「サァ、サァ、これは色をあきのう(商う)文売りでござんす、、、」 私の好きな踊りの一つです。 来年の5月の会で、「文売り」を踊られる方が、 今日、私のお稽古の前に、お稽古をされていました。 お稽古眺めつつ、、 三味線を聴いていると、、、 「ん、、??なんだか新内に出てくる三味線に似ている、、。」 ふっと気が付き、聞いていると、、 『語り物』}のような雰囲気、、。 「常磐津」、、?? そんな風に思っていたのですが、、、 『清元』でした。 語り物→浄瑠璃→一中節→豊後節、、、 新内も、常磐津も、豊後節から別れています。それで、「常磐津」、、??と思ったのですが、 清元も、豊後節から別れた物でした。 以前、「新内の話」の中で紹介していたのですが、 上の様な図なんです。 豊後節から、新内・常磐津・富本節となり、 富本節から、「清元節」が出た。となっています。 義太夫は、新内から見て大叔父と考えると 常磐津は兄妹、清元は、甥っ子、姪っ子、、、という感じでしょうか(^^) |
日本舞踊の話
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日本舞踊、、道は長いけれどとても深い魅力的なもの、、。
お勉強も兼ねて、舞踊の事をつらつらと、、、、。
お勉強も兼ねて、舞踊の事をつらつらと、、、、。
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先日、「前進座」にて、『文楽』を鑑賞してきました。 恥ずかしながら、、、 文楽は初めて。 「車人形」などはありましたが、 生での文楽は初めてでした。 だしものは以下の物でした。 菅原伝授手習鑑 寺入りの段 寺子屋の段 釣 女開演に先だっての解説。 これがわかりやすく、楽しい物になっていました。 今回気が付いたことが、、。 人形遣いさんがする人形の動き。 それは、日本舞踊の体の使い方に似ている、、。という事です。 胸を使い、首を使い、手を使い、、 胸の動き、首の動きなどで感情を大きくあらわす踊りと共通します。 無表情で、怖い感のアル「人形たち」 でも、人形遣いさんたちが手を触れる事で 「ぱっと」呼吸をしだします。 なんとも不思議ですが、 表情の無い、無機質なモノたちが、 人が演じるよりも感情豊かに、人間味溢れた仕草をしたり、、。 三味線・唄・人形 この三者が本当に上手く絡み合い、、。 絶妙な物が生まれます。 なんとバランスが取れているのでしょう、、。 そして驚いたのが ●人形の三人遣いになったのは以外と遅い享保19年(1734年9)あたり。 ●文楽=近松 のイメージですが、 以外にも原作どうり演じられている物は少なく、 人形が三人遣いになったのも近松以降の話であること。 発見だらけの初体験でありました。 以前ブログで紹介した「差金」も生で見てきました(笑) 人形の体に使われている物、、 なじみの深い「三味線の糸」や、「鯨の歯」などなど、、。 これは、NHKか何かで聞いた気がするのですが、
昔は一役に一体の人形。と決まっていたようですが、 現在では、別のお話に同じ人形も使う事があるそうです。まだまだ覗いただけの文楽ですが、 踊りに共通することもあり、 これからはまってしまいそうですね。 |
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今日、銀座まで行って来ましたので、 ついつい、 「奥村書店」へ足を運んでしまいました。 「端唄・俗曲集」 あればいいな、、、、 と、いったみたのですが、見つけてしまいました、、 「道成寺の稽古本」 名披露目に踊る事もあったので、 自分なりにさらってみようと思い購入、、。 聞きなれてはいるものの、 弾いてみた事がなかったので、 「踊りにプラスになるだろう、、」 と買ってしまいました。 ひらいてみると、 こんな具合、、、。 今回私が踊らない節もありますが、 とりあえずは、 お稽古で聞きなれているところを、、。 今までも、お遊びで「耳」で遊んではいましたが、 こうして譜面が来るとなんだかとっても嬉しくなってしまいました。 将来は三味線片手に教えられる「師匠」になるべく(笑) 少しづつこれからやってみようかと思います。 長唄も習いたいのですが、 そうもいかないお稽古の量もあり、、 自己流ですが、テープも聞きながらやってみようと思います。 なんだかわくわくです。
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今、「Gyao」にて、 「海老蔵さんのロンドン公演」の様子が無料で、みる事が出来ます。 東京では、中々みられない『海老蔵さんの女形』を見ることができます。 「藤娘」 なんだか、あの目がぎょろっとした 「立役」のイメージばかりだったので、なんだか不思議な感じでした。 振りも、綺麗に見せるにはいい感じになっていました。 向こうの方に見せるには、 大道具も華やかだし、小道具の「藤」も、かさもいい感じでした。 手ぬぐいはなく、かさです。 藤音頭も。 二つ目は「かさね」 かさね役 → 亀治郎さん。 与右衛門 → 海老蔵さん。 やはり、海老蔵さんの立役はかっこいい!! 役者顔ですね。 襲名披露を何作か見ましたが、 あの頃よりも、ずっとずっと成長した姿が これからに、とても期待させました。 なんといっても良かったのは、 「亀治郎さんのかさね」 父親の「助」のりうっつってからがなんとも 「怖い事、、、怖い事、、!!」 愛した与右衛門の子を身ごもり、与右衛門を追ってきたかさね。 一緒に行こうと思っていると、、 髑髏と鎌が流れ着きます。 その髑髏の正体は、、、 与右衛門が「かさね」の母「お菊」と密通していた時に 与右衛門が手にかけた「かさね」の父「助」の物であった、、、。 助の亡霊に取り付かれた「かさね」 父が殺された時の様に、左目が焼け爛れ、 そして、左足が不自由になってしまった。 でも、気が付かない「かさね」、、、 最後には与右衛門に斬られ、 醜い顔を鏡で見せられ、、 因果を聞かされます、、、。 最後、命からがら逃げたと思ったら、、、 「引き戻し」され、、、 そんな因果な話なのですが、 亀治郎さんが、なんともよかった!! 「にた」っと笑ったり、、 とにかく怖い事、、、。 これから、期待できる、名コンビの熱演でした。 Gyaoは、登録だけで無料で見られますのでぜひ!
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前回「江戸紫に京鹿の子」の中で書いた、 「助六の鉢巻」 の話。 図解 「日本の古典 20 歌舞伎十八番」 集英社 のなかに、少し記述がありましたので、紹介しておきます。 助六の象徴、紫の鉢巻の色は「江戸紫」で、 瑠璃色に傾いた紫色だ。 これは、右結びにして先をねじり、ダラリと垂らすが、 「伊達鉢巻」と「喧嘩鉢巻」のミックスされたもので、 初演は「柑子色」、二度目が「黒」、三度目から「紫」 になった。 この紫色の感覚は、 昔、若衆かぶきの美少年が紫の「きれ」を鉢巻にして総踊りをした名残と、 「男伊達」連中がしていた紫の喧嘩、ないしは「伊達鉢巻」のイメージを 合一させたものと見ていい。 これを読む限り、 病気とは全く関係の無いものであったようです。 その昔美少年「曽我の五郎」であり、 また、助六に成長した時代にも 「色男」「喧嘩っぱやい」 そんな憧れの意味もこめられて、この鉢巻が登場したのではないでしょうか。 また、昔の芝居は、 役者衆が得意モノを打つ時は、 それぞれのお得意先から色々と芝居に必要な物を頂いていたという話があります。 「成田屋」さんには、うちからこれを、、、 「中村屋」さんには、うちからこれを、、、 というように、芝居の小道具も渡されていたようです。 ごひいき筋がそれぞれいたんですね。 だから、助六の鉢巻も、それぞれ落ち着くまでに色があったようです。 吉原は、役者衆にとって
ごひいきさんたちがいる、大切な場所でもあったようです。 |






