|
このタイトルを読んで、日本在住の方の中には「へぇ〜、イタリアの紳士服販売店は、パスクワに大売出しをやるんだ〜!」って思った方がいたりして〜。残念でした〜(^^ゞ さて、4月12日はパスクワ(イースター)だったのよ。イタリア在住の方々は、どんなパスクワを過ごしたのかしらねぇ? 去年も書いたように、ここメリッリには復活したキリストと聖母マリアが再会した場面を再現する、青空イベントがあるのよ。(詳しいことは、ここを読んでね〜。) このイベントの面倒なところは、わざわざ“大正装”しないといけない ことと、住民なら参加しないといけない ってこと。「カトリックであろうとなかろうと、L家に嫁に来たからには参加しなさい。」な〜んて言われるのよね〜。 幸い、去年はつわりがひどかったんで、それを理由に不参加。で、今年は、「ユウキが爆竹の音にびっくりするといけないから。」って理由を付けて逃げようと思ったのよ。 ところが、パスクワ10日前のこと。ロゼッタお義母さんが「今年はユウキにとって初めてのパスクワだから、私が衣装を用意するわ。あんたたちは、結婚式のときに着た服を着なさい。いいわね。」って先制攻撃!!衣装を用意されちゃったら逃げられないじゃない(@_@) そんなわけで、気の重〜い日々を過ごしていたのよ。 しか〜し、パスクワ数日前のこと。私のこの暗〜い気持ちが魔物を呼び寄せたのか、家族3人で風邪を引いて、「ゴホンゴホン、グジュグジュグジュ!!」の嵐(>_< ![]() 幸いなことに、ユウキは38度を超える熱を出さなかったものの、咳がひどくて、一日中大泣き!!!咳止めの座薬とaerosol(吸引)で多少は良くなったけど、激しい咳は治らなかったのよ。 で、大フォーマル祭参加を見合わせるよう、ジュゼッペに提案したのよ。だってね、ロゼッタお義母さんが用意したユウキの衣装って、これ↓よ。 半袖シャツに半ズボン。写真じゃよく見えないけど、生地も薄くて、初夏向きの衣装よ。 ちなみに・・・、この大フォーマル祭の参加者が身につけるのは春夏物の服なのよ。今年は4月だったけど、年によっては3月になることもあるし、シチリアでも冬みたいに寒くなることもある。それでも、彼らは春夏物で参加するのよね〜。シチリア田舎人って、やせ我慢が大好き だもんね〜(^^ゞ さて、私の提案に対して、ピアッツァでユウキを見せびらかしたいジュゼッペは、「上に冬物のジャンバーを羽織らせれば大丈夫だよ。絶対に連れて行くんだ!」と頑な。 しか〜し、幸運の女神はわたくしジャコミーナに微笑んだっ!!! パスクワ当日、シチリアは悪天候。朝の段階で雨は大して降っていなかったものの、冷たい風がビュービュー吹いて、まるで冬に逆戻りしたよう。今にも泣き出しそうな空を見て、「仕方ない、参加はお預けだね・・・。」とジュゼッペ。 かくして、我々3人はロゼッタお義母さん宅でお昼を食べて過ごすだけで済んだのよ。もちろん、私とユウキはいつもの格好。諦めがつかないジュゼッペだけは、族ジャケットと先がとがった歩きにくいブーツに身を包んでいたけどね(^_^ ![]() さて、おまけ。ロゼッタお義母さんがユウキのためにこんなものを作ったのよ。 卵を入れて焼いたパスクワのお菓子。名前は教わったけど忘れちゃった〜。だって、シチリア方言だったんだも〜ん。ちなみに、女の子用はハンドバッグの形にするんだとか。 |
シチリアの伝統文化と行事
[ リスト | 詳細 ]
|
かつて、フィレンツェのMさんが「メリッリも日本の実家も田舎だったら、話が合って問題ないんじゃない?」ってコメントしたことが。 都会と田舎では考え方が違うから、意見が対立するってことはよくあるハナシ。まぁ、確かに、“伝統的” っていう点ではメリッリも実家のある地域も同じね。でもね、厄介なことに、この “伝統の内容” が違うんだわ。 で、この伝統の違いの板ばさみになることがあるってわけよ。 今や北イタリアでは薄れてきた“イタリア古来の名付けの伝統”に則れば、私たちの子供の名前は“ヴィットリオ”でなければいけないわけで。 でも、ジュゼッペが「女だったらマンマの名前、男だったらジャコミーナの好きな名前にする」って結婚前から宣言していたんで、“ユウキ”になったのよ。 親戚やメリッリの人たちの評判はまずまず。シチリア人には聞き慣れない名前だけど、短くて発音も難しくないからみたいね。 実はね、お義母さんにこの名前にするって言ったとき、絶句されちゃったのよね〜。確かにジュゼッペの言葉を受け入れていて、聖人の名前が印刷されているカレンダーを見せてくれながら「こういうのも参考になるわよ」って言っていたけど、お義母さんとしては 嫁の私が自発的に“ヴィットリオ”を選ぶ ことを期待していたみたい。 お義父さんのお兄さんの奥さんに当たる人も、「あら、ヴィットリオじゃないの?いくらサルヴォの息子がいるっていってもねぇ。重要なのは“L・ヴィットリオ”っていう名前が後世まで残ること なのよ!」って苦言を呈してきたし〜。 要するに、サルヴォの息子ヴィットリオに男系の孫が生まれなければ“L・ヴィットリオ”の名前は途絶えちゃうのよ。だから、“L・ヴィットリオ”はたくさんいた方がいい ってことね〜。 とは言ってもねぇ、日本側にも事情が・・・。 私の実家は、みなさんがご存知のような状態だけれど、もしも何かの奇跡が起こって実家の親や親戚にユウキが受け入れられる日が来たとき、名前が“ヴィットリオ”だって分かったら紛争が蒸し返される可能性が・・・(@_@) っていうのも、私はあくまでも跡取りなんで、跡取りの子供は未来の跡取り。当然、日本側主導で名前が付けられないといかんってわけよ。だから、ガイジンの名前を付けた、しかもムコの親の名前っていうのはねぇ。やっぱり日本の伝統“祖父か親の名前の一字をもらう”に則るのが妥当なところか〜、う〜ん。 でもまぁ、“勝男(かつお)” とか “勝(まさる)” だったらまだいいかしら。ただ、ジャコミーナ的にイマイチ。で、“ユウキ”に落ち着いたわけよ。 ちなみに、この名前を発表したとき、お義母さんは家の前に座り込んで近所の人たちと井戸端会議中。通りすがりの人なんかもいて、「あら〜、日本の名前?素敵じゃな〜い!!」な〜んてみんなが言い出した(←“他人事”なんで、みんな言いたい放題)もんだから、「私は反対よ!」って言えなかったみたいよ〜。 で、知り合いの人たちに孫の名前をきかれると「“ユウキ”よ。短くて発音もしやすいから良いと思うわ」って言っているのよ。 でもね、ふたりっきりのときに「女の子はね、好きな名前にしてもいいのよ。でも、男の子は別。祖父の名前を受け継がなくちゃダメ。だから、ユウキに男の子が生まれたら“ジュゼッペ”って付けさせるのよ。これは義務よ!」って言ってきたけれど(*_*) まぁ、ユウキに男の子が生まれるか分からないし、仮に生まれても、ユウキがどうするかは分からないでしょ。こういうことは、親たちに任せるべきだって思うもの。 ところで・・・北イタリアでは私と同じような考えの人が多いみたい。だから、出稼ぎ先の北イタリアで妻をゲットしたシチリア男たちは、子供の名前のことで北イタリア人妻と揉めてタイヘンみたいよ。 マテルダ先生の妹さん(←ミラノ人)に男の子が生まれたとき(もう何十年も前のこと)、シチリアの旦那さんの実家から「ヴィンチェンツォちゃんの誕生おめでとう!」っていう電話があったとか。旦那さんのお父さんが“ヴィンチェンツォ”だったのね〜。 でも、この赤ちゃんの名前が“エドゥアルド”になっちゃったところが、いかにもミラノね。イタリア一の先進地に住み、実家というバックアップがあるイタリア人妻は強いのだ!! |
|
「ジャコミーナ、あなた、まさかジュゼッペの前に付き合っていた男いないでしょうね?もしいたとしたら、私がっかりよ!!ヴィットリオが生きていたら、絶対にあなたのこと許さないわ!!」 これは、ある日のロゼッタお義母さんの発言。興奮気味のお義母さん、持病の心臓病が悪化しないか、冷や冷やしたくらいよー。 自由な男女交際が禁止されていた慎ましい時代に育ったお義母さん世代の常識では、 “女は最初に付き合った男と結婚するもの” なんだそうな。交際が プラトニックかそうでないかは関係なく、ね。 なぜなら、 “女は純潔なまましかるべき男の元へ嫁ぐべき” だから。一度誰かと付き合ったら(例えプラトニックであっても!)、その男に自分の純潔を捧げたわけで、他の男の元へはもう嫁げないんですってさ。 いまどきの日本人で、30代半ばを過ぎて初めて彼ができるって、かなり特殊じゃないかい?!と思いつつも、まぁ、話の続きを聞いたのよ。 「私も、マリア・グラツィアも、ロレダーナも、そしてオルネッラだって、み〜んな最初に付き合った男と結婚しているのよ!」 まぁ、お義母さんとマリア・グラツィアは中学生くらいで駆け落ち結婚したし、ロレダーナは高卒ですぐ駆け落ち結婚したくらいだから、夫が“最初の彼”だったと思うのよ。でも、オルネッラはどうかなぁ。新世代だし、あれだけの美人だもん、中学生のときに“最初の彼”がいたとしてもおかしくないでしょ。 まぁ、“最初の彼”と結婚できたら、それはそれで素晴らしいことだと思うけど、できない場合もあるでしょ。いい人だと思って付き合ったら、そうじゃないって分かって愛が冷めたり、相手が他の女性に心変わりして去っていったり。 お義母さんに言わせれば、「いい人だって確実に分かってから付き合うべき(交際は慎重に始めよってことね)だし、一度付き合ったら絶対に逃がさないように頑張るのよ」 だから、かつてのシチリアでは、娘(姉妹)が付き合っている男に捨てられたら、父親(兄弟)が相手のところへ話をつけに行っていたんだとか。「娘(姉妹)の操を奪ったんだから、結婚してくれなくちゃ困る」って。で、それでも相手がノーなら 報復措置 ってことね。 そうそう、ヴェネト時代のジュゼッペね、こんな経験あるのよ。 20代半ばの頃、美人で胸の大きい女の子と付き合っていたらしいのね。この子はヴェネト育ちだけど、両親はシチリア人。 彼女、ジュゼッペにかなりぞっこんだったみたいで、親に「シチリア人の彼ができた」って言ったのね。もちろん、両親は大喜びで、「君達に寝室を用意してあげるから、ウチに来て一緒に住みなさい」 で、しばらくしたら「君はいつウチの娘と結婚するんだね?」攻撃が。当時の彼はまだ結婚する気がなかったんで、断ったらしいのよ。 そうしたら、「娘は、君にヴァージンを捧げたって言っているんだ。娘を傷物にしてどうしてくれるんだ。結婚してくれないと困る!!!」と、かな〜〜〜りお怒り<(`^´)> ジュゼッペ曰く、彼が開けたときは、もう“初めて”じゃなかったらしいんだけど、相手の親は信じなくて(信じたくなくて?)、えらくしつこく追い掛け回されたそうな。 さてさて、イタリアの中でも保守的って言われるシチリアだけど、いまどきの女の子は必ずしも“最初の彼”と結婚ってわけでもないみたいよ(アンケートをとったわけじゃないから断言はできないけど)。ましてや、キレイな身体で花嫁になるなんて! 若い世代の親も、あまりうるさくはないみたいね(←これも、多分そうじゃないかな〜、そうだよね〜って感じ)。もし、お義母さんみたいに厳しい親だったら、バレないようにうま〜く付き合っているんでしょう、多分ね。 でも、お義母さんの形相怖かったなぁ(@_@) この一件で、“出来損ない嫁”の階段をまた1段登っちゃったかもねぇ、やれやれ。(←これが今回の核心よ〜、念のため) |
|
メリッリで大きなお祭りといえば、カルネヴァーレの山車行列、5月の聖セバスティアーノ祭、12月の動くプレゼピオ。 でも、ちょこちょこと小さなお祭りがありましてね。先週まで、マドンナ・デル・カルミネ教会のお祭りだったので、ちょいと見物してきたわー。 これが、マドンナ・デル・カルミネの聖像。最終日の夜には、山車に載せられて村を巡回するのね。 その他の日は、ミサが開かれるくらいなんだけど、教会前でちょっとした催し物が開かれることもあるのね。 そのうちのひとつが、Rassegna dei Madonnari というもの。石畳の上にチョークでいろんな聖母の絵を描くコンクールね。 ローマとかフィレンツェなんかでも、石畳の上にラファエロだとかボッティチェッリの絵をチョークで描いて小銭稼ぎをしている人いるでしょ。あれの聖母限定コンクールって感じね。(優勝しても賞はないみたい。“参加することに意義がある”わけね。) 参加していたのは10グループくらいだったかな。みんな10代後半から20代の若者で、お手本の絵をじーっと見ながら描いていたわー。こんなに真剣なシチリア人は滅多に見られないんじゃないかしらねぇ。 これは、私たちが着いたときにちょうど完成したもの。生まれたばかりのイエス・キリストのところに羊飼いたちが訪ねて来た場面ね。 でもってこれは、主人が気に入ったもの。幼子イエスを抱くマリア。ちょいとゴーギャン風に見えなくもない? この他にも、「おっ、これは上手いぞ!」っていうのがあったけど、まだ完成していなかったので写真はナシ。 さて、午後9時を過ぎたところで、主人が「腹へった。眠い。」と言い出して、私たちは帰宅。だから、誰が優勝したのかは、???。 個人的にはね、羊飼いグループの隣でMadonna delle Grazieを描いていたグループなんじゃないかって思うのよ。構図的にも、色彩的にも、タッチ的にも良くて。というか、私の好みなだけなんだけどねー。 たまーにこういうお祭りがあるといいわねー。気分転換になるし、主人もピアッツァで飲んでグデングデンになることないし(^^ゞ 華やかさはないけれど、なかなか良かったわ、このお祭り♪ |
|
私と主人が付き合い始めたばかりの頃のこと。 主人がいきなり、「ボクたちが結婚して女の子が生まれたら、ローザって名付けたいんだ!」と言い出しました。 なんて気の早い人だろう、と思いつつも「どうして?」と訊くと、「ボクの好きな花なんだよ、ローザ(バラ)は!」 そのときは、へぇ〜そうなの、としか思わなかったんですね。ところが、後で彼のお母さんの名前がローザ(愛称はロゼッタ)だと知って、あぁ、やっぱり彼もイタリア男の典型“マンモーネ(マザコン)”だったのね(-- と微かな失望感を覚えたものです。 私がまだ日本にいた頃、主人がプレゼントしてくれたバラのコサージュ。 「いまイタリアですごく流行っている “髪飾り” なんだ。外出するときは必ず身につけてよ〜!」と。 でも、私には出来なかったわ、モーダ・シチリアーナ。 さて、シチリアには子供の名前を付けるとき、ある習慣があります。(プーリアにもあるらしいので、南イタリアの伝統なのかもしれません。) それは、長男・長女には、父方の祖父母の名前を、次男・次女には、母方の祖父母の名前を付けるというもの。ちなみに、三男・三女以降は、伯父さん伯母さんだったり、聖人の名前をもらうことが多いそう。 L家の場合も、サルヴォの長男とマリア・グラツィアの次男はヴィットリオだし、オルネッラの次男サムエーレはセカンド・ネームがヴィットリオ(いまはセカンド・ネームを登録できないので、とりあえず付いているっていう感じですが。)。 L家には、女の子の孫もいます。故ヌッツィオお義兄さんの一粒種と、サルヴォの一人娘。 でも、故ヌッツィオお義兄さんはアメリカに移民し、あちらで子供が生まれたのでクリスティーナと名付けられました。そして、サルヴォの娘は、ヴィットリオお義父さんの妹で早世したエレナ叔母さんの名をもらっています。 そう、ロゼッタお義母さんの名前が付いた孫がまだいないのです。だから、マンマ大好きの主人としては、お母さんの名前を娘に付けたいんですね〜。 ちなみに、男の子だったら・・・。私が好きに付けていいそうです。ヴィットリオお義父さんの名前をもらった孫が既にいっぱいいるからですって。 こんな素敵なアクセサリーなら毎日身に付けていたかも(^^ゞ
アレンジ次第でブレスレットにもなるバラのネックレス♪ |






