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念願のザンジバル、ヌングイビーチ
をたっぷり満喫したあとは、
アフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ山の街へ 最後のビーチでのんびりしてからダラダラ(バス)
に乗ってストーンタウンへ。
さらに夜行フェリーでダルエスサラームに戻ります。 FLYING HORSE号、US$20− こちらは外国人と地元人で部屋が分かれていて、 VIPと呼ばれる外国人用の部屋には
一人掛けソファがいくつも並んでるのでぐっすり眠っていけます。 夜明け前に着いてしまうそうなので、数時間沖で停泊してからの到着。
もちろんここにも、わらわらタクシードライバーたちが待ち構えてます。 何人かと料金交渉してからバスターミナルへGO
キリマンジャロの街、モシ行きのバスチケット
(約8時間、Tsh20000約¥1200)を手に入れて、
(繰り返しますが、ここにもたっくさんの人たちが待ち構えてるので相当うざい) オーサカクラシック号で出発☆ミ(o*・ω・)ノイッテキマ-ス!! と、思ったら・・・
周りのバスはどんどん出発していくのに、 我がオーサカ号はいつまでもその気配なし。
私たちはモシ行き最安のバスを選んだのだけど、
それは冷房なし、シートが2・3列配置というもの。 すべてのシートが埋まるまで、どうやら出発しないらしい。 けっこうな座席数があるようで、 なかなか満員にならず・・・(。´-д-)
結局、予定を2時間ほど過ぎてからやっと出発 安さには理由がある、ちゅーことですな
窓から入ってくる風と真夏の日差し、
時々現れる村とタンザニアの風景を楽しみながらの
あっというまの快適バスの旅 青空プール
タンザニアの道路は綺麗に舗装されてて快適な道中
そして、ついに
キリマンジャロのてっぺん、見えてきたーーー
大はしゃぎな私たちに
『そうそう、あれがキリマンジャロよ』 なんて、子供をあやすように ニコニコしてる周りのタンザニア人たち
モシの大きなバスターミナルに着いた頃にはすっかり日も暮れてて、
お約束のうっとうしい、わらわら案内するよ軍団・・・ 宿情報もほとんどなく、地理もまったくわからない私たち
(調べてきた情報メモ、全部ダーバンに忘れてきちゃったからね ボー然状態な私に、理系頭脳のAちゃん 『あっちに日が沈んだから西方面のこの道を行こう と、私ひとりだったらあり得ないブラボーな提案 そして無事、ネットで慌てて調べた有名な日本人宿、
キリマンジャロバックパッカーズに到着 ドミ部屋の鏡には、タンザニアを代表する美術品、
ティンガティンガ風のペイントが
フリーWIFI完備、朝食つき、
4人ドミでいくらだっけかな・・・忘れた。とにかく安い。
てか、アフリカの日本人宿て、たいていその街最安です。 アフリカを旅してる日本人が世界一周中な人が多いから 超切り詰め旅なんだと思われます
同ドミの日本人、世界一周中のSちゃんと
キリマンジャロ登山を明日に控えた若きドクターT青年。
4人でお夕飯に行こう 偶然宿のオーナー(と言っても超若くて20代後半、
お父さんがこの宿を買い取って彼が現場を仕切ってるよう)
とばったり会って、一緒に行くことに。 ところで私は前日午後からのダラダラ(バス)
→フェリー→タク→バスの移動にぐったりで、
おなかも減ってるんだけど・・・ ご飯よりも冷たいビール
お安い地元飯やではお酒を出してるとこはなかったので、
日本人3人と分かれて、オーナーと私は地元系バーへ タンザニアビールの種類は豊富で、
私のお気に入りは右側Safari lager(サファリラガー)
ところで、南アでもそうなんだけど、
私が気に入るビールはたいてい度数が強くて値段が安い、
という労働者向けのものらしい・・・ タンザニアでも、これ注文するたびに女の子に
『これは男のビールよ』 て、くすくす笑われた (*´艸`)クスッ♪ キリマンジャロBPにはテラスがあって、
そこからも体を伸ばせばキリマンジャロが見えるのですが、
宿の数軒隣に同系列のホテルがあって、 そちらには屋上があってこちらの宿泊客も入ることができます。
Aちゃんはキリマンジャロコーヒー、
私はキリマンジャロビールを注文して。 雲がかかってることが多くてなかなかその姿を見せてくれません。
そして段々と・・・
キリマンジャロ山wizキリマンジャロビール ちなみに登山はたいてい4泊か5泊のツアー、
チップ込でUS$1000ーあたりから。
800台で交渉まとめたってツワモノもいたけど、 1000以上になっちゃう人のが多いんじゃないかな? 私?そんな大金払ってとんでもないっす
富士登山ですら、ひーひー言って後悔してたのに絶対無理 てか、眺めてるだけで十分満足 キリマンジャロを眺めながらビール飲んでまったり・・・て、 タンザニア旅の最後にふさわしい日々でした 超駆け足な10日間だったけど大満足(v≧∇≦)ノ
今度はもうちょっとのんびりゆっくり旅しに来たいな もう、白タクはつかまないはずだからね、大丈夫Σd(・ω・´。)ок!!
ぽちっとしてくれたらうれしいです゚+。:.ヽ(喜´∀`)ノ゚+。:.
ありがとう〜〜〜☆(人´∀`).゚・*:.。. .。.:*・*☆* |
アフリカを旅しよう♪
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コメント(16)
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うつくしいビーチと夕日、
さらに島の北端に位置してるため、
東方面に向かえばビーチから昇る朝日まで見られちゃう、 というステキな村、ヌングイ(❤ฺ→艸←)
ビーチから村に入る辺りにはこんな看板が。
水着姿の、肌を出したままで村を歩かないでね、
というサイン
私たちは彼らの日常にお邪魔してるただの旅人。 土地の文化と習慣をちゃんと尊重しましょうね
私たちの宿はビーチまで徒歩1分、
そのまんま、ひねりナシのヌングイゲストハウス
ここには日本人バックパッカーが集まる有名な宿もあるのですが、
特に日本人の若者たちと交わりたいわけでもなく、 こちらの方がビーチに近い ファン・蚊帳・トイレ・シャワー付きの2ベッドの部屋に朝食がついて、
1泊ひとりTsh29000(約¥1700) 3泊目はおまけしてくれてTsh22000(約¥1300) オーナーのボス(私らが勝手につけた呼び名。名前覚えられなくて笑)は
お願いごとをすればてきぱきと動いてくれて、 適度な距離感でなれなれし過ぎず、 でもリビングでのおしゃべりでは深い話もできて。
お庭のお花を摘んできてくれたり、 ひとり夜遊びの私にボディガード役の友達をよこしてくれたり
(でも状況を聞いてなかった私は、 この彼がスワヒリしかしゃべれなくて意思疎通が図れず、
てっきりしつこいビーチボーイと思い込んで 最初超邪検にしてしまったという・・・すまん
毎朝、ボスお手製の朝食を食べてると
髪にお花を挿してくれました♡→ܫ←♡
ヌングイの村はひっそりしてて、 おうちはこんな石造りが多かった
商店街
謎のマサイショップ 雑貨やさん ママの巻いてるカンガ、すごくステキなオレンジ〜 Aちゃん、フルーツを物色中 印象的だったのは、ここで暮らす彼らの多くがケニア人だったこと。
ケニアのインド洋沿岸部や対岸の小さな島は、 タンザニア・ザンジバルと同じような歴史を辿ってるので
ムスリムが多くて共通の文化も多いからなのだろうけど、 この商店街の人はほとんどがケニア出身でした。
私いつでもリラーックスタイムは
お酒
ここではなんも音楽いらない、
ビーチも村もひっそりしてるのが
何よりも心地よいのでした(❀ฺ´∀`❀ฺ)ノ
のどかで静かで穏やかな空気が流れてるヌングイ、
今度はもっと、ゆっくり滞在するぞ〜゚.+:。(≧∇≦)ノ゚.+:。
ぽちっとしてくれたらうれしいです゚+。:.ヽ(喜´∀`)ノ゚+。:.
ありがとう〜〜〜☆(人´∀`).゚・*:.。. .。.:*・*☆* |
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アラブ風の街並みを楽しんだあとは、
お楽しみのビーチ 前夜、安くておいしい屋台ご飯を食べた広場で、
ザンジバル島北部、ヌングイに向かうバスを探します ちなみにこちらでのバスの呼び名は
可愛すぎ〜゜*。(*´Д`)。*°
このダラダラ、しっかりしたワンボックスのバス、 トラックのようなので後ろの幌付きの荷台に詰め込まれる風、 と2種類あるのですが値段は同じ。
ヌングイ行きは116番のダラダラでTsh2000(約¥120)
私たちはちょうど目の前にいたトラック風な方に乗ってしまい、 バックパックを屋根に載せるとき、案の定
『荷物は別料金
『それなら他のに乗る(`3´)ブーブー』
っつって払わずに済む・・・てな感じ(ノД`)ハァ
風はとっても気持ち良かったけど、ぎゅうぎゅう詰めで
途中で乗客の乗り降りもやたら多くてがんがん抜かれていくので、
ワンボックスのが断然ラクで早いです。
そしていくつもの集落をぬけて、ついに
宿から1分で・・・
超クリアー
遠浅の海から眺めるとこんな
青い空と白い砂、ブルーグラデーションの海
ビール飲みつつゆったり
ところで、
ここはヨーロピアンにも大人気のビーチリゾート
そんな場所につきものと言えば・・・ に比べたら、
アフリカンたちのあっさりしてること 全然心配なく、のんびりゆったり過ごせました ところで、私がこの島北端のヌングイビーチを選んだわけは、コレ
東海岸のダーバンでは、太陽はビーチから昇って街のビルのあいだに沈むもの。
ビーチに沈んでいく夕日を見たかったのです♡→ܫ←♡ ビーチや夕日をながめながら、
かつて奴隷として売られていったアフリカンたちが、 最後に見る故郷の姿がこんなにうつくしいなんて
なおさら切ないなあ・・・て、涙でました 楽園のようにうつくしくて、
泣けるほど切ない気持ちになるヌングイビーチ
やっぱり来て良かった(→ิܫ←ิ)クーーー♥ それほどビーチラバーでもない連れのAちゃんも大感激してくれて、
2泊のつもりが3泊の滞在を楽しんでまいりました♥♡♬☺(✿ฺ´∀`✿ฺ) ぽちっとしてくれたらうれしいです゚+。:.ヽ(喜´∀`)ノ゚+。:.
ありがとう〜〜〜☆(人´∀`).゚・*:.。. .。.:*・*☆* |
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タンザニア到着翌日、
(asamiさん、改めましてありがとうございました〜
ついに私がタンザニアでいちばん行きたかった場所へ ザンジバル島ヽ(・∀・)ノ ワチョーイ♪ ダルエスサラームの港から毎日何本もフェリーが出ていて、
私たちが乗ったのは、その名もキリマンジャロ号、US$35− 約1時間半の船旅で到着 フェリーを降りると、 かつては本土のタンザニアとは別の独立国だった頃の名残りなのか、
入国スタンプをもらうイミグレがあります。 そして港から島に一歩入ると
ここにもわらわらわらと 宿まで案内するよーってのが近づいてきます
私たちはグーグルマップを見ながら、
なんとか自力でたどり着いたけど
男の子がひとりずーーーーっと、宿まで着いてきてた。 案内してもらったわけじゃないし、私たちには何も言わなかったけど、 宿の子としゃべってたので、マージンもらってたのかも 港の街、ストーンタウンは世界遺産にもなってる
迷路のような小道の入り組んだアラブ風
マンホールもアラブちっく
こちらは街の市場でバスターミナル
市場や商店の閉まる夕方からは、
たくさんの屋台が並びます。
灯りもほとんどない薄暗いなかに、 大きなお鍋をいくつも運んできてるおばちゃんたちのテーブルが 片言のスワヒリ語を駆使してメニューを訪ねてまわり、
焼き魚、ご飯とウガリ、野菜の炒め煮、お肉のシチューをいただきました ここザンジバルはポルトガルの入植ののち、
オマーンの支配下になり、アラブ人が象牙や奴隷の売買を始めた島。
アフリカ内陸部から連れてこられた
黒人奴隷たちを売買していた市場跡も残っています。
★訂正★
『ポルトガルは入植と言っても
港の一角を占拠したりする程度だったようです』
1963年の革命までの長いアラブ人支配、
インド洋交易の拠点としての長い歴史。
そのあいだに生まれたのが 現在のアフリカ東部の多くの国で話されているスワヒリ語。
アラブの影響を強く受けてきたので、
ザンジバルの島民はイスラム教徒が多く、街を行き交うひとも
女性はアフリカならではのカンガと呼ばれるカラフルな布を頭と体に巻いたり
人によってはブイブイという黒いマントのような布を頭からすっぽりかぶってて、 男性はコフィアという頭にちょこんと載せる帽子に すとんとした独特のツーピース服(なんて呼ぶんだろう?)の人がいっぱい。
街並みといい暮らしてる人たちといい、南アとはもちろん、
同じタンザニアのダルエスとも違う雰囲気ですごく新鮮 ちなみにクイーンの故フレディ・マーキュリーもザンジバル出身なんですって。
本名はファルーク・バルサラだそうで、ご両親はペルシャ系インド人。 ザンジバル革命後の64年にイングランドに移り住んだのだそう。 アラブの雰囲気のストーンタウンを駆け足で楽しんだあとは、ついに!
まるで楽園、ってたくさんの旅人たちにずーーーっと!! 聞かされてきたビーチに移動です
ぽちっとしてくれたらうれしいです゚+。:.ヽ(喜´∀`)ノ゚+。:.
ありがとう〜〜〜☆(人´∀`).゚・*:.。. .。.:*・*☆* |
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以前も何度か書いたと思うけど、
南アにはアフリカのいろんな国から働きに来てる人がいっぱいいて、
私の友達にもアフリカ外国人がとっても多い。 ジンバブエ、スワジランド、ザンビア、モザンビーク、ソマリア、エチオピア、
タンザニア、ケニア、ルワンダ、コンゴ、ナイジェリア、リベリア・・・ ふわっと思いつくだけでもこんな 彼らはいつかお金を貯めて家族の待つ祖国に帰る、って目標を持ってるから、
いつでも自分の国がどれだけ素晴らしいか、うつくしいか、 そしてどれほど恋しく思ってるかを繰り返し話してくれる だから私にはいつか行ってみたい場所がどんどん増えてくる
そうは言っても広〜いアフリカ大陸
なかなか行けずにいたのだけど、
やっと、行ってきました 初めての東アフリカ、タンザニア
今年1月の同じ頃、
モロッコに長期滞在していた日本人の友達Aちゃんと
南アにいた私とで、久しぶりの女ふたり旅
ダーバン→ジョバーグ→ダルエスサラーム(タンザニア)の往復チケット
思った以上にお高くて、R7945−(約¥78000−)
一ヶ月しか南アにいられず、ケープタウンの友達にも会いたかった私には、
タンザニア行きは10日間しか取れず見どころだけを回った超駆け足な旅 ダルエス→ザンジバル島→ダルエス→モシ(キリマンジャロ山)→ダルエスの道のりを
バス ところで2013年1月当時(現時点でも)、
タンザニアは黄熱病の感染地域には指定されてません。
厚生省の出してる黄熱情報 なので、感染する危険のあった国からのタンザニア入国でない限り、 イエローカード(黄熱予防証明書)の必要はない、はずなのです。 が。 南アはタンザニアを黄熱感染の危険あり、としているので イエローカードがないと南ア再入国できません(空路の場合) さらにAちゃん、モロッコ再入国には問題ないようだったのですが、
ザンジバル島からタンザニア本土に戻るのにイエローカードが必要、 とゆう旅人からの情報を仕入れてきまして、彼女も急きょモロッコで接種
さて1月某日夕方にダルの空港に着いた私、
入国審査の前にビザの取得 そこにたどり着く前には空港職員が待ち構えて、
なんと乗客全員のイエローカードを確認中
ええええええっっ
入国で必要なの 話違ーーーーーーう
しかも翌朝到着したAちゃんのときは誰もいなくて、ノーチェックだったとのこと。
さらにザンジバルから戻ったときも特に何もなく、 Aちゃんがあわてて取ったイエローカードは結局一度も活躍せず・・・ こんな風にアフリカを旅してると、
さんざん調べた公式の入国情報、ビザ情報が
当てにならないことがよくあるので気をつけよう さて一時間ほどでビザも手に入れて(90日有効のシングルUS$50−)、
無事にタンザニア入国を果たした私ヽ(・∀・)ノ ワチョーイ♪ そーいや、いつも陸路で国境超えしてた私。
南ア以外のアフリカの空港って初めて・・・
まあ、ここはタンザニアの事実上の首都の国際空港。 (公式の法律上の首都はドドマ) ジョバーグほどではないにしても、 それなりにちゃんと立派なのだろう・・・
と、荷物つかんで歩きだしたら。 もうそこはいきなり外に出るドアだったd(・ω・*)
そしてすっかり暗くなった辺りに待ち構えてたのは。
私が最も苦手とする、
客引きのタクシー運転手たちの わらわら大集団ヾ(・ω・`;)ノぁゎゎ
ダル在住で現地で旅行会社を経営するブロ友さん、
asamiさんからの事前連絡で、
『白タクの強盗が増えてきているので 必ず正規タクシーに乗るように』
と言われてたので彼らを振り切り
ぽつんと小さなインフォメーションのお姉ちゃんに尋ねると、
びびってる私を笑いながら って言うから、ほっとひと安心
ずっとついてきてたおっちゃんと料金交渉して、
さあ出発
初めての国、初めての街だ〜〜〜 わくわくどきどきしながら((嬉´∀`嬉))ノ
ちょうど帰宅ラッシュらしい大渋滞の道を眺めてると、
たくさんのタクシーが回りにいるのが見えた
asamiさん曰く、
『正規タクシーは白い車体に青か緑のラインが入ってるからね』 うんうん、みんなそうだねー
(。´-ω・)ン? (。´-ω・)ン? (。´-ω・)ン?
・・・ふと、
暗闇でばたばた乗り込んだので車体をよく見てなかったことに気付いて
開いてる窓から顔出して、自分の乗ってるタクシーを見てみると・・・ ・
・
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・
・
ガ━━Σ(゚Д゚|||)━━ン!!
ただの真っ白い車・・・
到着早々、白タクつかみました(゚□゚;)アワワ(;゚□゚)アワワ
知ってたのに インフォメーションでも聞いたのに
なぜ、乗る前に確認しない、私 いきなりのあまりにばかちんな展開に
がーーーん
さてさて、後部席でひとりあわあわしてる私は
無事に宿にたどり着くことができるのか
タンザニアどきどきわくわく旅 ぽちっとしてくれたらうれしいです゚+。:.ヽ(喜´∀`)ノ゚+。:.
ありがとう〜〜〜☆(人´∀`).゚・*:.。. .。.:*・*☆* |

動画でタンタンがどんな表情をしてるのか見てみたいですね
てか、ハイハイってけっこうな早さで進めるものなのねーってびっくりしてるわ




