全感があった。 下町女のとどこおりなき心を人が蓮葉とも見、冷酷とも見るのは自由だが、 流れ去るを見送るほど哀愁深きはない。 山の手にくらべて下町が侮り難い面積をもっているのは、彼女等の浅く澄む心、 ゆく水にとどまる味に負うとさえ私は感じ入った。」 「勲章」の一部分。下町での暮らしの思い出が書かれています。 これをよんで、「へえ、、。」となんとなく素敵な下町女のイメージをした気がします。 私は、下町の女といってもあまりぴんとはきません。 どんな人がそうであるのかは、あまり出会いも無くよくわからないのです。 「これが下町の女」なんてエピソードや、お話は聞いてみたいし、お友達になってみたいものです。 幸田文さんは水にたとえたりとか、なんとなく目に映る自然などの表現を良く使う気がします。 身近な自然や、見慣れた景色などを使い表現することで、なんとなく知らない時代や人もうっすらと浮かんできたりします。 お亡くなりになる前には、日本の大木など、木を見て回ったようで、文さんの文章にはなんだかぴったりな気もします。
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2006年01月17日
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