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みなさま。こんにちは。
先日7月16日,大リーグ(MLB
〔MLB ・大リーガーのサインのコレクターです
第25弾は,「R.カルー」(Rodney Cline "Rod" Carew)です。
1945年10月1日パナマ運河地帯(パナマ共和国独立前)生まれ(68歳)。身長182.9cm,体重82.6kg。右投・左打。“Rodney Cline”は,列車の中で出産を手伝ってくれた医師の名からとったものです。R.カルーは,14歳の時に家族と共にアメリカ
R.カルーは,1967年にMLB
R.カルーは,スピードも兼ね備えていました。1967年のホーム・スチール7個はMLB記録(T.カッブ)にあと1つでした。一方,パワーに乏しく単打が多く,1972年にはHR数0ながら首位打者
当時のツインズのオーナーのC.グリフィスは,野球一家に育った人でしたが,チームの緊縮財政の中で戦力強化にはとても消極的な人でした。中心選手が好成績をあげて給料が高くなるとトレードで若手数人の選手と交換することを繰り返して,そのため,チーム成績は低迷していました。さらに,C.グリフィスは人種差別発言で物議もかもしていました。いわく。「(ツインズはワシントンD.C.から本拠地移転したのですが,)我々がここに来たのは,ここには黒人は1万5千人しかいないからだ。彼らは,球場に行かずにおどろおどろしい聖歌を歌っている。ここには勤勉な良い白人がいるから,我々は来たのだ。」なお,先日,NBA
R.カルーは,そのようなチーム体質に嫌気がさして,1978年オフに移籍希望を表明。1対4のトレードでLAエンジェルスに移籍することになりました。
ちなみに,R.カルーは,ツインズ時代,白人女性と結婚して妻と3人の娘と住んでいました。当時のミネアポリスには,アメリカ
R.カルーはLAエンジェルス移籍によって大金を手にしました。年棒は,単年20万ドルから5年400万ドルに跳ね上がりました。しかし,移籍後,R.カルー、金はで集めたスター軍団の中で,輝きは薄らいだ,というのが私の印象です。33歳からの7年間,タイトル獲得は無し。パワーが無く(年平均HR2.7本),守備も普通ですから,打率3割はキープしても,何か物足りない。1982年のプレーオフ・ALCS(アメリカン・リーグ・チャンピオンシップ・シリーズ)で7番を打っているのを見て,寂しく思いました(今年のイチローとかぶります)。そして,1985年,3,000本安打を達成して,この年限りで引退をしました。
MLB
・試 合:2469 ・安 打:3053(22位)
・二塁打: 445(107位) ・三塁打: 112(120位)
・H R: 92 ・打 点:1015(261位)
・得 点:1424(84位) ・盗 塁: 353(106位)
・四 球:1018 ・打 率:0.328
また,彼の受賞した主な賞を挙げると,
MVP
シルバースラッガー賞: 7回(1984,1986〜87,1989年,1994〜95,1997)
ゴールドグラブ賞:5回(1986〜87,1989〜91)
オールスター試合出場:18回(1967〜84)
後日談です。1985年オフ,R.カルーはFAとなりましたが,どの球団とも契約できませんでした。MLB選手会はオーナーの間にFA選手の年棒高騰への対抗策としてFA選手獲得を控えるという密約があるとして,提訴します。仲裁の結果,選手会の主張が認められて,R.カルーは,引退後でありながら,1986年にプレーしていれば得たであろう金額(約78万ドル)を損害賠償として受け取りました。私は,第三者機関がオーナー間の密約を認定して複数選手への損害賠償を命じるシステムが十分機能していることを知って,(日本
R.カルーは,1991年に資格取得初年度で「野球名誉の殿堂」入り(必要得票率75%に対して得票率90.5%)。ツインズとエンジェルスの2球団で,背番号〔29〕は永久欠番となっています。
最後に,私は,MLB
今回の直筆サイン
選手時代の8インチ×10インチ写真 1枚です。
このシリーズ
1.M.ソーシア:09/12/17 ・2.O.スミス:09/12/26
3.B.ボンズ:10/1/2 ・4.R.ジョンソン:10/1/7
5.レロン.リー:10/1/10 ・6.K.パケット:10/1/25
7.J.モイヤー:10/2/4 ・8.D.マーフィー:10/2/10
9.F.トーマス:10/2/18 ・10.C.デルガド:10/2/23
11.L.ウォーカー:10/3/10 ・12.V.カスティーヤ:10/3/18
13.A.ガララーガ:10/5/4 ・14.S.ソーサ:10/5/12
15.K.グリフィ.Jr:10/6/5 ・16.O.ギーエン:10/8/5
17.G.アンダーソン:10/8/25 ・18.T.ホフマン:10/9/9
19.B.ワグナー:10/10/11 ・20.R.アロマー:11/1/8
21.J.ジアンビ:11/5/29 ・22.B.ラーキン:12/1/15
23.T.ペーニャ:13/3/17 ・24.T.グウィン:14/6/21
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MLB・大リーガーのサイン
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みなさま。こんにちは。
米大リーグ(MLB),サンディエゴ・パドレス一筋で20年間外野手としてプレーし,2007年に野球殿堂入りを果たしたトニー・グウィンさんが16日,唾液腺がんのため死去した。54歳だった。
そこで,〔MLB ・大リーガーのサインのコレクターです 〕シリーズ。
第24弾は,「T.グウィン」(Anthony“Tony”Gwynn)です。
1960年5月9日カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ(54歳)。身長180.3cm,体重102.1kg。左投・左打。
T.グウィンは,バスケットボール
通算打率0.338はMLB
2007年には資格取得初年度で「野球名誉の殿堂」入り(必要得票率75%に対してT.グウィンの得票率は97.6%)。また,2006年オフにMLB
最後に,死因は唾液腺癌。T.グウィンは現役時代に長年使用した噛み煙草が原因と語っています(医師はその関連性は不明としています)。
MLB
・試 合:2440 ・安 打:3141(18位)
・二塁打: 543(28位) ・三塁打: 85
・H R:135 ・打 点:1138(184位)
・得 点:1383(95位) ・盗 塁: 319(143位)
・四 球: 790 ・打 率:0.338
また,彼の受賞した主な賞を挙げると,
首位打者
シルバースラッガー賞: 7回(1984,1986〜87,1989年,1994〜95,1997)
ゴールドグラブ賞:5回(1986〜87,1989〜91)
オールスター試合出場:15回(1984〜87,1989〜99)
野球以外で記憶に残っている出来事が2つあります。まず,1つめは,(正確な年度は失念しましたが)オフ・シーズン,日本のTV
2つめは,1997年。T.グウィンの妻が野茂英雄(当時ドジャース)のジグソーパズルを本人に無断で作成して日本の会社に販売。怒った野茂英雄がロサンゼルス高等裁判所に損害賠償(465,000ドル+懲罰100万ドル)を求めて訴訟提起。T.グウィンは直接野茂英雄に電話をして訴訟取り下げを頼みましたが,野茂側はこれを拒否したことです。T.グウィンが人格者で有名だっただけに,その妻の勝手な行動は意外に感じたことを覚えています。
最後に,Tony Gwynnは,Mr. Padreと呼ばれていました。
Brooks Robinson:Mr. Oriole(殿堂入り。現役23年間一筋でプレー。)
Johnny Pesky:Mr. Red Sox(現役10年間のうち8年プレー。引退後12年監督・コーチとして在籍。)
Al Kaline:Mr. Tiger(殿堂入り。現役22年間一筋でプレー。)
Ernie Banks:Mr. Cub(殿堂入り。現役19年間一筋でプレー。
Jeff Conine:Mr. Marlin(現役17年間のうち8年プレー。2度の世界一に貢献。)
Craig Biggio:Mr. Astro(現役20年間一筋でプレー。)
Stan Musial:Mr. Cardinal(殿堂入り。現役22年間一筋でプレー。)
今回の直筆サイン
1枚めは、Toops野球カード1984年№251,
2枚めは、選手時代の8インチ×10インチ写真
3枚めは、Baseball Digedt 1985年5月号、です。
このシリーズ
1.M.ソーシア:09/12/17 ・2.O.スミス:09/12/26
3.B.ボンズ:10/1/2 ・4.R.ジョンソン:10/1/7
5.レロン.リー:10/1/10 ・6.K.パケット:10/1/25
7.J.モイヤー:10/2/4 ・8.D.マーフィー:10/2/10
9.F.トーマス:10/2/18 ・10.C.デルガド:10/2/23
11.L.ウォーカー:10/3/10 ・12.V.カスティーヤ:10/3/18
13.A.ガララーガ:10/5/4 ・14.S.ソーサ:10/5/12
15.K.グリフィ.Jr:10/6/5 ・16.O.ギーエン:10/8/5
17.G.アンダーソン:10/8/25 ・18.T.ホフマン:10/9/9
19.B.ワグナー:10/10/11 ・20.R.アロマー:11/1/8
21.J.ジアンビ:11/5/29 ・22.B.ラーキン:12/1/15
23.T.ペーニャ:13/3/17
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みなさん。こんにちは。
侍ジャパン
決勝ラウンド準決勝、18日10時(日本時間)に日本
現地の優勝
そして、ドミニカ・チームの監督を務めるのが、かつてのMLB
そこで、〔MLB
第23弾は、「T.ペーニャ」(Tony Pena)です。
1957年6月4日生まれ(55歳)。身長183cm、体重82kg。右投・右打。T.ペーニャは、1975年、MLB
T.ペーニャは、捕手としてゴールド・グラブ賞の常連でしたが、有名だったのは、そのユニークな捕球スタイルです。特に打者が左打ちの時など、地面に直接お尻を着け、右足は曲げて、左足は真っすぐ三塁方向に伸ばします。そのスタイルは、“ハードラ―ズ・ストレッチ”(ハードル選手のストレッチ)と呼ばれました。そして、塁上の走者が盗塁を狙ったときには、その態勢から座ったままで上半身と肩の強さだけで、走者をアウトにするのです。MLB監督互選のBest throwing catcherにも何度も選ばれていました。
現役引退後は、カンサス・シティの監督を務め(2002 05)、最優秀監督にも選ばれ、2006年以降は、NYヤンキースのコーチを務めています。
MLB
・試 合:1988 ・安 打:1687
・二塁打: 298 ・三塁打: 27
・打 点: 708 ・H R: 107
・得 点: 667 ・盗 塁: 80
・四 球: 455 ・打 率:0.260
また、彼の受賞した主な賞を挙げると、
ゴールド・グラブ賞:4回(1983〜85、1991)
オールスター試合出場:5回(1982、84〜86、91)
ア・リーグ最優秀監督賞:1回(2003)
私がT.ペーニャからサインを貰ったのは、1986年の11月。学校から帰途、JR品川駅北の国道15線沿いを1人歩いていた
そちら に歩いて行って、尋ねました。「Are you Mr.Jesse Barfield and Mr.Tony Pena?」その2人が、
T.ペーニャとその年にアリーグでHR王彼らは、日米
さて、今回の第3回WBC
それは、何よりも、ドミニカが多くの大リーガーを輩出している野球
とは言え、山本監督による出場を要請した日本人現役大リーガー(イチロー、青木、川崎、ダルビッシュ、岩隈、黒田)の全てが、出場辞退したことは残念でした。
もちろん、辞退するのに仕方のない選手が大半でしょう。ただ、私は、日本人選手にとっては、日本プロ野球に在籍している間は、WBC
決勝ラウンド。最大2試合ですから、選手層の厚さはもはや無関係です。
私は、ポイントは、投手陣が、最少失点に抑えられるかにあると思います。
今回のドミニカの打線。3番R.カノ(ヤンキース)(.313 33本 94打点)、4番E.エンカーナシオン(ブルージェイズ)(.280 42本 110打点)、5番H.ラミレス(ドジャース)(.257 24本 92打点)、6番N.クルーズ(レンジャーズ)(.260 24本 90打点)は、特に脅威。また、1番J.レイエス(ブルージェイズ)は40盗塁を記録するなど、スピードもあります。
過去2回のWBC
山本監督が今回選んだ2本柱は前田投手と田中投手。田中投手は練習試合を含めて失点を喫している点が気がかりです。また、首脳陣が中継ぎ投手の中から好調な選手を見極めて起用できるかも、大きなポイントになるでしょう。
また、ドミニカの投手陣も強力です。W.ロドリゲス(パイレーツ)(12勝13敗 防3.76)、E.ボルケス(パドレス)(11勝11敗 防4.14)、S.デドゥーノ(ツインズ)(6勝5敗0S 防4.44)が先発3本柱。順番で行くと決勝(対日本
日本の打撃陣。東京ドームでの長打攻勢(HR6本!)は忘れましょう。何とか先取点が欲しい。そして、少ない点数を守りきる。走者の塁を確実に進める野球、送りバントに右打ち。自然芝の球場ですから、堅実な内野守備も要求されます。
日本
今回の直筆サイン
T.ペーニャ仕様のルイビル・バット3枚と。
選手時代の8インチ×10インチ写真
このシリーズ
1.M.ソーシア:09/12/17 ・2.O.スミス:09/12/26
3.B.ボンズ:10/1/2 ・4.R.ジョンソン:10/1/7
5.レロン.リー:10/1/10 ・6.K.パケット:10/1/25
7.J.モイヤー:10/2/4 ・8.D.マーフィー:10/2/10
9.F.トーマス:10/2/18 ・10.C.デルガド:10/2/23
11.L.ウォーカー:10/3/10 ・12.V.カスティーヤ:10/3/18
13.A.ガララーガ:10/5/4 ・14.S.ソーサ:10/5/12
15.K.グリフィ.Jr:10/6/5 ・16.O.ギーエン:10/8/5
17.G.アンダーソン:10/8/25 ・18.T.ホフマン:10/9/9
19.B.ワグナー:10/10/11 ・20.R.アロマー:11/1/8
21.J.ジアンビ:11/5/29 ・22.B.ラーキン:12/1/15
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1月9日(日本時間)、全米野球記者協会
野球選手は、引退後5年を経過すると以降15年間、「野球名誉の殿堂」入りする有資格者となります。毎年、全米野球記者協会
今年「野球名誉の殿堂」入りに選ばれた
そこで、〔MLB
第22弾は、「B.ラーキン」(Barry Larkin)です。
1964年4月28日生まれ(47歳)。オハイオ州シンシナティ出身。身長183㎝、体重84㎏。右投・右打。B.ラーキンは、子供のころから地元レッズの大ファン。お気に入りの選手は、同じショートを守るD.コンセプシオンでした。B.ラーキンは、1982年、モーラー高校卒業時にレッズからドラフト2巡で指名されましたが「メジャー
B.ラーキンは、オハイオ州シンシナティ出身。MLB
アメリカは、シーズン・スポーツ制が定着し、4大プロ・スポーツ(MLB
MLB
・試 合:2180 ・安 打:2340(131位)
・二塁打: 441(108位) ・三塁打: 76
・打 点: 960 ・H R: 198
・得 点:1329(108位) ・盗 塁: 379(87位)
・四 球: 939 ・打 率:0.295
また、彼の受賞した主な賞を挙げると、
リーグMVP
シルバー・スラッガー賞:9回(1998〜92、1995〜96、1998〜99)
ゴールド・グラブ賞:3回(1994〜1996)
オールスター試合出場:12回(1988〜91、1993〜97、1999〜2000、2004)
今回の直筆サイン
選手時代の8インチ×10インチ写真(白黒写真)です。
写真サイン
このシリーズ
1.M.ソーシア:09/12/17 ・2.O.スミス:09/12/26
3.B.ボンズ:10/1/2 ・4.R.ジョンソン:10/1/7
5.レロン.リー:10/1/10 ・6.K.パケット:10/1/25
7.J.モイヤー:10/2/4 ・8.D.マーフィー:10/2/10
9.F.トーマス:10/2/18 ・10.C.デルガド:10/2/23
11.L.ウォーカー:10/3/10 ・12.V.カスティーヤ:10/3/18
13.A.ガララーガ:10/5/4 ・14.S.ソーサ:10/5/12
15.K.グリフィ.Jr:10/6/5 ・16.O.ギーエン:10/8/5
17.G.アンダーソン:10/8/25 ・18.T.ホフマン:10/9/9
19.B.ワグナー:10/10/11 ・20.R.アロマー:11/1/8
21.J.ジアンビ:11/5/29 |
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みなさん。こんにちは。
先週5月19日、フィラデルフィアで行われたMLB
(動画
“埋め込みがリクエストにより無効となっています
You Tubeで見る”
そこで、〔MLB
第21弾は、「J.ジアンビ」(Jason Giambi)です。
1971年1月8日生まれ(41歳)。カリフォルニア州出身。身長191㎝、体重107㎏。右投・左打。J.ジアンビは、1992年、ロングビーチ州立大学3年時にオークランドからドラフト2巡指名を受けてプロ契約。ちなみに、同年、バルセロナ五輪の野球
MLB
J.ジアンビは、1995年シーズン途中にMLB
J.ジアンビは、FAとなった2001年オフ、7年間1,2億万ドル(約120億円)というリッチ
NYヤンキースは、伝統のある球団。ドレス・コードも厳しくヒゲと長髪を禁止しているために、記者会見にすっきりとした顔立ちで現れた姿はまるで別人に見えました。NYヤンキース時代の7年間、故障者リストに載った2年間(病良性腫瘍・2004年、2007年)を除く5年間はすべてHR30本以上(40HR以上は2度)を打ち、2005年にはカムバック賞も受賞しました。
J.ジアンビを語る上で落とせないことに、いわゆる「バルコア・スキャンダル」があります。2004年、B.ボンズ(当時サンフランシスコ)などのトレーナーだったG.アンダーソンが禁止薬物
J.ジアンビは、2009年、古巣オークランドに復帰しましたが振るわず(打率0.193)、2010年、年棒85万ドル(約6800万円)でコロラドに移籍。今年2011年は、マイナー契約ながら春季キャンプに招待選手として参加して見事MLB
MLBのキャリア通算記録(2011年5月28日迄):
・試合: 2060 ・安打: 1923
・二塁打: 385 ・三塁打: 9
・打点: 1379(74位) ・HR: 421(43位)
・得点: 1183(183位) ・盗塁 20
・四球: 1301 ・打率 :0.281
また、彼の受賞した主な賞を挙げると、
リーグMVP
シルバー・スラッガー賞:2回(2001、2002)
オールスター試合出場:5回(2001〜2005)
カムバック賞:1回(2005)
最後に、J.ジアンビは、NYヤンキース時代、松井秀喜(現オークランド)と2004年から5年間チーム・メイトでした。両者の成績を比較すると、松井秀喜が601試合、96HR、401打点だったのに対して、J.ジアンビは586試合、127HR、375打点でした。どちらも大怪我を乗り越えての好成績です。
J.ジアンビは、4歳年上で今も守備について攻守ともに活躍しています。J.ジアンビの活躍を聞くと、「松井秀喜もまだまだ活躍して欲しいなあ。」などと思ってしまいます。
今回の直筆サイン
Toops野球カード1994年№389(ルーキー・カード)の表と裏、
です。
日米野球のために来日した時に、対面でもらいました。
日米野球主催者は、来日大リーガーに同伴するもう1人分の費用を負担しており、多くが奥さんや彼女を連れてくる中で、J.ジアンビは、弟のジェレミー・ジアンビと一緒でした。弟ジェレミーは、1998年から6年間MLB
私が、J.ジアンビにサイン
ちなみに、今もなお、ベースボール・マガジン社の刊行物「Major League」では「ジオンビ」という表記を用いています。これに対して、例えばネット“wikipedia”では、「ジアンビ」という表記を使っています。後者が正確だと思います。
このシリーズ
1.M.ソーシア:09/12/17 ・2.O.スミス:09/12/26
3.B.ボンズ:10/1/2 ・4.R.ジョンソン:10/1/7
5.レロン.リー:10/1/10 ・6.K.パケット:10/1/25
7.J.モイヤー:10/2/4 ・8.D.マーフィー:10/2/10
9.F.トーマス:10/2/18 ・10.C.デルガド:10/2/23
11.L.ウォーカー:10/3/10 ・12.V.カスティーヤ:10/3/18
13.A.ガララーガ:10/5/4 ・14.S.ソーサ:10/5/12
15.K.グリフィ.Jr:10/6/5 ・16.O.ギーエン:10/8/5
17.G.アンダーソン:10/8/25 ・18.T.ホフマン:10/9/9
19.B.ワグナー:10/10/11 ・20.R.アロマー:11/1/8
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