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境川の4点目、今回は着物姿の境川です。新大関の明治3年(1870)4月場所、増位山から境川と改めた1場所だけ、増位山時代に名乗っていた大四郎をそのまま使用。次場所から通り名の浪右エ門となる。 |
無題
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今回は境川の横綱姿です。大関を7年13場所の長きにわたり勤めてきたが、明治9年10月横綱を免許された。この絵は大関昇進時に出され、26日に紹介した境川の「化粧廻し姿」の板木を使い、横綱と5本のシデを彫り加えました。そのため、真ん中のシデの一部が鳩八の印紋にかかり不都合が生じたために、鳩八の印紋をいじりなにかぼやけた鳩になつてしまいました。 |
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昨夜、丸善で展示した錦絵史料無事戻る。会場に置かれた「芳名録」にサインしてくださった方々のお名前を拝見し、忙しい時間を割いて県内外から見に来てくださったことを知り、感謝多々。 |
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今月18日から今日24日まで1週間、名古屋・栄の丸善で私の持っている |
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いまからおよそ40年ほど前、市内の古本屋さんで求めた3点の内の1枚。 |


