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しこ名は「小野ヶ崎仙吉」とも書いた。國見山、甲とともに、尾張藩内出身で尾州候のお抱えの栄に浴した3人衆の一人。尾張一宮の真清田(ますみだ)神社近くの松降出身。 |
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甲 喜三郎は最近合併して一宮市になった旧木曽川町の出身。尾張藩お抱え力士で最初に紹介しました横綱免許力士境川浪右エ門の弟子となり、初名玉の川から同じ尾張出身の先輩七ッ野の名を貰い、さらに部屋ゆかりの甲のしこ名を付けたあたり、期待された力士の一人であったことをうかがわせます。 |
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今日6月1日付のスポーツ紙「中日スポーツ」に「トヨタ自ラグビー部、FW強化に佐渡ヶ嶽部屋に体験入門」の記事がありました。PRの山本正人選手の父親と琴光喜の父親がトヨタ自動車勤務の同僚だったことから実現したとありました。さらに山本父親・勝(61)さんは、かつて片男波部屋で玉葵のしこ名で相撲取りだったとあり、懐かしいしこ名に出会えることができました。 |
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現在の名古屋市熱田区出身。初名宮の森は熱田さん(熱田神宮)の森を連想させるしこ名である。万延2年(1861)2月二段目の番付外で国見山と改め、慶応4年(1868)5月場所入幕。この時はまだお抱えは無く明治2年(1869)11月、尾張藩出身で同藩の栄誉あるお抱え力士になった。最高位は前頭3枚目。廃業後は高砂改正組に参加して頭取を勤めた。 |
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昨日紹介した「尾州 境川大四郎」着物姿の最初の版がこの絵です。 |






