三河國の大相撲錦絵場所

相撲の錦絵はどのぐらいあるのだろうか

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 いまからおよそ40年ほど前、市内の古本屋さんで求めた3点の内の1枚。
この絵が相撲錦絵探しの旅の始まりでした。
 さて、「小野川才助」といえば寛政の谷風の好敵手、小野川喜三郎
その人か。のちに才助と改めている。
当時の私はこの程度のことしか判りませんでした。
そのころ手にした酒井忠正著「日本相撲史・上卷」をめくり、やっと
探し当てた小野川は時代も下り、幕末の安政5年(1858)11月場所入幕の
虹ヶ嶽杣右エ門(にじがたけ そまえもん)。鬼面山、陣幕、大鳴門と
ともに「阿波四天王」とうたわれた力士と判りました。
 万延2年(1861)2月場所、久留米藩にお抱え替えとなり、藩ゆかりの
「小野川才助」を襲名。関脇、小結を勤め、明治維新前に古巣の
京都相撲に戻り、京都相撲の初代横綱となる。
 二代国貞の作品で、改印は文久元年(1861)12月印。版元は両国太平板。
虹ヶ嶽から小野川に改名したその年に発行されている。

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ふれ太鼓

 このたび「三河國の大相撲錦絵場所」を始めることになりました。
「相撲の錦絵はどのくらいあるのか」という、素朴な疑問から
始まった錦絵の蒐集、関連錦絵写真の蒐集、研究などを通して
日記風に紹介していきたいと思っています。
 どうぞよろしくお願い申し上げます。
三河國 弘右エ門

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