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みなさん、こんにちは。
私は、旧東海道を「完歩
そして、現在、多くの鉄道駅
そこで、今回は、安藤広重の「東海道五十三次
Aランク:安藤広重の「東海道五十三次
Bランク:安藤広重の「東海道五十三次
Cランク:安藤広重の「東海道五十三次
安藤広重の「東海道五十三次
下半分に豊川を描き、手前右端に修理中の吉田城
JR東海「豊橋駅」(東海道線):Cランク
タイトルは、「手筒花火発祥の地の駅」です。
左に大きく吉田城
#38:岡崎の宿
安藤広重の「東海道五十三次
中央に矢作川に架かる矢作橋(矢矧橋)を西岸から描いています。矢作橋上では長い大名行列の一行が進み、向う岸(東岸)の奥には、連なる山々、岡崎城
JR東海「岡崎駅」(東海道線):Cランク
タイトルは、「天下人家康ゆかりの地の駅」です。
左に大きく岡崎城
(参考)
愛知県内の鉄道駅
#42:桑名の宿
安藤広重の「東海道五十三次
旧東海道は、#41:宮の宿(尾張国・現在の愛知県)から#42:桑名の宿(伊勢国・現在の三重県)まで、渡し舟
現在は、七里の渡口付近は「九華公園」となって、かつて七里の渡しに面して建てられていた桑名城の蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)を模した、水門統合管理所(二階建て)が
建てられています(右
JR東海「桑名駅」(関西本線):Bランク
タイトルは、「伊勢路の玄関口・宿場町の駅」です。
七里の渡口と桑名城の蟠龍櫓(水門統合管理所)をあしらっています。
#46:関の宿
安藤広重の「東海道五十三次
本陣とは、宿場に於いて、参勤交代の大名や公家、公用の幕臣などが利用した格式の高い宿泊施設を言いますが、広重画
JR東海「関駅」(関西本線):Cランク
タイトルは、「東海道唯一の重伝建地区」、「東海道五十三次 関宿 四十七番目の宿場まち」です。三重県亀山市にある関宿では、1.8kmにわたる町並みに江戸時代に作られた建物が200軒以上残り、東海道の宿場町の中で唯一国の重要伝統的建築物郡保存地区(重伝建地区)として国の重要文化財に指定されています。
関駅の駅スタンプは、関宿全体の街並みをあしらっています。
#54:京都
安藤広重の「東海道五十三次
京阪電鉄「三条駅」(関西本線):Bランク
左半分に、三条大橋、右半分は、上部に京阪電車、下部に高山彦九郎像を、シルエットであしらっています。高山彦九郎は、江戸時代後期の尊皇思想家。1928(昭和3)年に建てられたその銅像は、現在も、三条大橋東詰(京阪三条駅の入口近く)で京都御所に向かって平伏して拝礼しています。
このシリーズ
安藤広重画「東海道五十三次
1.日本橋:09/10/27 〜 55.京都:11/3/19
安藤広重画「東海道五十三次
1.東京:12/9/29 2.神奈川:12/9/30
3.静岡:12/10/20 4.愛知・三重・京都:12/11/10
番外編
1.箱根大名行列:11/11/6 2.東海道検定3級:12/3/20
一里塚
1.東京・神奈川:12/3/29-31 2.静岡:12/4/25-30
3.愛知:12/5/25-27 4.三重:12/6/9-10
5.滋賀・京都:12/7/7-8
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旧東海道を完歩−広重画現在風景
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みなさん、こんにちは。
私は、旧東海道を「完歩
そして、現在、多くの鉄道駅
そこで、今回は、安藤広重の「東海道五十三次
Aランク:安藤広重の「東海道五十三次
Bランク:安藤広重の「東海道五十三次
Cランク:安藤広重の「東海道五十三次
#11:三島の宿
安藤広重の「東海道五十三次
朝霧のけむる三島神社の鳥居前で、早や立ちの馬
JR東海「三島駅」(東海道線):Cランク
タイトルは、「三嶋大社・せせらぎの町」です。中央に「三嶋大社」の鳥居を据えて、その上部に富士山
#13:原の宿
安藤広重の「東海道五十三次
原の宿の外れの浮島が原あたり、朝日を浴びる雄大な富士山
JR東海「片浜駅」(東海道線):Bランク
「片浜駅」は、「原駅」の東隣の駅
背景に大きく富士山
#15:蒲原の宿
安藤広重の「東海道五十三次
森々と降る雪と静まり返った人家と遠山を描いています。地元の人らしき3人が深く積もった雪道を歩いて
JR東海「蒲原駅」(東海道線):Aランク
タイトルは、「今は昔東海道五十三次 蒲原宿」です。
中央に「蒲原宿」というタイトルと共に、安藤広重の「東海道五十三次
#16:由比の宿
安藤広重の「東海道五十三次
中央に富士山
JR東海「興津駅」(東海道線):Aランク
「興津駅」は、「由比駅」の西隣の駅
安藤広重の「東海道五十三次
でにぎわっています。
#20:鞠子(丸子)の宿
安藤広重の「東海道五十三次
山沿いのとろろ汁を売る名物茶屋を描いています。店前には、とろろ汁を食べる2人の旅人ととろろ汁を運ぶ女店員、街道には仕事に向う農夫がいます。
JR東海「安倍川駅」(東海道線):Aランク
タイトルは、「東海道五十三次 丸子宿」です。
上半分に安藤広重の「東海道五十三次
(下右
このシリーズ
安藤広重画「東海道五十三次
1.日本橋:09/10/27 〜 55.京都:11/3/19
安藤広重画「東海道五十三次
1.東京:12/9/29 2.神奈川:12/9/30
3.静岡:12/10/20
番外編
1.箱根大名行列:11/11/6 2.東海道検定3級:12/3/20
一里塚
1.東京・神奈川:12/3/29-31 2.静岡:12/4/25-30
3.愛知:12/5/25-27 4.三重:12/6/9-10
5.滋賀・京都
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みなさん、こんにちは。
私は、旧東海道を「完歩
そして、現在、多くの鉄道
そこで、今回は、安藤広重の「東海道五十三次
Bランク:安藤広重の「東海道五十三次
Cランク:安藤広重の「東海道五十三次
#04:保土ヶ谷の宿
安藤広重の「東海道五十三次
帷子川に架かる新町橋(帷子橋)とその先の保土ヶ谷の宿を描いています。現在は、かつて新町橋があったほぼ同じ場所、「天王町駅前公園」内に、安藤広重の「東海道五十三次
が再現されています(右
JR東日本
「天王町駅前公園」内の前記モニュメントをそのままデザインしています。
#09:小田原の宿
安藤広重の「東海道五十三次
手前に、酒匂川とその川を渡る人々、奥に箱根連峰、小田原城
JR東日本
3種類あります。①小田原城
小田急
3種類あります。①小田原城
このシリーズ
安藤広重画「東海道五十三次
1.日本橋:09/10/27 〜 55.京都:11/3/19
安藤広重画「東海道五十三次
1.東京:12/9/29 2.神奈川:12/9/30
一里塚
1.東京・神奈川:12/3/29-31 2.静岡:12/4/25-30
3.愛知:12/5/25-27 4.三重:12/6/9-10
5.滋賀・京都:12/7/7-8
番外編
1.箱根大名行列:11/11/6 2.東海道検定3級:12/3/20
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みなさん、こんにちは。
私は、旧東海道を「完歩
そして、現在、多くの鉄道
そこで、今回は、安藤広重の「東海道五十三次
Aランク:安藤広重の「東海道五十三次
Bランク:安藤広重の「東海道五十三次
Cランク:安藤広重の「東海道五十三次
安藤広重の「東海道五十三次
日本橋を正面に据えて、早朝、大名行列が橋を渡って国へ帰ろうとしています。また、左手前には魚
タイトルは、「江戸時代の日本橋」です。日本橋を正面から描いています。
JR東日本
タイトルは、「日本橋と富士山」です。日本橋を斜め横から描いています。
安藤広重の「東海道五十三次
東海道とそこを西進する大名行列の最後尾、そして、右に八つ山、左に海(現・東京湾)を描いています。
JR東日本
タイトルは、「東海道五十三次 品川宿」です。安藤広重の「東海道五十三次
このシリーズ
安藤広重画「東海道五十三次
1.日本橋:09/10/27 〜 55.京都:11/3/19
安藤広重画「東海道五十三次
1.東京:12/9/29 2.神奈川:12/9/30
一里塚
1.東京・神奈川:12/3/29-31 2.静岡:12/4/25-30
3.愛知:12/5/25-27 4.三重:12/6/9-10
5.滋賀・京都:12/7/7-8
番外編
1.箱根大名行列:11/11/6 2.東海道検定3級:12/3/20
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みなさん、こんにちは。
慶長6(1601)年、徳川家康が宿駅伝馬制度を設けて、全国の街道に1里(約3.927㎞)ごとに一里塚を設置させました。東海道は、東京(江戸)日本橋から京都三条大橋間の126里。現在その間の98について、一里塚が残り、または、標柱、石碑、説明板が設置されています。
私は、旧東海道を「完歩
115/126里:夏見:現存しません。
116/126里:石部
湖南市石部西1丁目11。県道118号から2本西の道、「石部西」交差点
117/126里:六地蔵
栗東市六地蔵。旧東海道が県道116号と並走するあたり、「和中散本舗大角弥右衛門家」(「大角氏庭園」は国指定名勝)から約350m先。現在は取り壊されて、小公園内に復元した小さな塚と桜
118/126里:目川
栗東市目川。金勝川の堤防ぞいの道、草津市に入って左にカーブした辺り。「東海道分間絵図」(1690年)には、右側に椋、左側に榎が描かれています。“目川村の一里塚は、現在の鎌田屋敷の東隅とその向かいの旧北野屋敷の西隅にあり、椋の大木があったといわれ…ている。”しかし、現在は取り壊されて、道路の右側に石柱と説明板、左側(カーブミラー・ポール中央)に説明板が設置されています。(左右:08/5/31)
草津市野路町。国道1号と「かがやき通り」が交わる「野路町」交差点
120/126里:月輪池(大萱・瀬田)
大津市一里山2丁目18。旧東海道が市道(「学園通り」)と交叉する「一里山二丁目」交差点
121/126里:鳥居川:現存しません。
122/126里:大津:現存しません。
123/126里:大谷:現存しません。
124/126里:御陵:現存しません。
これら4つの一里塚は、江戸末期に既に消失していたとされています。
125/126里:欠番
126/126里:三条大橋
東海道はここで終点です。三条大橋は、現在の東山区大磯町(西岸)と中京区中島町(東岸)を結ぶ鴨川に架かる橋です。東海道はここで終点です。一里塚はありませんが、現在、「弥次喜多」の銅像が建てられています。三条大橋は東海道の西の起点となりますから、銅像横の立て札には、「ふれあいの弥次喜多さん 旅は道づれ世は情 道中安全願いつつ ふれて楽しい旅のはじまり」と書かれています。(右:08/5/31)
「旧東海道53次を完歩しました−全ての一里塚 」シリーズも今回が最終回。「東京・神奈川」編から「滋賀・京都」編まで併せて合計16回でした。
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安藤広重画「東海道五十三次
1.日本橋:09/10/27 〜 55.京都:11/3/19
番外編
1.箱根大名行列:11/11/6 2.東海道検定3級:12/3/20
一里塚
1.東京・神奈川:12/3/29-31 2.静岡:12/4/25-30
3.愛知:12/5/25-27 4.三重:12/6/9-10
5.滋賀・京都:12/7/7-8
なお、新しく「旧甲州街道を完歩しました−全ての一里塚
お時間がありましたら、またご覧
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