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先日、久しぶりに日舞の会へ。
道成寺が終わった後、幕の裏で早々にご挨拶した折の、 鮮明に今でも覚えています(笑) |
日本舞踊の話
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日本舞踊、、道は長いけれどとても深い魅力的なもの、、。
お勉強も兼ねて、舞踊の事をつらつらと、、、、。
お勉強も兼ねて、舞踊の事をつらつらと、、、、。
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先日、久しぶりに国立の大劇場へ足を運びました。 吾妻徳穂さん十三回忌追善舞踊会 お師匠さんとも話になりましたが、 もう、13回忌なんですね。 藤間流家元が、夜の部に出演されていましたが、 都合により、今回は、昼の部へ。 桜が見頃の中、とても良い会でした。 内容も、曲も、本当に良く出来ている、お客様を楽しませてくれる曲。 沢山の演目の中、何より嬉しかったのは思いがけず、 坂東 三津五郎さん と 稀音屋 祐介さん の出演。
祐介さんは、私の名披露目のたて三味線を演奏していただいてからのファン。
祐介さんのお顔を見るなり、なんともいえない気持ちになりました(笑) 最後の演目は、 「静機帯」 幕が上がってしまい、急いで入った私の耳に入ってきたのは 聞き覚えのある、素敵な声、、、。 思わず、、、 『、、!!、、三津五郎さん、!!』 と、つぶやいていました。 プロは持たず、だったので思いがけず、 三津五郎さんが昼の部の締めでした。 最近は何かと忙しく、歌舞伎や踊りの会に足が遠のいていました。 そんな中、思いがけず素敵なお二人を同時に拝見でき、 幸せいっぱいの気持ちで、会場を後にしました。 歌舞伎座も、気が付けば、今月いっぱい、、、。 昨夜のTVで、菊五郎さんの「弁天小僧菊ノ助」公演中と知り、 なんてあっという間なのかと気づかされました。 「吾妻徳穂さん十三回忌追善舞踊会」の記事です。 本当に豪華な出演者と、演目であったようです。 |
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今、お稽古をしているのが「手習子」 まだ、着物の肩上げもとれていない娘が、 寺子屋帰りに蝶をおったり、占いをしてみたり、、と 道草をしている様子が描かれている踊りです。 大人びて、恋を踊ってみたり、恋を占ってみたり。 そのあとに、「道成寺」の一節がおりこまれています。 おしゃまさん、、というのでしょうか。おませな初々しい娘のものです。 もちろん、舞台にかけるつもりではなく、 とにかく、「体の使い方を覚える」というのが今回の目標。 164cmあるこの身体と、姐さんぽくなってしまう癖、、、 とにかく、娘って、本当に難しいですね。 「ただ首を振っていれば娘になっていると思ったら大間違い」 「首だけじゃおかしなことになるから、体をめい一杯使うんだよ」 今まで、芸者や、かたいもの、男、、、、 そんな道を歩んできた私にとって、、、 体がついていかない、、 他のものが容易というわけではなく、 今までのものとは体の使い方、首の使い方、、違うことばかり。 確かに、子供たちを観察していると、見えてくるものもありますが、 いかんせん、、、背の高い、、成人女性がそれをどう見せるか、、、 と、なると、わからないことばかり。 頭で考えるよりも、とにかく今は体の色々なところを駆使しないといけないんですね。 考えながらお稽古する、 娘になって、、、 まだ、そこには程遠い、、、。 いつものお稽古のものより、ハードルが高く、じっくりになるはずですが、 体がうまく使えるようになってくると、また一つ一歩前へ進める気がします。 ギシギシいいながら、 眠っている私の色々な筋肉たちと会話できるように、、 お稽古あるのみですね。
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先日、国立劇場で行われた 吉村輝章さんの『舞の季(まいのとき)』 踊り「ニ演目」のみという贅沢な会でした。 地歌 珠取海士 義太夫 しゃべり山姥 という演目でした。 「珠取海士」は、二度目の気がしますが、 やはり、今回のものは前回よりも良かったです。 「しゃべり山姥」は初めて拝見しました。 人形振りが随所に織り込まれているもので、あっという間に終わってしまいました。 今回の題名になっている 「本行物」と「丸本物」何となく分かっている気でいましたが、 改めて、調べてみました。 上方舞にはなじみが多い言葉のようですね。 輝章さんからのご案内の中にはこうありました。 「珠取海士」は母性愛を描いた「本行物」で、 「しゃべり山姥」は文楽から来ました「丸本物」でございます。この説明を読めば、何となくお分かりかと思います。 ただ、ご一緒した方に「この二つの意味は??」と聞かれ、 何となく、、、しかお話できず、辞書を開きました。 私はこんな時『江戸語大辞典』を開くのですが、 ネットにも多くの説明がありました。 簡単にまとめてみました。 「本行物」(ほんぎょうもの) 「本行物(能採物)」、題材を能や狂言から移入したもの、 格調の高く重厚なもの 「丸本物」(まるほんもの) 人形浄瑠璃で演じられた作品を歌舞伎に移入したもの 義太夫節の本で、一部分を抜粋した抜き本などに対し、 1曲全部を1冊に収めた版本。院本。 「珠取海士」は、何度見ても、胸を切り取るところは目に焼きつきます。 「一つの利剣をぬきもって」も台詞も印象的です。 「しゃべり山姥」は、本当に随所に面白い振りがくみこまれていて、 とても新鮮でした。 また、義太夫の語りが、とても面白く、義太夫を久しぶりに堪能することが出来ました。 最後に今回の踊りの解説を、会のパンフレットから引用して載せておきます。 「珠取海士」 能の「海士」の玉の段に取材した本行物で、子供の出世の為に命を捨てる母の物語。 竜宮に盗られた珠を奪い返す為、都の大臣(大職冠)が賤しい海女と契り、 海中に潜って珠を取らせ、かわりに子供を大臣にまで出世させようという奇譚(きたん)で、 吉村流では母物として母性愛を中心に描かれている。 「しゃべり山姥」 近松門左衛門の「嫗(こもち)山姥」の二段目、「八重桐廓話」を地歌舞に移したもの。 吉村流には丸本っものの人形振りが古くから伝わっている。 四段目がいわゆる「山廻り」の段にあたる源頼光、坂田金時らの出世話に 八重桐のやつし芸を絡ませた複雑なストーリー。 舞では、今は訳あって離別している八重桐の夫、坂田時行を廓に勤めていた頃に 小田巻と取り合う立ち回りが語られるうち、招き入れられた岩倉大納言邸で 時行が切腹し、その魂が八重桐の口から入り、山姥と変じていくさまが舞われる。 |
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私が最近お稽古しているのは 「藤音頭」 私の流派では、名取にならないと踊れない といわれている曲です。 「藤娘」は、潮来と音頭に別れます。 最初の部分と終わりの部分、の唄は同じですが、 「音頭」と「潮来」では、わかりやすくいうと真ん中の唄、曲が変わります。 以前、潮来はお稽古しましたが、 「音頭」は今回初めてです。 難しい、、、 「藤娘」よりも少し大人びていて、 「可愛さの中にただよう色気」が、師匠曰くとても大切なのだそうです。 最近は、名取さんでなくても踊られることも増えたそうです。 かわいらしく踊ることも難しく、 その中には松に対する、情熱、色気を忘れてはいけない、、 体を使うのが、「娘」はめいい一杯、、、と私は感じます。 他の踊りが難しくない、大変ではない、、ということではなく、 色々な「娘」物は、かわいらしく踊ること、とても大変です。 私の性格が出てしまうのですね、、どうしても、 「可愛くない、、、。それじゃ姉さんだよ、、。」 なんていわれっぱなしです(><) 歌詞の中に 「十返り」という言葉が出てきます。 私は単純に「繰り返す」と思っていましたが、 今日ぱらぱら調べていると、、 なるほど、、、 という意味を見つけました。 「100年に一度という松の開花を10回くりかえす意から」長い年月。 もちろん、十繰り返す、意味もあります。 ただ、松に恋した藤の花のお話。 こんな意味があったのだ、、、お勉強になりました。 他にも色々な言葉を、 (なんとなく雰囲気でわかっていたつもりの言葉) をしらべてみたり。 もちろん、師匠に聞いてみたりと色々ありますが、 こうして、馴染みが薄い言葉達を調べてみて、 改めて楽しさが深まりました。 そういえば、こんな事が以前「藤娘」のお稽古中にありました。 お弟子さん:「いとしと書いて 藤の花」ってうまく言ったものですね。 私:「??」 お弟子さん:「ほら、ひらがなの「い」をたてに十書いて、 その間に線を引くように「し」を書くと、 よく観る藤の絵になるでしょ?」 私:「(手に書いてみて)、、あっ!なるほど!!」 師匠:「そんなことも知らなかったの!?」 「い」を十書いて「し」をたせば、、、、藤の花 という意味だったのです。 師匠や、私より踊り暦が長い方は皆さん知っていたのですが、私ははじめて。 師匠も「最近の子はそういうことも教えてあげないといけないのね、、。」と。 名取になる前でしたので、、、お許しください、、。 まだまだ知らないことも沢山なんでしょう、、。 お恥ずかしながら日々がお勉強ですね。
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