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みなさん、こんにちは。
私は、一昨年から昨年にかけて、旧東海道、東京(江戸)日本橋から京都三条大橋までを「完歩
第48回は、(47番目の宿場、)関です。
この関の宿。
・宿内人別:1,942人(男1008・女934)
・総家数:632軒
・本陣2軒、脇本陣2、旅籠
だったそうです(天保14(1843)年「東海道宿村大概帳」)。
安藤広重画
場所は、三重県亀山市関町中町(下・地図内の「家
関が歴史に登場するのは、7世紀、この地に鈴鹿の関が設けられたことに遡ります。鈴鹿の関は、不破の関(岐阜県関ケ原町)、愛発の関(福井県敦賀市の南)と共に三関と言われました。これが、関の名の由来です。
関の宿は、古今東西往還の分岐点として、交通の要所として栄えました。追分とは道が二股に分かれるところを言いますが、東海道と伊勢別街道との分岐点が東の追分(ここには、伊勢神宮の一の鳥居があります)、(鈴鹿峠越えの)東海道と(加太峠越えの)大和街道との分岐点が西の追分、そして、この両追分の間の1.8kmが関の宿です。この間に42の旅籠
現在の街並みが往時の面影を色濃く残されている宿場としては、ここ関の宿は東海道53次(宿場)の中ではベスト1だと思います。細い路の両側には、昔ながらの建物がそのまま多く建ち並びます。平入りの二階、出格子と幕板(風雨除け)、少しカーブした屋根と虫籠(むしこ)窓(建物の二階にある漆喰の堅格子の窓)が特徴です。これは、明治時代に入って整備された国道1号線が関の宿の南を迂回するルートを採ったことにもよると思われますが、何より住民の方々の歴史的景観を保存・保護しようとする熱意(努力・犠牲)によるところが大きいと思います。建物が老朽化すれば建て直し・リフォームの必要も生じるでしょうが、雰囲気を壊す派手な建物(お店)はありません。さらに、道路は土を模した茶色で舗装され、電線は地下に敷設されて電柱は見当たりません。
関の宿は、国から、昭和59年に、東海道53次(宿場)の中では唯一、「重要伝統的建造物群保存地域」に指定され、また、昭和61年には、「日本の道百選」に選定されています。
私は、最初に関の宿を訪れたときはその日のうちの鈴鹿峠越えが頭の中にあったためにあわただしく急ぎ足で通り過ぎたのですが、あまりに雰囲気が良かったためにその約2カ月後にもう一度訪問したほどです。住民の方々には感謝しながら、楽しませていただきました。
今回の画像
1枚めは、安藤広重の描いた「東海道五十三次
2枚めは、現在の同地点の風景(2008年9月25日撮影)、
3枚めは、現在の伊藤本陣(2008年7月5日撮影)、
4枚めは、百六里庭・眺関亭の2階から見た
です。
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