|
諸般の事情で、書くの遅れたが、復活祭前に親権裁判が結審した。
3つの裁判全てに判決が下されるという当初の話から、いや、判事不足で裁判長が多忙だから復活祭期間の臨時申請のみだという話へと変わり、最終的に、臨時申請と親権について判決が下された。
判決の内容は、こうだ。
・親権は共同とし、子供は母親のもとで暮らすこと。
・クリスマスもしくは元日、復活祭、子供の誕生日は、毎年交代で父親と母親の家で過ごすこと。 ・月に1回、金曜日の夕方から日曜日の夕方まで、父親の家で過ごすこと。 ・夏季は、8月13〜15日を除く2週間、父親の家で過ごすこと。ただし、この2週間は連続しないこと。 ・月に1回、父親が希望すれば、週末にパレルモで面会すること。 女性連合やダニエラは、親権を奪われなかったという点で、大勝利だと絶賛している。
しかし、麻薬もアルコールもやらず、子供を虐待することもなく、非合法とはいえ働いて収入を得ている母親から親権を取り上げることは、法律上不可能だ。第一、単独親権を求めていた父親自身が失業者で、養育費の支払いがほとんど皆無なのだから、共同親権という判決が出るのは明らかだ。
むしろ、L家の本当の狙いである、子供のメリッリ滞在が公式に認められたわけで、実質的にはL家側の勝利だ。
養育費不払いの問題については、触れられていない。3年前、経済困難を理由に元夫が申請した減額申請とともに、別居についての裁判で判決が下されるのだろう。
“公式失業中”であれば、減額が認められる可能性が高い。しかし、実家がシチリアにあって家賃や光熱費を払わなくて済むという環境ではない私としては、養育費なしでは民事法が定める“母親の義務”も“父親の権利の保証”もできない。
祖母(元夫の母親)に対する養育費請求については、これまで何度も弁護士に相談してきた。親権についての裁判が終わり一区切りついたことで、これが可能かどうか、と。
どうやら、弁護士は、別居についての裁判にこれを加える考えのようだ。父親の養育費支払いを減額するもしくは免除する代わりに、年金という確実な収入がある祖母にこの義務を負わせる、ということか。
別居裁判の審問は、6月下旬だ。時期的に、判決がいつ出るか微妙だが。
ところで、復活祭前に親権についての判決が出たため、復活祭のメリッリ滞在は、初の公式(臨時許可でないという意味)滞在となった。
判事の定めどおりであれば、復活祭とその翌日の1泊2日の滞在であるが、結果は3泊4日になった。
というのも、ガソリン高でL家親族がクルマを出すのを嫌がり(もちろん、ガソリンが高いからではなく、忙しくて都合のつく人がいないからと彼らは主張していたが。)、父親がプルマンで子供を送り迎えすることになったからだ。シラクーサ・パレルモ間はともかく、メリッリ・シラクーサ間のプルマンは日曜祝日が運休であるため、前後の1日を加えて3泊4日となったのだ。その代わり、夏休み期間のメリッリ滞在から2日間を差し引くということだ。
私は、プルマンでの送迎には反対だった。何時間もかかるバスでの移動は、3歳の子供には負担が大きすぎる。シラクーサの心理学士のもとへ行っていただろうとL家は言うが、翌日に疲れが残って子供が朝起きたがらず、仕事に遅刻するなど、大変だったのだ。これが月1回とはいえ定期的となれば、ただでさえ公私の不満が蓄積しているマリーリアの機嫌を損ねて最悪の事態になりかねない。できれば避けたいのだ。
本当に孫や甥っ子が可愛くてメリッリに連れて来て一緒に過ごしたいのなら、親族皆でガソリン代を折半してでもクルマを出すと思うのだが。エゴイストなところがイタリア的か。
こうして、復活祭はプルマンでの往復となったのだが、私が中央駅まで子供を送り迎えすることになった。パレルモの人間でないから、駅から家までの道が良く分からないというのが元夫の言い分だ。何もつい最近パレルモに足を踏み入れたわけでもあるまいに、と情けない。しかし、交際していた頃、フィレンツェのドゥオーモ前で待ち合わせたところ、ドゥオーモの後ろで待っていたような人だ、付ける薬はなさそうだ。
かくして、荷物を最小限にとどめ、ベビーカーに乗せて子供を駅まで送って行ったのだが、帰りは山ほどの荷物(従兄弟の服のお下がりや、あちらで食べたお菓子の残りなど)を引き渡され、バスに乗せて持ち帰るのに非常に苦労した。バスの乗客たちは、大荷物を抱えて乗り込んできた私達を好奇の目で見ていたものだ。かさ張る物や重い物は郵送にするか、クルマで送るかしてほしいと強く言わなければ。
これが毎月となると気が重い。ガソリン代が高いのは分かるが、子供をメリッリに連れて行きたいのなら、せめて帰り道くらいはクルマで送るべきだ。子供の負担も軽減されるだろうから、マリーリアの機嫌を損ねることもないだろう。
蛇足だが、今回は(も)養育費は入ってこなかった。クリスマスに100ユーロ、1月、シラクーサの女性心理学士のもとへ行ったときに20ユーロ(プルマン代か)渡されたきり、1セントも。
今は、女性連合の施設に入っていたときに蓄えた貯金があり、それを取り崩してやりくりしているが、このままではいずれ立ち行かなくなるだろう。元義母からの養育費、もしくは元夫の同意署名、L家はどちらかを選択すべきだと私は考える。しかし、イタリア的エゴイストのL家のこと、そう簡単には首を縦に振らないのは明らかだ。道は長い。
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
(ランキング参加中。いつもありがとうございます。下のリンクをクリックしてください!) https://overseas.blogmura.com/italy/ |
裁判の話
[ リスト | 詳細 ]
|
先週、シラクーサの裁判所で審問があった。パッパラルド弁護士の話では、イースター期間の子供のメリッリ滞在(臨時申請)と、元夫による単独親権請求及び法定別居に関する確定裁定が出る予定だった。
しかし、審問の翌日、連絡の取れた弁護士にきいてみると、今回はイースター期間のメリッリ滞在のみだという。何でも、財政難による裁判官不足で裁判官一人当たりの受け持ち件数が増え、全部を審査する時間がないらしい。そこで、“緊急”案件のみとり合えず処理するということだ。
イースター期間については、昨年もオーケーになっている。よって、今年もそうなるだろう。ただし、7〜9日までの3日間になる可能性が高い。シラクーサの女性心理学士が、「母親は日本人であり、仏教と神道を信仰している。」とレポートに記載したため、母親にとってイースターは祝う必要がない行事と判事によって判断されることが考えられるからだ。
心配なのは、L家の人々が、この3日間にこてこてのシチリア料理を子供に食べさせることが大いに考えられることだ。
イタリア在住者なら容易に理解できるだろうが、クリスマスとイースターの期間、イタリア人は古代ローマ人のごとく、ご馳走をたらふく食べる。当然ながら、伝統的な料理は重く、大人でも胃もたれがする。これらの期間の雑誌などには、この期間をどのように過ごすと寝込まずに済むかとか、終了後のダイエットはどうしたらよいかとか、そのような特集が組まれることが多い。
よって、普段でも肉体労働者向けの重い料理を食べているL家のこと、どんなものが食卓に上るか、想像するのは難くない。これらのものを子供が口にしたら、たちまち体調を崩すだろう。
実際、こんなことがあった。子供のクリスマス滞在中に電話を入れたところ、朝起きた子供は、うんちがしたいと言ってトイレに行き、便座に座ってうんちをしたと元夫が言った。ユウキは、ひどい便秘症で、1週間に1回程度しかうんちが出ない。しかも、便が固くなっているため、うんちをするのを嫌がり、便意を感じてもトイレに行きたがらない。ましてや、泣かずにうんちをすることなどまず考えられない。あちらに着いた途端に重い料理を食べさせられておなかを壊したと見て間違いないだろう。
決定的なのは、スーパーの広告を一緒に見ていたとき、「マンマ、これ美味しいよ〜。」とサルシッチャを指差したことだ。どこで食べたのかときくと、祖母の家だと答えた。あれほど口をすっぱくして重いものを食べさせるなと言ったにも拘らず、だ。他にも胃もたれがするようなものを食べさせられた可能性がある。しかし、所詮はシチリア田舎人、人が見ていなければやりたい放題。到底信用などできないのだ。
というわけで、気が重い。イースター前にシチリア東海岸に大地震が発生して、メリッリが村ごと潰れてくれないものかと不謹慎なことを思ってしまう私だ。
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ (ランキング参加中。いつもありがとうございます。下のリンクをクリックしてください!) https://overseas.blogmura.com/italy/ |
|
先日、某県職員時代に一緒に仕事をした人からメールをもらった。その中で彼は、まだ余震が来るので帰国は待ったほうが良いというようなことを言っていた。これに対し、子供の親権問題があるため、帰国はいつできるか分からないと返信すると、彼は驚いていたようだ。
そう、最早、泥沼化している我々の法定別居及び親権に関わる裁判は、この6月で3年になる。ただでさえ仕事の遅いイタリア、そして財政難による判事不足で、裁判は遅々として進まない。そして、その亀のごとき歩みの審査では、イタリア人有利にことが進む。ここは“人間の国”イタリアなのだから、当然なのだが。
さて、判事が任命した女性心理学士との面談は、1月下旬に終了した。
最終面談の日、彼女はこう言った。
L氏は、仕事が見つからないというストレスで大変苦しんでいるため、早く仕事を見つけるよう急かしたり、養育費を請求してはいけない。また、祖母(元夫の母)に請求することもよろしくない。彼女は、障害を持った高齢者なのだから。景気が良くなればいずれ仕事が見つかるだろうから、温かい目で見守るべきだ。
生活が苦しいのは分かるが、イタリア人もそれは同じだ。私の兄は、たった一人の力で子供二人を育て上げたのだから、あなたにできないということはないはず。元夫やその母に金を要求するのではなく、あなたがもっと働けばよい。 この意見があちら側に配慮したものに思えるのは気のせいだろうか?イタリア人はイタリア人の味方なのだろう。
もちろん、ダニエラや女性連合にこう言うと、そんなことは絶対にないと怒るのが目に見えているため、彼女が彼に心を奪われたからではないかとコメントすることにしている。私との単独面談のときは清楚な服装だったのが、元夫も同席のときは、髪を下ろして厚化粧、胸の谷間が見えるブラウスにミニスカートという服装で登場したのだ。このコメントで、イタリア人は納得する。
それにしても、元夫が精神的に苦しんでいることを理由に職探しを急かしてはいけないとはどういうことか。仕事が見つからないという苦しみが大きいことは、私もこちらで経験しているため、分からないでもない。しかし、彼は単身者ではなく、“父親”なのだ。父親としての権利を主張するなら、仕事を選ばす(左官屋しかしたくないといっている)、何でも良いから働いて子供を扶養すべきだ。私は、500ユーロという安い給料で家政婦をしたくてしているわけではない。子供を養うためにこの仕事をしているのだ。ここシチリアでは、外国人女性の仕事といえば家政婦か介護士くらいしかないのが現実なのだ。
さて、子供のメリッリ滞在について、私はこう話した。クリスマスとイースターに関しては、判事の判決で事実上実施されていることを理由に認めざるを得ない。しかし、フェッラゴストに関しては、お盆の時期と重なる。こちらがイタリアの宗教を尊重しているのだから、あちらも日本の宗教を尊重すべきだ。
これに対して彼女と彼は、特に問題はないと言った。しかし、お盆の時期を除いた夏季に15日間のメリッリ滞在、月1回の週末メリッリ滞在、そして誕生日会の交互実施(誕生日をメリッリで過ごす年は、パレルモのクラスメートや友達とパーティができない)を要求した。
これに対し、子供の年齢やパレルモ・メリッリ間の距離等を理由に異議を唱えると、女性心理学士は、これはイタリアの法律でこうするよう決められたものであり、削除や変更は一切認められないと言う。
後日、彼女が判事に提出したレポートを読むと、週末滞在は金曜日の午後2時からと書いている。この時刻に子供を父親に引き渡すには、12時に仕事を早退しなければならない。子供に保育園で昼寝をさせない場合、昼寝の時間前に迎えに行かなければならないからだ。
いくら月1回とはいえ、きちんとしたことが好きなマリーリアは、休暇や早退を好まない。「毎週のように何か起こるのね。」と言われたことも何度かあるのだ。彼女にしてみれば、子供がいない、もしくはすでに大きい女性を雇ったほうが得だろう。家計の足しにそこそこの額を稼げればよいという人が大半だろうから、給料のアップや雇用の合法化も要求することはないだろう。首切りスタンプもだいぶ溜まってきたはずだ。いつ切られてもおかしくはない。
もしも、私が職を失ったら、最悪の事態だ。元夫は景気が悪いことを理由に働いていない(実際には、たまに、単発の仕事はしているだろう)ため、母子で飢え死にするしかない。今でさえ、収入のほとんどが家賃と光熱費に消えているのだから。
この女性心理学士は、まったく何を考えているのか?元夫側に肩入れしていることは明らかだ。そんなに気に入っているなら、夫と別れて彼と一緒になればよいだろう。養育費が入ってくる可能性があり、私としても大歓迎だ。。。と言いたくもなる。
パッパラルド弁護士は、父親の単独親権を認めるレポートを書かなかっただけマシと言っている。しかし、母親側に決定的な非(麻薬、アル中、せっかん)がない限り、父親に単独親権を認めることはあり得ない。よって、大胆な言い方をすれば、女性心理学士としては書きたくても書けないのだ。その代わり、父親の希望に沿った進言を判事にしているのだ。
弁護士はこのことを認めるべきだ。しかし、所詮は国費弁護士。最小限のことしかしない。すべてが悪循環だ。これを断ち切るのは、ここシチリアでは非常に難しい。
今月の21日に審問があり、判事は何らかの判決を下すはずだ。無念だという内容の記事をここに書かなくて済む裁定がくだされること、“奇跡”を望む。
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ (ランキング参加中。いつもありがとうございます。下のリンクをクリックしてください!) https://overseas.blogmura.com/italy/ |
|
2泊3日のメリッリ滞在を終えて、間もなくユウキが私の元に帰ってくる。
この3日間は、彼の不在を忘れようと家の大掃除やら溜まっていた雑用の処理やらに精を出し、25日にはシルヴィアの自宅で開かれたクリスマス・ランチに出席した。
ある意味、有意義な日々を過ごしたと言えるが、最早私の中でかけがえの無い存在となった彼の不在という穴は大きい。普段は冷静でいても、ふと突然大きな不安に襲われ、涙があふれてくるということも。
今回のメリッリ滞在が根拠となって、子供のメリッリ滞在は頻繁に行われることになるだろう。クリスマス、イースター、夏休み、そして誕生日。さらに、月1〜2回の定期的滞在。これはもう、受け入れざるを得ないものなのかもしれない。
しかし、これ以上に恐ろしいことが予期される。子供の取上げ(親権喪失)だ。
24日に子供を迎えに来た元義妹オルネッラが、なぜ子供はここまで攻撃的なのかと詰問してきた。
ユウキは、誰彼構わず叩いたり、引っかいたり、噛み付いたりする悪い癖がある。良く観察してみると、怒ったときだけでなく、照れ隠しや“遊び”としてやっていることもある。
このようなことをしてはいけない、といつも注意しているし、保育園でも保母たちが注意しているが、なかなか理解しない。いや、やってはいけないことだと分かっているのにやっているという風だ。
これを、シラクーサの出来損ない(失敬)心理学士の目前でやってしまい、心理学士は大げさに問題視し、L家も待っていましたとばかりに騒ぎ立てている。要は、母親が独りで育てているために子供は健全に育っていない。祖母や叔父伯母、従兄弟たちがいる父親の元で養育されたほうが好ましいという判断を心理学士が下し、私は親権を失う危険性が出てきているのだ。
心理学士は、子供のメリッリ滞在を推進する発言を繰り返すだけでなく、父親がパレルモに面会に来る場合は自宅で過ごさせる等の便宜を図るべしと提案するなど、明らかにL家寄りの立場だ。
子供の親権のように重要な判断をしなければならない場合、複数の心理学士に鑑定させるのが客観的な判断をするためにも重要だと考えるが、そこは“お粗末さ”が定評になっているシチリアのこと、あり得ない。
ユウキの攻撃的な態度、実は私にも微かながら身に覚えがある。小学校低学年くらいまで、“悪ふざけ”としてやっていたように記憶しているのだ。もちろん、男女の違いや日本というイタリアよりも厳格な環境にいたため、彼よりは控えめだったと思うが。。。その後、親や先生、クラスメートに注意されているうちに、どんなことがあってもやってはいけないことだと骨身にしみて理解し、やらなくなった。
よって、ユウキの悪癖は遺伝の可能性があるかもしれない。このことを彼女に言うと、心理学士が言ったのか?そうでなければ眉唾物だと意地悪な表情で彼女は言い放った。子供を手に入れる最大のチャンスが到来しているのだ。彼らが納得するはずが無い。もちろん、心理学士も認めないだろう。
全ての采配は、かの出来損ない心理学士の手にかかっている。頻繁なメリッリ滞在だけでなく、親権喪失(子供にはもう会えない)までとは。。。単身外国人母親として、惨めな思いも多々しながら必死に努力しつつ子供を育てていることをどうしたら評価してもらえるのか。残念でならない。
そんなこんなで、気持ちの落ち込みもどっと到来した3日間だった。
しかし、当のユウキは、L家に木馬をプレゼントしてもらって大喜び。電話をかけても、イタリア語で父親の言うことをオウムのように繰り返すだけ。母親のことなどすっかり忘れてしまったようにさえ見え、これまた落ち込んでしまった。
ユウキにとって、メリッリ滞在は良いことずくめだ。早寝早起きをしなくても良いし、普段は食べられないもの(甘いものや重いものは健康面から控えている。)も好きなだけ食べられるし、おもちゃも買ってもらえる。さらに、“滅多に会えない子供”というプレミアムがあるため、悪いことをしても誰もきつく叱らない。パレルモで母親と暮らすよりも、メリッリにいたほうが良いと思うようになるかもしれない。
シチリアという決して恵まれていない地域で、単身外国人として、安い賃金で、複数の仕事を掛け持ちし、骨身を惜しんで育児と仕事に取り組んでいることなど、今の彼には理解できないし、所詮は男の子なので、成長しても理解は難しいだろう。女の子なら、ある程度成長したときに同じ女として、母親に共感し理解するようになることは想像に難くない。しかし、男の子の場合、同性の父親に共感することはあっても、母親に共感することは難しいと考える。誤解の無いように言うが、マンモーネ(マザコン)であることと母親に共感し理解することは別だ。
養育費を払わず、言いたい放題ものを言い、作り話を並べ立てて単独親権を請求しているL家が、良いとこ取りするとは、納得できない。しかし、これがイタリア、シチリアの現実なのだ。“人間の国”イタリアでは、イタリア人はイタリア人が好き。外国人よりも同胞をついつい優遇してしまう悲しい性なのだ。
この子が傍にいたからこそ、つらい惨めな思いをしても歯を食いしばって耐えて来られたのだ。もしも、私の手元からいなくなってしまったら、どうしたらよいか皆目見当がつかない。生きる気力さえなくなってしまう。だから、どうぞ子供を奪わないでと運命の神に祈るのだ。
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ (ランキング参加中。いつもありがとうございます。下のリンクをクリックしてください!) https://overseas.blogmura.com/italy/ |
|
先日、判事が任命した心理学士との2回目の面談のため、子連れでシラクーサに行った。
実は、その1週間前が面談日だったのだが、プルマン乗り場に行く市バスが欠便(パレルモではよくある)し、プルマンに乗れなかったため、面談日を変えてもらった経緯がある。
そしてそのとき、面談は父親同席になると心理学士が話していた。パレルモ市バスの“穴”で、父親に面談延期の連絡を入れなければならなくなり、彼女は少々機嫌が悪かった。
それにしても、もし、その日シラクーサにたどり着いていたら、いきなり元夫が現れるという展開になっていたはずで、こちらに何も連絡を入れていなかった彼女の仕事ぶりに不信感を覚える。とはいえ、親権裁判はあちらが起こしたものなので、裁判所側があちらにつくのは仕方ないのかもしれない、ここでは。
我々が到着してまもなく、元夫がやってきた。彼は子供に飴とチョコを与えると、心理学士の目の前で私に150ユーロを手渡し、領収書を要求した。
実はその数日前、子供と話すために電話をかけてきた彼と養育費の支払いのことで少々もめたのだ。こちらは給料の半分以上を家賃の支払いに回さなければならない状況で、もしも支払いができなくなれば、子供に路上生活をさせなければならなくなってしまう。頼むから、仕事を探して欲しいと。
彼の返答は、いつもと同じ「君には気の毒だが、不景気で仕事が無い。」の一点張りだ。メリッリのような超田舎では、希望する職種の求人が無いのは想像に難くない。しかし、“父親としての責任感”があれば、「何でも良いから」という気持ちになって意に沿わない仕事でもできるのではないかと思う。私はそうだ。何も希望して月わずか500ユーロで家政婦をしているわけではない。子供のためを思えば、3Kの仕事でも進んでするのだ。
彼の場合、母親と同居し、家賃も食費も光熱費も払う必要が無いため、「何が何でも働かなければ」という切迫感を感じないのだろう。「子供のため」という動機も、一緒に住んでいるわけではないという不満と養育費を払わなくても逮捕されるわけではないという安心感(というのか?)から、彼には促進剤としての効果が無い。
そこで、もしもこの状態が続くなら、本当ににっちもさっちも行かなくなるため、本当はこのようなことはしたくないが、(彼の)母親に養育費を支払うよう裁判所に訴えざるを得なくなると切り出した。
父親が養育費を払わない(払えない)場合、その両親に請求することができるのだ。高齢、未亡人、生活習慣病で半身不随の彼女は、月500ユーロの障害者年金を受給している。その彼女に養育費を請求するのは酷だと分かっているし、判事が認めるかは疑問だ。しかし、実母相手にこの訴訟が始まれば、彼の尻をたたく効果が出るのではないかと思うのだ。
すると、あちら側は元義母にバトンタッチし、興奮した彼女は(毎度のことながら)絶叫し始めた。こちらは、あくまで冷静に、状況を説明し、「per favore(お願いしますから)」という言葉を繰り返し、“依頼”の姿勢を貫いた。
彼が心理学士の目の前でこの“パフォーマンス”を披露したのは、この伏線があるのは明らかだ。裁判で不利にならないようにと親族で話し合って決めたのだろう。
さて、肝心のユウキだ。結果を先に言えば、うまく行かなかった。
いつもよりもわがままで聞き訳が悪く、部屋から出て行きたがったり、部屋にあるものを次々に手に取り、壊したり。さらに、父親を見た瞬間、物陰に隠れ、おいでおいでと近寄る父親の顔を引っかいたり、蹴りを入れたり。
心理学士は、いつもこうなのかと質問してきた。どちらかというと腕白な子だが、その日はいつも以上だと答えた。プルマンに3時間半揺られた疲れと、知らない場所にいるという落ち着かない気持で、ナーバスになっているのだろうと。
これは口にしなかったが、心理学士の書斎にも問題があった。非常に狭い部屋で、机と椅子があるのみ。子供の気を紛らわすおもちゃなどは全く無く、ユウキが部屋に居たがらなかったのは想像に難くない。
しかし、彼女は、私の言葉にあまり納得しなかったようだ。私物(天使のマスコット)を壊されたのがショックだったらしく、“きちんとしつけていない”という目で私を見た。もちろん、到着した段階から、部屋にあるものを触ってはいけないと繰り返し言っていたし、好ましくない態度をとると根気良く彼に注意してはいたのだが。。。
父親に会った瞬間、隠れるという行動は、滅多に会えない父親に対する“怒り”と“放棄された気持ち”から来るものだと彼女は言う。これは、分からないでもない。
しかし、次の言葉には納得できなかった。引っかいたり蹴りを入れたり噛み付いたりという行動を、“非常に問題のある行動”としたのだ。
ユウキの場合、“親しみの気持ち”としてこうすることがよくある。気心の知れた人と遊んでいるときに、ニコニコしながらこういうことをするのだ。私にもするし、施設にいた女性たちや大家の老婦人にもする。
保育園の保母たちや女性連合の職員たちは、このくらいの歳の幼児の中にはキスをするのと同じ気持ちでこのようなことをする子がいると言う。もちろん、こうすることはいけないことだと教える必要があるが、成長とともにやらなくなるもので、今の段階では決して問題行動ではないと。
すると彼女は、この理論を完全否定し(後日、保育園の保母たちに話すと、「本当に心理学士か!」とあきれていた。)、大げさに問題視し始めた。
思うに、彼女は業務上幼児を扱った経験があまりないのだろう。さらに、子供にもあまりなれていないように感じる。面談場所は彼女の自宅だったが、彼女に子供がいるという感じの家ではなかったし、腕白ユウキに振り回されて取り乱していた。
イタリアという国は、日本以上に専門分化が進んだ国で、さらに専門以外の分野については全くの素人というような知識の人が案外いる。だから、“心理学士”でも、扱う対象が幼児でなければ幼児の行動に無知であることもあり得る。
彼女を任命した裁判所は、未成年裁判所ではなく、一般裁判所だ。こちらも幼児は専門外。心理学士なら誰でも良いくらいの感覚で任命したのかもしれない。シチリアならあり得る話だ。
とにかく、ユウキが問題児ではないことを理解してもらう必要がある。そこで、保育園に問い合わることを提案した。しかし、彼女は、自分の目で見たものだけで十分であると拒否した。そのかわり、彼女はさらに面談を重ねる必要があると言った。
長旅の疲れ、狭い殺風景な部屋での退屈な時間、でユウキはいつもと違う行動をとってしまうであろう。今回の面談で、前回から彼女が持っている考え、「子供をメリッリに連れて行くことに賛成」がさらに強まったように感じる。母親の元では健全に育っていない。父親ともっと過ごすことで問題は解消するであろうと考えているようだ。
ダニエラの話では、イタリアの心理学士の9割は出来損ないで、彼ら自身が心理学士もしくは精神科医に診てもらう必要があると。確かに、私がこれまでシチリアでであった心理学士は、一見すると普通だが、話をするに連れておかしなことを言い始める人が大半だった。心理学を勉強しているうちに心理的に異常を来たしてしまったような。“ミイラ取りがミイラになる”ようなものか。恐ろしい。。。
件の心理学士は、判事が任命したため、こちらから依頼して変えることは不可能だ。運が悪かったと言うしかない、残念ながら。次回の面談、そして“結果”を考えると頭の痛い日々が続きそうだ。
|




