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無言の顰蹙(ひんしゅく)より率直な無遠慮は、 まだまだずっとましだった。 最近横行する「車内での悪質マナー」 横目で見たりじっと見つめてみたり、、。 でも「こらっ」とは中々声をかけられない、、。 言ってあげた方が為になる、、解ってはいても出来ないものですね。 無言の顰蹙より、率直な無遠慮。 私もこの言葉には賛成。 はっきりものを言ってくださる方は、 愛情がありますよね。 逆に、曖昧、なんとなく、愛想だけはいい、、
そんな方に限ってお仕事には繋がらなかったりします(笑) |
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2006年02月12日
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「私が決めた事ではないんだから」 は通用しない。 納得できないことだってうけいれられる。 すべてよかった。 あなたの選択はすべてよかった。 正しかったかどうかは知らないけれど、 でも、よかった。 そのとき、そのとき、 できうる最高の選択をしてきたのだから。 ほかに選べるものなんてなかったのだから。 私は以前こう言われた事があります。 「人間毎日が選択だよ」 そうなんですよね。 稽古しないも、するもそう。 それは自分で全て判断、選択した事。 それによって結果が悪くても、自分の責任。 素敵な傘を見て声をかけたら「ご縁」のきっかけになるかも。 仕事で迫られる選択も、その時は「こうだ!」と思っての選択。 後で後悔してもそれは仕方の無い事。 重要なのはその後、先をどうするか。 それもまた「選択」 「後悔」「努力」 私はこの言葉はあまり好きではありません。 「後悔」するよりどんな結果になっても 選択したときの自分のことを信じたい。 「努力」ではなく、当たり前、当然。 必要ならば当たり前なんですよね。「する」という事は。 「頑張る」じゃない「当たり前」 「努力する」当然のこと この言葉は私を助けてくれました。 必要なことはする。 それは決して「努力」という「苦痛」を含んだ言葉ではなく、 「目標」に向かっているときに出てくるいくつもの課題を こなすという当たり前の作業。 何事も、楽しんでする。
だってそれをすることで一歩でも理想や夢に近くなるのなら その時点で「楽しみ」の一つになりますものね。 |
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「堪忍文」この言葉は初めて聞きました。 |
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先日、二月歌舞伎、夜の部を見てきました。 |
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昨日も、道場にて小さな酒盛り。 |
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