藤間瑠依の和に魅せられて

三味線、日本舞踊、五行歌、着物、小説などなど和事のお話 更新中々進みませんが、お許しください。

日本舞踊の話

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日本舞踊、、道は長いけれどとても深い魅力的なもの、、。
お勉強も兼ねて、舞踊の事をつらつらと、、、、。
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娘道成寺

今回は「道成寺」のお話。

実は、稽古中
「なんで、恨みなんでしょうか、、?」
「なんで、恨みのわりに、中は賑やかだし、いろんな女性がでませんか?」
「花子さんは何者なんでしょうか、、?」

お師さんは能の「紀州道成寺」が元になっていると、大師匠から聞いていたようです。
お師さんとああだ、こうだと話しているうちに、
お互いに、「よく調べてみよう」と、いうことに。

以下、「舞踊手帳  古井戸秀夫 著」から抜粋

  道成寺の説話は、もと女の執念の深さ、恋の執心の恐ろしさを語る、
  仏教説話として流布した。

  『大日本法華経験記』では、
  紀伊国牟ろ郡の寡婦が熊野詣の若僧に懸想し、その執念が五尋の大毒蛇と化して、
  鐘もろとも若僧を焼き殺すが、
  法力によって解脱するという物語になっていた。

  『能』の道成寺では、
  主人公の女が、寡婦からまなごの荘司の娘へと変ったが、
同じく蛇体となって、
  道成寺の撞鐘に隠れていた熊野詣の山伏を焼き殺す。
  その娘の執心が、白拍子に憑りつき、
  再興された撞鐘供養の場に現れ、
  乱拍子を舞ううちに愛着が募り、恨みの鐘の内に飛び入って鬼女と化すが、
  住僧の祈りによって退散させられる。
  
  『琉球舞踊』では、
  「執心鐘入り」と、執心がタイトルに謳われている。
  
  『人形浄瑠璃』においても、
  「道成寺現在蛇鱗(うろこ)」「日高川入相花王(いりあいざくら)」
と、ともにまなごの庄司の、娘清姫の、安珍に対する恋の執着
がテーマとして描かれている。

「娘道成寺」では、

「女の恋の執心というテーマが根本にありながら、踊りのテーマとしては、
 別の方向に発展している」
    
女の恋が執心として凝り固まる前の、まだ芽生えはじめたばかりの恋の喜びと
不安が描かれている。  「娘道成寺」の『娘』とは、
 そんな娘の初恋の持つ初々しさ、もぞもぞとするような不安定な気分が象徴されている。

= 「能」の「道成寺」の乱拍子のように、凝り固まった女の執心による、
 せっぱつまった緊張感など無い。 =

鐘入りに向かって一途に突き進んでいく執着心も無い


 この娘の踊りは、あくまでも軽く、
 笑い転げる娘のように軽やかに、
 一つの踊りから次の踊りへと、着物を着替えながら、
 艶やかな振袖を翻して踊られていくのである。


白拍子の名前

「娘道成寺」の主人公の名前は
お光、お清、お露と変わり、
また、あるときは、白拍子九重(このえ)、連理、采女、桜木
と、自由自在に変化した。
そして現在では、「白拍子 花子」
実は「清姫の亡霊」という形に落ち着く事になった。

しかし、清姫の嫉妬の執着が描かれているわけでもない。
白拍子花子という女の人生が踊られているわけでもない。
そのような、一人一人の女の、一つ一つの恋に集約されるような、
女の恋の執心が描かれているのではないのである。

『いく人もの娘が体験してきたであろう、いろいろな姿の娘の恋、
 それを千々に乱れる娘心に託して描こうとしたのである。

 『白拍子』という女芸人は、そのような色々な姿の娘を踊り分けるための
 格好の設定であった。

「白拍子」といっても、それは静御前やぎ王・ぎ女といった源平時代の古い白拍子ではない。
京の町に新しく生まれた舞妓という名の当世風の白拍子だった。

このような現代的な白拍子ともいうべき舞子たちは、
一見して玄人とわかるような格好はせず、
うぶな素人風の装いをもってその魅力とした。

                        「舞踊手帖 古井戸秀夫著 参考」

上記のほかに、初演の話の内容が解説されていますが、
今回は、おおまかなものを紹介しました。

「花子」さんの人生、恋ではなかったのですね。
恨みといいつつ、可愛らしい振りが続くのも、
娘たちの恋する心、色々な娘の恋心。
で、納得できました。









 

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「なんちゃって振袖」

でございます(^−^)

「なんじゃこりゃ!!」  なんて言わないでくださいね!!

れっきとした「お稽古着」であります!!

 日舞のお稽古は、一年中もちろん浴衣です。
 奥様方や、おばあちゃまは、袷を着る方もありますが、
 大抵一年中年中浴衣です。

 でないと、汗ですごい事になってしまいます。
 
 写真の浴衣が、「なんちゃって振袖」です。

浴衣では、袖が長いものの踊りの稽古には限界があります。

会が近くなるにつれ、裾をひいて、振袖でお稽古しますが、
踊りがおおまかにかたまるまでは、大抵これでお稽古です。

これだと、袖の扱い方も、流れもよくわかるし、
以外と「袖を持つ手」が汚かったりするのがよくわかるんです。

 作り方はいたって簡単。
手ぬぐい、さらしなどを両袖に縫い付けるだけ。

安全ピンなどだと、そのまま洗濯機に放り込めないので、
ネットで入れて洗っても大丈夫なように縫い付けるだけです。

「もっとお洒落したいのなら」
 さらしではなく同じ柄の手ぬぐいを縫いつけたり、
 浴衣と色を合わせた布を縫い付けるのもちょっとの工夫でも随分綺麗に見えますよ。


 写真の手ぬぐいは「藤娘」の柄です。
 頂き物です。
 「藤娘」を稽古していたときに、お弟子さんがくださいました。

私は、大まかに縫って、しかも、今は、片袖はさらし、、、。
「瑠依らしくておかしいねぇ」 と師匠に笑われました、、。
ぎっちょ袖、、。確かに、、、。
すかさず、
「じゃあお洒落してみようかなぁ」  というと、、

「頓着ないのがルイらしくていいんだよ。」

って微笑みながら言われてしまいました、、。
見かねたお弟子さんが綺麗な桜の手ぬぐいをくださったので、
さっそく作業しなくては、、。

確かに私はおおざっぱ。
「洗えて、外れず、お稽古が出来ればいい
なんて感じでしたので、気にしたいと思います。

私の稽古場以外で、日舞をしている方たち、
このなんちゃって振袖をお使いなんでしょうか?

もしいらしたら、嬉しいな。

見た目不思議な感じですが(私の見本がよくないのもあります、、。)
綺麗に拵える方は、本当に綺麗に拵えるんですよ。

やっぱり、性格でますね。

使った事のない方は、ぜひぜひお試しあれ!!

越後獅子と水仙

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好いた水仙  好かれた柳の ホイノ
心石竹気はや 紅葉さ やっとかけの ホイ まつかとな

越後獅子の「浜歌」の一説。

ここでは活けた水仙を
「綺麗だなぁ、、」と眺める振りがあります。

越後獅子は子供。
親方さんに言われ、毎日稼ぎに出るのです。

踊り自体も楽しいもの。

かっこ(太鼓、ばち共)に、一本歯下駄、晒し、綾竹(あやたけ)、
と道具も様々出てきます。

随分前に活けてもらった「水仙」がまだ元気に咲いています。

そんな水仙を見て、この踊りを思い出しました。

子供になって踊るって、意外と難しい、、。
でも、楽しく踊っているうちに
いつの間にか童心に帰ってる。

不思議なものですね。

太夫 花魁 傾城

この間の傾城の宿題。

「総称」というのはどうやら本当のようです。

解りやすく「会社」にたとえてお話してみたいと思います。

会社=遊郭とします。

社員=傾城
会社には社長をはじめ、多くの人が勤めています。
つまり、遊郭にいた遊女たちを社員と考えます。
そこでは、太夫も花魁も社員、つまり傾城と呼ばれていたようです。

花魁=いわゆる役付き
元々は、禿(かむろ)や、いわゆる「やり手婆}が
「おいらの、姉さん」
と、呼んでいたことが語源だとか。
「おいらのねえさん」→「おいらの、、」→「おいらん」

その昔、花魁というランクは無く、
後にランクのような扱いになったようです。

でも、禿に、「おいらの、、」と呼ばれるという事は、
何人かの遊女に付いていた禿ではなく、彼女一人に付いた禿が居たのかもしれません。
つまり、自分だけの禿がいた遊女は花魁とよばれた?のかもしれません。

太夫=社長、取締役
太夫は、会社の中で言えば一番トップの人。秘書や運転手は必ずいますよね。
遊郭ではもちろん部屋持ちであるし、禿も彼女の専属がいたわけです。

日舞の衣装では
太夫、花魁、傾城という順番で衣装が段々軽くなります。

なので、、お茶引き姉さんも、みずてん芸者も、部屋持ち花魁、そうでない花魁も、太夫も(部屋持ち)、ひっくるめて総称は傾城。
その中に、太夫や、部屋持ちの花魁がいたわけです。

私と、師匠が調べた結果なので、
必ずしもそうであるとは断定できかねるのですが、
私も師匠も手に取った資料は別々です。

花魁が「おいらのねえさん」がなまって出来たように、
時代の流れで言葉も変わって来ていると思います。
太夫も今では邦楽の唄い手さんの事も言いますしね。

皆様の参考に少しでもなればと思います。
また、調べたりご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひご意見いただけたらと思います。

傾城の話

ある時代小説好きからこんな質問を受けました。
「傾城とは遊女の総称? 傾城という言葉は中国から来たらしいが本当?」
「傾城遊びをしたとか言ったらしいんだけど、総称かね?」

あれあれ、私もこの質問にははっきりとは答えられませんでした。

一般に「傾城」は『城を傾けるようなことになっても惜しくないほどの美女』と言われます。

私が手元にある資料で調べた限りでは、
『江戸時代では、最高位の遊女である、太夫、花魁のことをいった』
と、ありました。

踊りでは、「傾城」「花魁」「芸者」、、役によって歩き方などが変わってきます。

師匠に聞いてみると
「そこまで考えたことは無かったねぇ。太夫は一番上、花魁、、。
 でも、傾城は、花魁ほどの歩き方ではないし(着ている物などが重いとそれなりに歩き方が変わります )芸者はもっと軽いしねえ。  吉原遊びとは言うけど、傾城遊びってのは初めて聞いたよ、、」

私は、
「城を傾けるような美女、お金がいくらあっても足りない程の美女、はそういるはずはないし
 傾城は太夫、花魁の総称なのか、、」

はっきりしたことが正直わかりません。
今までは、「太夫、花魁などと並んで格付けのランク」だとばかり思っていました。
しかも、中国から来た言葉とは、、。

師匠も、私も宿題となりましたので、新しい事がわかりましたら、また載せたいと思います。

興味あったり、はっきりしなくて気持ちの悪い方も、ぜひ何かご存知でしたら教えてください!

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