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2008.09.14 登城
国宝犬山城天守閣。
【天守閣の規模と構造】
構造形式・・・独立天守閣
外観・・・三重、内部四階地下二階付
天守の建て坪・・・360.353平方メートル
総延面積・・・698.775平方メートル
石垣の高さ・・・地上5メートル
天守の高さ・・・石垣から19メートル
地上からの高さ・・・24メートル
(現地案内板より。)
天守からの眺望。
【犬山城の歴史】
犬山城は天文6年(1537)に織田信長の叔父にあたる織田与次郎信康によって造られました。
戦国時代なので、その後何代も城主が代わりましたが、慶長5年(1600)の関ヶ原合戦の頃を中心に、城郭は整備されていきました。
天正11年(1584)小牧長久手合戦の際には、豊臣秀吉は大阪から12万余の大軍を率いてこの城に入り、小牧山に陣をしいた徳川家康と戦いました。
江戸時代になり、尾張藩の付家老、成瀬隼人正正成が元和4年(1618)城主となってからは、成瀬家が代々うけついで明治にいたりました。
明治4年(1871)9代目成瀬正肥のとき廃藩置県で廃城となり、櫓や城門など天守閣を除く建物はほとんど取り壊されてしまいました。
明治24年(1891)の濃尾震災で天守閣の東南角の付櫓など、ひどく壊れましたので、それを修理する条件で再び成瀬家所有の城となりました。
その後、伊勢湾台風などでも被害をうけましたが、昭和36年(1961)〜40年(1965)まで4年間をかけて解体修理をおこないました。
望楼型の独立天守で、高さは24メートルです。
国宝に指定されている犬山城、松本城、彦根城、姫路城の4城のなかでも、最も古い城であります。
平成16年4月、財団法人犬山城白帝文庫が設立され、城の所有は個人から財団法人になりました。
(現地案内板より。)
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愛知県の城
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