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洞戸なんでもあり・・情報
日本のど真ん中 岐阜の山中から情報を発信中 !

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  • 清洲城の桜

    清洲城の桜です。傾奇者の元地尾張は正に歴史の宝庫です。ぜひ一度お越しください。...

    平成金沢文庫

    2017/4/12(水) 午後 11:32

  • 四川料理

    今晩は岐阜で四川料理です。辛い唐揚げ、麻婆豆腐など最高です。お酒はビール、白ワイン、ハイボールとチャンポンしてしまいました。天空の城、岐阜城が夜空に浮かびますがスマホ撮影のためにボケてます。...

    平成金沢文庫

    2016/12/30(金) 午後 10:20

  • 御鮨街道を歩く(29)・・美江寺観音

       慈恩寺地蔵堂・本願寺東別院にお参りし、そのまま北進すれば、旧尾張徳川藩領岐阜町に入るのですが、本日の旧街道歩きはここまでにして、帰宅のためJR岐阜駅に向かいます。        地蔵堂から西に向かいますと、美江寺観音があります。この日はちょうど2月3日・節分の日です。ここでも「節分会星まつり」が執り行われていました。    節分とは、季節の分かれ目の意味で、元々は立春・立夏などそれぞれの...

    houzanの気ままな人生2

    2016/10/22(土) 午後 10:41

  • 神剣を授けるスサノウ大神

    古より座ヶ岳(くらがだけ)の峰に祀られていた素盞鳴大神(すさのおのおおかみ)の御神霊を、第十四代仲哀天皇第二皇子忍熊王が現在の地に奉斎されたと社記は伝えます。   神功皇后摂政の頃、忍熊王が賊徒討伐の時、素盞鳴大神の御神助を得て討ち平らげ、王は神恩報謝のため、織田の地に社を営み“劔大明神”と仰ぎ奉りました。   奈良時代より祈願の霊場として朝廷をはじめ多くの人々から厚い信仰を受け、現在所蔵する国宝の梵鐘は第四十九代光仁天皇の大願成就による御奉納といわれます。   中世以降武門の崇敬も厚く、

    平成金沢文庫

    2016/7/25(月) 午後 11:55

  • 津島神社

    尾張国の津島神社です。 織田家の清須城に近い、織田家の氏神です。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE   織田信秀は信長の父ですが、全国の津島神社の寄進により相当な財を成したという説です。   神社には織田家の家紋が華やかです。   織田家尾張に出てくる前の氏神は越前国劔神社です。劔神社は若い女性の参拝が増えてい...

    平成金沢文庫

    2016/5/5(木) 午前 5:42

  • カタクリの花の見学

    カタクリの花の見学 H.28.3.20日 日曜日 愛知県豊田市足助町家内の実家にお彼岸の為 お墓まりに行き帰りに足助町の香嵐渓にカタクリの花の見学に行って 来ました。 カタクリの花はお日様の光を浴びるとお花が開きます 花が開いています。 カタクリの花の群生地です。

    名古屋近郊釣り日記 私のひまつぶし

    2016/3/23(水) 午後 6:06

  • カタクリの花の見学

    カタクリの花の見学 H.28.3.20日 日曜日 愛知県豊田市足助町家内の実家にお彼岸の為 お墓まりに行き帰りに足助町の香嵐渓にカタクリの花の見学に行って 来ました。 カタクリの花はお日様の光を浴びるとお花が開きます 花が開いています。 カタクリの花の群生地です。

    名古屋近郊釣り日記 私のひまつぶし

    2016/3/23(水) 午後 6:04

  • 熱田伝説

    = 10月10日より熱田神宮の遷座祭です = 国の守り刀である熱田の神剣が混迷の世の邪を切り、正しきものを繁栄させる世の成就を祈願したいと存じます。 下記、消えてしまったHPからの抜粋ですが熱田神宮の古さを表している記事と確信いたします。ご照覧ください。 {{{ 或いは問う。熱田本社正北、いにしへより古祠あり。内に小五輪形の石を安んす。俗、楊貴妃の石塔といひし。貞享作り替えの時、これを廃せり。古記に有りや。 曰く、熱田古録に、御殿より北に御墓所一つ。合わせて二つ。一つは

    平成金沢文庫

    2016/1/19(火) 午前 1:20

  • 熱田楊貴妃伝説

    熱田大神が楊貴妃に変化し玄宗皇帝大襲来を阻止した伝説が熱田神宮に残ります。ずいぶん有名になりました。新聞でも取り上げられました。 楊貴妃もゆっくり休めないでしょう。...

    平成金沢文庫

    2016/1/19(火) 午前 1:19

  • 飛騨街道を歩く(18)・・日龍峰寺多宝塔

     日龍峰寺の境内を歩きます。  崖造りの本堂です。その本堂の前には・・・  いくつかの供養塔がありました。美濃市の鉈尾山に山城があり、この山城の三代目城主佐藤才次郎方政一族は、この高沢観音に帰依していたが、慶長5年の関ヶ原の戦いで西軍に属し敗れ滅亡しました。  一族郎党の墓石が本堂西側の谷あいに400年の風雨に晒されていたのを、平成12年末裔によりここに安置されてものだそうです。 ...

    houzanの気ままな人生2

    2015/11/22(日) 午後 10:10

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