趣味の玉手箱パート2

1年前の旅行記事を書き始めました。

全体表示

[ リスト ]

イングランド「ケルト」紀行
アルビオンを歩く
武部好伸著
彩流社
2006年10月31日発行
 
副題のアルビオンとは古代ローマ人がイギリス本島につけた名であるが、のちにイングランドの古名となった。イギリスの正式名称は「グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国」というが、イングランドはそのうちの一つである。イギリス最大の都市ロンドンを抱えている。本書は「ケルト」をフィルターで眺めた書である。
 
イングランドはゲルマン系アングロサクソン人の地であるが、先住はケルト系ブリトン人で、イングランドにはブリトン人の足跡が 残っている。
 
 島のケルト:中央ヨーロッパで鉄器文化を興したケルト人の一部が、紀元前6世紀以降、大陸からイギリス本島やアイルランド島へ移住し、独自な「ケルト」の文化や風習を生み出したと言われてきたのが「島のケルト」と呼ばれ「大陸のケルト」と区別されてきた。それが最近になって、一部の考古学者から、大陸から住人や物質的文化が島に渡った形跡がないという説が出された。それを決定的に裏付けたのがDNAのデータである。すなわち大陸からはケルト人は移住してこなかったのだ。しかし「島のケルト」はゲール語やスコットランド・ゲール語といったケルト語が島(イギリス本島とアイルランド島)で今なお使われていることを考えれば「島のケルト」は厳然と存在するというのが武部氏の主張である。「大陸のケルト」と「島のケルト」ではともに限りなく抽象的なデザインと様式で似通っておりまた広くドゥルイド教が浸透していることを考慮するとケルトはひとくくりにまとめられるという。
 
ハドリアヌスの城壁:本書では古代ローマ帝国の歴史に関して多くのページを割いている。ハドリアヌスの城壁は第14代皇帝のハドリアヌス帝(在位117−138年)によって建造された。イングランドとスコットランドの国境近辺に117キロにわたり花崗岩の城壁を巡らし北方からの蛮族の侵入を阻むのを目的に建築が行われた。建築工事にはローマ兵自らが行い、その兵士の数は15000人を数えたという。私もハドリアヌスの城壁を訪れたことがある。イメージしていたのは高く聳える城壁だったが、見たのは背の高さもない城壁でガッカリしたのを思い出した。ただ周囲の景色は羊や牛がのんびりと草をついばむ美しい牧草地であった。
 
ボーダーの町、カーライル はイングランドに属するが僅か12キロ北に行けばスコットランド。10世紀末から1603年までイングランドとスコットランドの間で国境をめぐり果てしなく攻防がくり返された。とりわけスコットランド独立戦争(1296〜1357年)の時代には熾烈を極め、スコットランド軍が9回もカーライルを攻撃した(うち占領したのは一度)1603年とはエリザベス1世の死後スコットランド国王のジェームズ6世がイングランド王を兼ね、両国が同じ元首を抱くようになったためである。一応これで争いも収まったかのように見えたが、その後1644−45年のピューリタン革命の勃発で王統派についたカーライルは清教徒のスコットランド軍に包囲され町が破壊された。さらに100年後の1745年にはスコットランドで蜂起したチャールズ・エドワード・スチュアートの軍勢がカーライルに攻めこんできた(ジャコバイトの乱)。このように国境近辺はいわば常時紛争地とあって治安は乱れに乱れ無法地帯と化していた。カーライルにはアームストロング家、グラハム家、エリオット家など悪名高い「リーヴァーReiver(泥棒・略奪者の古い英語)」と称する一家が現れた。リーヴァーにはイングランド人にスコットランド人がいたが双方とも家畜泥棒、放火、強盗、殺人、誘拐など狼藉の限りをつくした。両国政府とも彼らの非道な行いを黙認し何の手段も講じなかったため住人は自衛のため武装し見張り台や小さな砦などをあちこちに建てた。
 
マン島はアイリッシュ海の真ん中に浮かび、北にスコットランド、西にアイルランド、南にウエールズ、東にイングランドがほぼ等距離にある。マン島はイングランドに属さず自治王室保護領という位置づけである。イギリス色が濃厚でありながらそれでいて限りなく独立国家に近いのがマン島だ。イングランド北西部のヘイシャムからフェリーで行ける(3時間半)。首都ダグラスにはヴィクトリア朝の建造物が建ち並び古色蒼然としているがここはリゾート地で華やいだ雰囲気という。標高621mのスネフェル山の山頂からはスコットランド、アイルランド、ウエールズ、イングランドが一望できるようだが、武部氏がいざ出発しようとしたところ霧が発生し何も見えなくなってしまった。マン島は霧が深い場所らしい。マン島はローマの支配を受けなかったので長らく伝統的な「ケルト」の社会が保たれた。800年になってスカンディナヴィアからヴァイキングが襲来し、新たに北欧の息吹が吹き込まれた。1825年に現在の自治王室保護領となった。マン島に於いてキリスト教の中心地がモゴールドであった。ここにマンクス・クロスと呼ばれるケルト十字架がある。マン島にはケルト語の一種であるマン島語がある。
 
女傑、ボウディッカの反乱:ロンドンのウィンチェスター橋のたもとにボウディッカ母子の像がある。紀元43年イケニ族の領土がローマに征服された。イケニ族の王プラスタグスに嫁いだボウディッカは二人の娘を設けた。夫の死後、夫の財産はすべてローマの属州ブリタニアの主席財務官にとられてしまった。しかもイケニの国はもはや独立国ではなくその領土がローマに併合されることになった。プラスタグスの親族は奴隷にされ、王の財産と土地が戦利品としてローマに渡った。そんな悲惨な状況を見かね、彼女は主席財務官の部下や兵士に「やめてほしい」と食い下がった。それに対し兵士たちは彼女を鞭打ちにし、さらに二人の娘を陵辱する行為に及んだ。
ボウディッカの怒りは爆発し、ロ−マに対する報復を決意した。次々に彼女に従おうとする者が現れ、近くの部族にも呼びかけ軍を整え、主席財務官が駐在するロンディニウム(現在のロンドン)を襲い、破壊の限りをつくした。ブリトン人であってもローマに協力しているものを容赦せず、多くの市民も殺された。ローマの属州ブリタニアに於いて極めて重要なロンディニウム、カムロドゥヌム、ウェルラミウムの三都市がボウディッカの軍勢の手に落ちた。ここに至り、ローマ帝国の威信にかかる事態と皇帝ネロはローマの正規軍にボウディッカ軍の壊滅を言明した。こうなるとボウディッカ軍はローマの敵ではなかった。戦場にはブリトン軍の屍が累々と重なっていった。女傑ボウディッカは二人の娘に毒を飲ませ自らも自死した。反乱は完全に鎮圧された。ケルトの女性は何よりも名誉を重んじる。その名誉をけがされたボウディッカの怒りは信じがたいほど大きかった。一般市民をも多く殺害したことは行き過ぎであったが、当時世界に名だたるローマを敵に回して一時はローマを圧倒した彼女の戦績がロンドンに住む人たちに強い印象を与えたのだろう。
 
大英博物館の50室は「鉄器時代とケルトのヨーロッパ」という展示室。
ツノつきの兜とパターシーの盾。ローマ支配期の展示が充実しているロンドン博物館にはツノつきの兜とパターシーの盾のレプリカがある。
 
イギリスでストーンヘンジに次ぐ神秘的な古代の造形物といわれる
「アフィントンの白馬」の最寄り駅はロンドンから列車で西に約100kmの町
スウィンドン(列車で約1時間)にある。全長が112メートルもある。
イングランドの南部には白亜(チョーク)層が広く堆積しており、地表を掘れば真っ白な土が露出する。この一帯には巨大な白馬がいくつも描かれていてホワイト・ホース・カントリーと呼ばれている。殆どが18世紀後半からのもので、第二次大戦中はドイツ軍の爆撃の標的になるとの理由からすべての白馬に覆いがかけられたそうだ。馬ではなくてドラゴンという説もある。
 
私がイギリスに行きながらまだ足を運んでいないのがソールズベリーにあるストーンヘンジ。ロンドンから日帰りでストーンヘンジを見てきた妻は観光客が多くてあまり良い印象を持たなかったようだ。武部氏はこのストーンヘンジを飽きがこなくて質量感に圧倒されたという。一番重い石の重量は
45トンもある。ソールズベリー大聖堂のすぐそばにある”ソールズベリー&南ウィルトシャー博物館”のストーンヘンジギャラリーにストーンヘンジがいつどのようにして建造されたのかがわかりやすく展示解説されている。
 
サーンアバスの巨人は丘の斜面に描かれたコミカルな巨人。ドーチェスターから北へ11km(バスで23分)のサーン・アバス島にある。アフィントンの白馬と同様、白亜による造形物。
 
メイドゥン・カースルは敷地が20ヘクタールもあるヨーロッパで一番大きな鉄器時代の遺跡でドーチェスターにある。ドーチェスターの州立博物館で詳しく解説されている。
 
グラストンベリーはキリスト教が広まる前、ブリトン人の宗教ドゥルイド教の聖地だったとみられる。アーサー王伝説に魅了された人たちにとっては欠かすことのできない地である。大修道院跡地にはアーサー王と王妃グィネヴィアの墓がある。
 
コーンウォールにはアーサー王の生誕地ティンタジェル城やアーサー王最期の地スローター・ブリッジ、セント・マイケルズ・マウントがある。セント・マイケルズ・マウントはフランスの世界遺産モンサンミシェルを一回りも二回りも小さくした巡礼地である。
 
本著も観光案内書としても通用する。私は何度かイギリスを訪れているが、まだまだ知らない場所がたくさんある。次ぎにイギリスに行ける機会があるかはわからないが、行ってみたい場所がたくさん。時間がいくらあっても足りない。
 
理由がわかりませんが、画像が表示されません。
画像制限容量以内なのに おかしいな?
見苦しいのでNo Imageを削除しました。

開く トラックバック(3)


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事