みなさん。こんにちは。
大相撲の元大関で東十両3枚目の把瑠都(エストニア出身,尾上,本名カイド・ホーベルソン)が11日,引退した。「悲しいけれど,ケガが治らないので土俵には立てません。番付発表が終わってから決断しました」と話した。
把瑠都は「日本に来て9年間,お相撲さんになっていいことばかりだった。」と振り返り,会見が終わり花束を贈られると,感極まり涙を流した。
そこで,今回は,「大相撲:力士・親方のサインのコレクターです。 」シリーズ。
第16回は,「把瑠都 凱斗」(ばると かいと)です。
本名は,カイド・ホーヴェルソン。1984年11月5日生まれ。身長198cm,体重186kg。エストニア国ラクヴェレ市出身。相撲との出会いは11歳の時。国際相撲連盟理事を務める倉園一雄氏がエストニアを訪れ,地元柔道クラブの子らに相撲を教えたところ,その中にカイド君がいたそうです。18歳の時には,柔道では100kg超級の国内ジュニア王者となり,相撲ではユーロ・ジュニア相撲選手権大会で準優勝を果たしています。カイド君の活躍は国際相撲連盟の田中英寿会長(日大監督)の目に留まり,19歳の時,三保ケ関部屋に,部屋付きだった尾上親方(元小結・浜ノ嶋,日大出身)の内弟子の形で入門しました(2006年8月に親方に従って尾上部屋に移転)。16歳の時に父親を亡くしており,「お母さんを助けたい。エストニアにいても仕事がほとんどなかった。」のが理由だそうです。四股名「把瑠都」は母国エストニアが面するバルト海にちなんだものです。
2004年5月場所初土俵。入門後は,大きな体格と怪力をいかした強烈な寄りと投げで,順風満帆。2005年9月場所の十両昇進 は,初土俵から8場所で史上最速3位タイ。また,2006年3月場所には史上4人目となる十両全勝優勝を果たし,翌5月場所には史上2位タイとなる所要12場所での新入幕 を果たしました。
幕内に入ってからは,左膝の故障を抱えながらも(2006年9月場所,2007年1・3月場所,いずれの休場も左膝の故障が原因です),取組み内容は次第に安定感を増すようになり(突き技と吊り技が磨かれて),2010年5月場所には大関昇進 を果たしました。
2012年1月場所では14勝をあげて初優勝 を果たして横綱昇進 が期待されました。「横綱のチャンスはたくさんあったが,すべてこぼした。自分のせい。厳しさがなかった」そうです。大関陥落 ,そして,引退 も,左膝の怪我が原因でした。大型力士の悲しい宿命なのでしょう。大乃国も小錦も曙も両膝の故障が引退の一因でした。対策としては,取組みでは,豪快な攻めには,(時として強引さにもつながるから)頼らない。そして,何よりも,普段から四股・鉄砲などの基礎トレーニングに時間をかけて下半身(足・腰)の強化を図るということでしょうか。
把瑠都は,大らかな 性格でした。大相撲初の金髪関取,いつも笑みを絶やさず,角界のディカプリオとも呼ばれた人気力士でした。その一方,着物・浴衣ではなく,Tシャツ ・ジャージ姿で繁華街を歩いて,協会から3度厳重注意されています。また,なかなかファンにサイン をしない力士だったと思います(2012年,仲間力士と10数分談笑する把瑠都を囲んだファン7〜8人の中でサイン をもらえたのは私1人だけでした)。普段のコメントの中にも,相撲や母親に対する感謝・愛情を表すものは多くありますが,“ファン(お客さん)のため”というのは(私の見聞き した限りでは)ほとんどなかったように思います。
把瑠都の引退は,とても残念 なニュースでした。相撲協会は,高見盛に次いで人気力士を失ったことになります。まだ,28歳,早すぎると思います。通常,大関をつとめた力士は3年間は相撲協会に留まることができる(一代年寄)のですが,日本 国籍でない把瑠都には認められません。また,公傷制度(怪我をした力士は次の場所は休みは負けとみなされて番付を下げます が,次の場所に全休してもそのまた次の場所は同じ地位に留まる)は,廃止されましたから,休場すれば番付は大きく下がります(幕下以下なら無給になりますし,元大関が幕下以下で相撲をとった例はありません)。そのため,プロ野球 選手のように,故障個所を手術 してリハビリを経て復活 を果たすことは,実際難しくなります。公傷制度は安易な休場につながるとして廃止されたものですが,手直しを加えた上での復活が必要ではないでしょうか。
通算の成績は,
生涯戦歴 :431勝213敗102休/637出(56場所),
幕内:330勝197敗88休/521出(41場所),1優勝 ,
十両:54勝7敗14休/60出(6場所),3優勝,
幕下:22勝6敗/28出(4場所),1優勝 ,
三段目:11勝3敗/14出(2場所),
序二段:7勝0敗/7出(1場所),1優勝 ,
序の口:7勝0敗/7出(1場所),1優勝 ,
前相撲:1場所,
三賞:
殊勲賞:1回,敢闘賞:5回,技能賞:1回,
です。
今回の写真 は4枚。
2枚めは,把瑠都 凱斗の直筆サイン 色紙(2012年4月7日@藤沢市秋葉台体育館),
3枚めは,把瑠都 凱斗がサイン する光景(2012年4月7日@藤沢市秋葉台体育館),
4枚めは,把瑠都 凱斗の直筆サイン 色紙(2013年4月6日@藤沢市秋葉台体育館),
1・5枚めは,把瑠都 凱斗がサイン する光景(2013年4月6日@藤沢市秋葉台体育館),
です。
このシリーズ は,まだ続きます。よろしければ,バック・ナンバーもご覧 ください。
1.阿武松親方:10/1/17 ・2.大島親方:10/2/2
3.栃ノ心剛:10/2/14 ・4.星安出寿保世:10/3/6
5.時天空慶晃:10/3/22 ・6.高見盛精彦:10/4/12
7.山本山龍太:10/4/29 ・8.琴光喜啓司:10/6/16
9.豊ノ島大樹:10/9/4 ・10.栃煌山雄一郎:10/9/14
11.稀勢の里寛:10/11/15 ・12.武州山隆士:11/2/11
13.琴奨菊和広:11/9/28 ・14.花籠親方:12/5/20
15.旭天鵬勝:12/5/23
|
把瑠都の引退は残念ですね!
ブログやめたかと思いましたよ!これからもよろしくです!
2013/9/16(月) 午後 7:25 [ Sacchin ]
sacchinさん。お久しぶりです。ご訪問とコメントのご投稿、感謝しています。
、
、
。。。
のですが、結局、宇都宮までしか行けずに、新シリーズも開始できずに終わっています
。


ブログはやめていません(^笑^)。書きかけ途中のブログ記事が、いくつかあります。
例えば、「南武線駅スタンプ」の記事をほぼ書き終えた時点で、西国立駅の駅スタンプがないことに気づいたり
「Hard Rock Cafe収集」バンコク編を9月1日ジャパンフェスタに合わせて投稿する予定が、書き終え無いうちにその日が過ぎてしまったり
「大相撲サイン」で貴ノ花部屋初の幕内力士誕生として貴ノ岩を投稿する予定が、7勝3敗から5連敗して負け越してしまったり
また、この夏は「日光街道」を歩いた
こちらこそ、よろしくです
Sacchinさんの「しんぱんマン」ブログもお邪魔(コメ投稿)させていただきますね
2013/9/16(月) 午後 10:56
私は、金髪fetishismなのでバルトを応援していた事有るわよ❤️ディカプリオよりもhandsome😃✌️私は、MR.PAUL.WALKERさんが好き💗だったのよ❤️金髪碧眼のhandsomeな白人の力士COMEN❔❗️楽しみにしているのよ❤️
2019/1/18(金) 午後 7:56 [ 恭子 ]