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昨晩、日本TV19:56〜「太田光の私が総理になったら・・・秘書田中」を観ていましたら、朝青龍問題の証人として、「星誕期」(ほしたんご)が登場していました。この「星誕期」は、アルゼンチン出身の元十両、幕下時代には朝青龍と直接対戦した経験もあるそうです。爆笑問題の田中から、「朝青龍は、そんなに悪い人だったのですか?」と質問されて、「白鵬は、朝青龍が引退して涙を流していた。悪い人だったら、白鵬が泣くはずがない。」と朝青龍を擁護していました。

そこで、「大相撲:力士・親方のサインのコレクターです。」シリーズ。
今まで、アルゼンチン出身の関取は、2人しかいません。残念ながら、私は、この「星誕期」のサインは持っていません。そこで、もう1人の方です。

第4回は、「星安出寿保世」(ほしあんです・ほせ)です。

本名、ホセ・アントニオ・ホアレス。1968年6月1日生まれ。体格は192僉■隠沓kg。アルゼンチン・ブエノスアイレス出身。
幼い頃から、サッカー、バスケットボール、柔道、相撲とスポーツ万能。1987年に東京で行われた世界相撲選手権大会に参加、同郷の先輩でアルゼンチン出身初の力士でもある星誕期偉真智(ほしたんご・いまち)(陸奥部屋)を頼って、角界入り。陸奥部屋所属。

1988年(昭和63)5月場所初土俵。順調に番付を駆け上り、1992年(平成4年)11月場所に星誕期に1場所遅れで十両に昇進、1993年(平成5年)11月場所には十両準優勝。しかし、膝の故障が原因で、1995年(平成7年)5月場所を最後に幕下に陥落、その後も相撲を取り続けて、2000年9月場所(東幕下9枚目)限りで引退。初土俵から引退まで休場は0。強烈な張り手を交えた突き押しから左四つで寄るのが、取り口。晩年は叩き(はたき)技ばかりが目立つ。最高位は、西十両二枚目(平成6年3月)。

現役時代の成績は、

生涯戦歴336勝315敗(24場所)
十両戦歴113勝127敗(16場所)
幕下戦歴150勝137敗(41場所)
三段目戦歴40勝30敗(10場所)
序二段戦歴26勝16敗(6場所)
序ノ口戦歴5勝2敗(1場所)
前相撲戦歴2勝0敗(1場所)

星安出寿とは、アンデスの星という意味。アンデス山脈は、アルゼンチンと隣国チリを隔てる大きな山脈です。また、もう1人のアルゼンチン人力士の星誕期は、タンゴの星という意味、タンゴはアルゼンチンのダンス・音楽です。このようなご当地四股名は、とても楽しく思えました。

当時は、各部屋に外国人力士制限はありません。相撲協会も、むしろ一般への話題つくりを喜んでいたふしがあります。大らかで牧歌的時代。
それが、外国人力士が番付上位に並ぶようになると、一転、手のひら返し。1部屋外国出身力士1人だけ。外国人力士は、数年で目が出なければ、別の外国人力士を入門させるために、肩叩きにあい廃業を余議なくされます。相撲協会は、先月、例え日本国籍を取って帰化しても、依然、外国出身力士扱いとする旨の通達を出しました。
日本人も外国人も土俵に上がれば、1人の力士対1人の力士として勝負をします。私は、安易に「外国人うんぬん」とひとくくりで論じるべきではない、個々の問題としてケース・バイ・ケースで考えるべきだと思っています。

星安出寿は、相撲廃業後、母国に帰国。2002年日韓サッカー・ワールドカップ時には、アルゼンチン・チームの通訳兼広報担当として、再来日しました。

今回の写真は、1枚。
星安出寿の直筆サイン色紙(平成7年12月24日@両国・国技館)、
です。

このシリーズは、まだ続きます。よろしければ、バック・ナンバーもご覧^^ください。
1.Part1(阿武松親方):1月17日ブログ  ・  2.Part2(大島親方):2月日2ブログ
3.Part3(栃ノ心 剛):2月14日ブログ

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