旧東海道を完歩−広重画現在風景

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みなさん、こんにちは。
 
私は、旧東海道を「完歩」し、ここブログで、安藤広重の描いた「東海道五十三次の各地点の現在風景の写真を公開しました。
そして、現在、多くの鉄道は利用者へのサービスの一環としてスタンプを備え置いていますが、そのスタンプの幾つかのデザインは、安藤広重の「東海道五十三次のデザインと類似点があります。
そこで、今回は、安藤広重の「東海道五十三次とデザインが共通・似する鉄道スタンプを、3ランクに分けて紹介しています。


ランク:安藤広重の「東海道五十三次を、鉄道駅スタンプのデザインが意識している、または、一致するもの。
ランク:安藤広重の「東海道五十三次と鉄道駅スタンプのデザインが類似するもの。
ランク:安藤広重の「東海道五十三次の一部を、鉄道駅スタンプのデザインがあしらっているもの。


 
イメージ 134吉田の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「豊川之橋」です。
下半分に豊川を描き、手前右端に修理中の吉田城、左に豊川橋、奥には蓬来寺山の遠景を描いています。
 
 
 
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JR東海「豊橋駅」(東海道線):ランク
タイトルは、「手筒花火発祥の地の駅」です。
左に大きく吉田城、右に手筒花火を抱える花火師を据えています。手筒花火は、約1mの竹筒に火薬を詰め、それを人が抱えながら行う吹き上げ式の花火で、火柱は10数mにもなります。愛知県豊橋市の吉田神社が発祥の地とされています。
 
 
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38岡崎の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、矢矧橋(やはぎ)です。
中央に矢作川に架かる矢作橋(矢矧橋)を西岸から描いています。矢作橋上では長い大名行列の一行が進み、向う岸(東岸)の奥には、連なる山々、岡崎城と城下町(岡崎の宿)を描いています。
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JR東海「岡崎駅」(東海道線):ランク
タイトルは、「天下人家康ゆかりの地の駅」です。
左に大きく岡崎城、右に徳川家康を据えています。徳川家康(幼名、竹千代)は、1542(天文11年)、岡崎城にて誕生しました。
 
 
 
(参考)
愛知県内の鉄道駅スタンプ。旧東海道は、34吉田の宿から40鳴海の宿まで、JR東海「東海道線」から離れて名鉄「名古屋線」沿いを通りますが、名鉄「名古屋線」の各駅には駅スタンプが置かれていません。また、JR東海の駅の中でも、「二川駅」(33二川の宿)、「神宮前駅」・「熱田駅」(41宮の宿)は、駅スタンプを置いていません
 
42桑名の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「七里渡口」です。
旧東海道は、41宮の宿(尾張国・現在の愛知県)から42桑名の宿(伊勢国・現在の三重県)まで、渡し舟を利用した移動になります。その距離は約7里(28km)であるのため、の宿と桑名の宿の渡し舟の乗り場を、七里の渡口と呼びました。広重は、七里の渡し口と桑名城、伊勢湾と行き交う帆掛け舟描いています。
現在は、七里の渡口付近は「九華公園」となって、かつて七里の渡しに面して建てられていた桑名城の蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)を模した、水門統合管理所(二階建て)が
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建てられています(右
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JR東海「桑名駅」(関西本線):ランク
タイトルは、「伊勢路の玄関口・宿場町の駅」です。
七里の渡口と桑名城の蟠龍櫓(水門統合管理所)をあしらっています。
 
 
 
 
 
 
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46関の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、本陣早立です。
本陣とは、宿場に於いて、参勤交代の大名や公家、公用の幕臣などが利用した格式の高い宿泊施設を言いますが、広重画は、大名の一行が46関の宿の本陣を早朝出発する様子を描いています。川北本陣がモデルと言われています。
 
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JR東海「関駅」(関西本線):ランク
タイトルは、「東海道唯一の重伝建地区」、「東海道五十三次 関宿 四十七番目の宿場まち」です。三重県亀山市にある関宿では、1.8kmにわたる町並みに江戸時代に作られた建物が200軒以上残り、東海道の宿場町の中で唯一国の重要伝統的建築物郡保存地区(重伝建地区)として国の重要文化財に指定されています。
関駅の駅スタンプは、関宿全体の街並みをあしらっています。
 
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54京都
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「三条大橋」です。東海道の終着点(起点)です。鴨川に架かる三条大橋を東岸から描いています。後方に横たわるのは東山連峰です。
 
 
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京阪電鉄「三条駅」(関西本線):ランク
左半分に、三条大橋、右半分は、上部に京阪電車、下部に高山彦九郎像を、シルエットであしらっています。高山彦九郎は、江戸時代後期の尊皇思想家。1928(昭和3)年に建てられたその銅像は、現在も、三条大橋東詰(京阪三条駅の入口近く)で京都御所に向かって平伏して拝礼しています。
 
このシリーズは、まだ続きます。よろしければ、バック・ナンバーもご覧ください。
安藤広重画「東海道五十三次」現在風景
1.日本橋09/10/27 〜 55京都11//19
安藤広重画「東海道五十三次」と鉄道駅スタンプ
1.東京12//29        2.神奈川12//30
3.静岡12/10/20        4.愛知・三重・京都12/11/10
番外編
1.箱根大名行列11/11/6    2.東海道検定3級12//20
一里塚
1.東京・神奈川12//29-31   2.静岡12//25-30
3.愛知12//25-27       4.三重12//9-10
5.滋賀・京都12/7/7-8
みなさん、こんにちは。
 
私は、旧東海道を「完歩」し、ここブログで、安藤広重の描いた「東海道五十三次の各地点の現在風景の写真を公開しました。
そして、現在、多くの鉄道駅は利用者へのサービスの一環としてスタンプを備え置いていますが、そのスタンプの幾つかのデザインは、安藤広重の「東海道五十三次のデザインと類似点があります。
そこで、今回は、安藤広重の「東海道五十三次とデザインが共通・類似する鉄道駅スタンプを、3ランクに分けて紹介しています。 
ランク:安藤広重の「東海道五十三次を、鉄道駅スタンプのデザインが意識している、または、一致するもの。
ランク:安藤広重の「東海道五十三次と鉄道駅スタンプのデザインが類似するもの。
ランク:安藤広重の「東海道五十三次の一部を、鉄道駅スタンプのデザインがあしらっているもの。  
 
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11三島の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「朝霧」です。
朝霧のけむる三島神社の鳥居前で、早や立ちの馬やかごに乗って出発する旅人たちを描いています。
 
 
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JR東海「三島駅」(東海道線):ランク
タイトルは、「三嶋大社・せせらぎの町」です。中央に「三嶋大社」の鳥居を据えて、その上部に富士山中部に桜(三島市の花)やあやめの花々、下部に東海道新幹線300系でしょうか)を描いています。
 
 
 
 
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13原の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「朝之富士」です。
原の宿の外れの浮島が原あたり、朝日を浴びる雄大な富士山と、そのふもとで街道を急ぐ旅人たちと仲良く餌をついばむつがいの鶴を描いています。

 
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JR東海「片浜駅」(東海道線):ランク
「片浜駅」は、「原駅」の東隣の駅です。タイトルは、「緑豊かなふれあいの町」です。
背景に大きく富士山を据えて、その麓に広がる平原地帯と波立つ駿河湾を描いています。
 
 
 
 
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15蒲原の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「夜之雪」です。
森々と降る雪と静まり返った人家と遠山を描いています。地元の人らしき3人が深く積もった雪道を歩いています。安藤広重の「東海道五十三次の中で最高傑作という評価もある画です。
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JR東海「蒲原駅」(東海道線):ランク
タイトルは、「今は昔東海道五十三次 蒲原宿」です。
中央に「蒲原宿」というタイトルと共に、安藤広重の「東海道五十三次蒲原の宿「夜之雪」)の画をそのまま大きく据えています。そして、そのまわりに、東海道の旅道具(三度笠・道中振分け・小刀)と土地の名産品(みかん、びわ、桜えび)を描いています。
 
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16由比の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、薩埵峠です。
中央に富士山、左に薩多峠道の断崖、富士山の下には大きく広がる駿河湾と浮かぶ帆舟を描いています。
 
JR東海「興津駅」(東海道線):ランク
「興津駅」は、「由比駅」の西隣の駅です。タイトルは、「薩垂峠と富士山」です。
安藤広重の「東海道五十三次由比の宿「夜之雪」)の構図そのままです。現在、駐車場先の小展望台から眺めるこの光景は富士山の絶景(下右として有名で、好天の日はいつも多くの観光客
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でにぎわっています。
 
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20鞠子(丸子)の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「名物茶屋」です。
山沿いのとろろ汁を売る名物茶屋を描いています。店前には、とろろ汁を食べる2人の旅人ととろろ汁を運ぶ女店員、街道には仕事に向う農夫がいます。
 
JR東海「安倍川駅」(東海道線):ランク
タイトルは、「東海道五十三次 丸子宿」です。
上半分に安藤広重の「東海道五十三次鞠子の宿「名物茶屋」)の画をそのまま据えています。そして、その下に、芭蕉碑と俳句(梅わかな 丸子の宿の とろろ汁)、安倍川もちを描いています。安藤広重の画のモデルとなった「名物茶屋」は、現在、「丁子屋」として営業
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(下右とろろ汁をふるまう人気有名店です。
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このシリーズは、まだ続きます。よろしければ、バック・ナンバーもご覧ください。
安藤広重画「東海道五十三次」現在風景
1.日本橋09/10/27 〜 55京都11//19
安藤広重画「東海道五十三次」と鉄道駅スタンプ
1.東京12//29        2.神奈川12//30
3.静岡12/10/20
番外編
1.箱根大名行列11/11/6    2.東海道検定3級12//20
一里塚
1.東京・神奈川12//29-31   2.静岡12//25-30
3.愛知12//25-27       4.三重12//9-10
5.滋賀・京都
みなさん、こんにちは。
 
私は、旧東海道を「完歩」し、ここブログで、安藤広重の描いた「東海道五十三次の各地点の現在風景の写真を公開しました。
そして、現在、多くの鉄道駅は利用者へのサービスの一環としてスタンプを備え置いていますが、そのスタンプの幾つかのデザインは、安藤広重の「東海道五十三次のデザインと類似点があります。
そこで、今回は、安藤広重の「東海道五十三次とデザインが共通・類似する鉄道駅スタンプを、3ランクに分けて紹介しています。


ランク:安藤広重の「東海道五十三次を、鉄道駅スタンプのデザインが意識している、または、一致するもの。
ランク:安藤広重の「東海道五十三次と鉄道駅スタンプのデザインが類似するもの。
ランク:安藤広重の「東海道五十三次の一部を、鉄道駅スタンプのデザインがあしらっているもの。


 
04保土ヶ谷の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「新町橋」です。
帷子川に架かる新町橋(帷子橋)とその先の保土ヶ谷の宿描いています。現在は、かつて新町橋があったほぼ同じ場所、「天王町駅前公園」内に、安藤広重の「東海道五十三次のデザイン通りのモニュメント
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が再現されています(右
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JR東日本「保土ヶ谷駅」(横須賀線):ランク
「天王町駅前公園」内の前記モニュメントをそのままデザインしています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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09小田原の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「酒匂川」です。
手前に、酒匂川とその川を渡る人々、奥に箱根連峰、小田原城と城下町(小田原の宿)を描いています。
 
 
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JR東日本「小田原駅」(東海道線):ランク
3種類あります。①小田原城と小田原提灯(右)、②小田原城と富士山、大名行列(左下)、③タイトル「東海道新幹線乗車記念」。小田原城と武士、東海道新幹線(右下)です。
 
 
 
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小田急「小田原駅」(小田原線):ランク
3種類あります。①小田原城(右)、②タイトル「歴史の要、小田原城」。小田原城とお猿の駕籠屋(左下)、③小田原城と女の子(右下)です。
 
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安藤広重画「東海道五十三次」現在風景
1.日本橋09/10/27 〜 55京都11//19
安藤広重画「東海道五十三次」と鉄道駅スタンプ
1.東京12//29     2.神奈川12//30
一里塚
1.東京・神奈川12//29-31   2.静岡12//25-30
3.愛知12//25-27       4.三重12//9-10
5.滋賀・京都12//7-8
番外編
1.箱根大名行列11/11/6    2.東海道検定3級12//20
みなさん、こんにちは。
 
私は、旧東海道を「完歩」し、ここブログで、安藤広重の描いた「東海道五十三次の各地点の現在風景の写真を公開しました。
そして、現在、多くの鉄道駅は利用者へのサービスの一環としてスタンプを備え置いていますが、そのスタンプの幾つかのデザインは、安藤広重の「東海道五十三次のデザインと類似点があります。
そこで、今回は、安藤広重の「東海道五十三次デザインが共通・類似する鉄道駅スタンプを、3ランクに分けて紹介します。 


ランク:安藤広重の「東海道五十三次を、鉄道駅スタンプのデザインが意識している、または、一致するもの。
ランク:安藤広重の「東海道五十三次と鉄道駅スタンプのデザインが類似するもの。
ランク:安藤広重の「東海道五十三次の一部を、鉄道駅スタンプのデザインがあしらっているもの。 


 
イメージ 100日本橋
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「朝之景」です。
日本橋を正面に据えて、早朝、大名行列が橋を渡って国へ帰ろうとしています。また、左手前には魚河岸の朝市の買い出しを済ませたばかりの、桶をかつぐ魚屋たちが描かれています。
 
イメージ 2東京メトロ「日本橋駅」(銀座線・東西線(右)ランク
タイトルは、「江戸時代の日本橋」です。日本橋を正面から描いています。
 
 
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JR東日本「新日本橋駅」(総武線)(左)ランク
タイトルは、「日本橋と富士山」です。日本橋を斜め横から描いています。
 
 
イメージ 401品川の宿
安藤広重の「東海道五十三次のタイトルは、「日之出」です。
東海道とそこを西進する大名行列の最後尾、そして、右に八つ山、左に海(現・東京湾)を描いています。
 
 
 
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JR東日本「品川駅」(東海道線・山手線など):ランク
タイトルは、「東海道五十三次 品川宿」です。安藤広重の「東海道五十三次のデザインをそのまま使用しています。
 
 
 
 
 
 
このシリーズは、まだ続きます。よろしければ、バック・ナンバーもご覧ください。
安藤広重画「東海道五十三次」現在風景
1.日本橋09/10/27 〜 55京都11//19
安藤広重画「東海道五十三次」と鉄道駅スタンプ
1.東京12/9/29        2.神奈川12/9/30
一里塚
1.東京・神奈川12//29-31   2.静岡12/4/25-30
3.愛知12//25-27       4.三重12/6/9-10
5.滋賀・京都12/7/7-8
番外編
1.箱根大名行列11/11/6    2.東海道検定3級12//20
みなさん、こんにちは。
 
慶長6(1601)年、徳川家康が宿駅伝馬制度を設けて、全国の街道に1里(約3.927㎞)ごとに一里塚を設置させました。東海道は、東京(江戸)日本橋から京都三条大橋間の126里。現在その間の98について、一里塚が残り、または、標柱、石碑、説明板が設置されています。
私は、旧東海道を「完歩」し、ここブログで、安藤広重の描いた「東海道五十三次」の各地点の現在風景の写真をシリーズで公開しました。今回は、旧東海道中に現存する全ての一里塚を紹介します。
 
115/126里:夏見現存しません。
 
116/126里:石部
湖南市石部西1丁目11県道118号から2本西の道、「石部西」交差点手前約50m。道路右側。「東海道分間絵図」(1690年)には、両側に榎が描かれています。しかし、現在は取り壊されて、電柱に木製標識と説明板が取り付けられています。(左右:08/5/31
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117/126里:六地蔵
栗東市六地蔵。旧東海道が県道116号と並走するあたり、「和中散本舗大角弥右衛門家」(「大角氏庭園」は国指定名勝から約350m先。現在は取り壊されて、小公園内に復元した小さな塚と桜の木、石柱が設置されています。江戸時代、この付近は、石部の宿と草津の宿の間(あい)の宿である「梅木(うめのき)宿」と呼ばれていました。徳川家康の腹痛を治したことで有名になった道中薬「和中散」を扱う薬屋が多く、旅人の休憩所としても賑わったと言います。一里塚の石柱の隣の石碑には、『東海道名所図絵「梅木」』が描かれています。(左右:08/5/31
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118/126里:目川
栗東市目川。金勝川の堤防ぞいの道、草津市に入って左にカーブした辺り。「東海道分間絵図」(1690年)には、右側に椋、左側に榎が描かれています。“目川村の一里塚は、現在の鎌田屋敷の東隅とその向かいの旧北野屋敷の西隅にあり、椋の大木があったといわれ…ている。しかし、現在は取り壊されて、道路の右側に石柱と説明板、左側(カーブミラー・ポール中央)に説明板が設置されています。(左右:08/5/31
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草津市野路町。国道1号と「かがやき通り」が交わる「野路町」交差点の左前角にある「上北池公園」内。左(南)側に説明板、右(北)側に石碑が設置されています。“野路一里塚は、この石碑より北西に約30mの所と道路を挟んだ北東約20mの所の2ヶ所にあった。明治14年頃に私有地に払い下げられ、消滅するに至った。”“東海道分間延絵図(文化3年作成)には、ここ野路の北川の北方の街道の両側にも、長い松並木とともに一里塚が描かれているが、その木立は天保14年作成の東海道宿村大概帳や元禄3年刊行の東海道分間絵図によれば、双方とも松であったことが明らかである。(左右:08/5/31
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120/126里:月輪池(大萱・瀬田)
大津市一里山2丁目18。旧東海道が市道(「学園通り」)と交叉する「一里山二丁目」交差点の左前角。石碑と説明板が設置されています。ここにあった一里塚は東海道の大津と草津の間に位置するもので、大きな松の木が植えられた塚でしたが、惜しくも明治末期に取り除かれました。その場所は旧道と広い市道の交差しているこの地点にあたります。現在の一里山という地名が一里塚のあったことを物語っています。(左右:08/5/31
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121/126里:鳥居川現存しません。
122/126里:大津現存しません。
123/126里:大谷現存しません。
124/126里:御陵現存しません。
これら4つの一里塚は、江戸末期に既に消失していたとされています。
 
125/126里:欠番
 
126/126里:三条大橋イメージ 11
東海道はここで終点です。三条大橋は、現在の東山区大磯町(西岸)と中京区中島町(東岸)を結ぶ鴨川に架かる橋です。東海道はここで終点です。一里塚はありませんが、現在、「弥次喜多」の銅像が建てられています。三条大橋は東海道の西の起点となりますから、銅像横の立て札には、「ふれあいの弥次喜多さん 旅は道づれ世は情 道中安全願いつつ ふれて楽しい旅のはじまり」と書かれています。(右:08/5/31
 
旧東海道53次を完歩しました−全ての一里塚 」シリーズも今回が最終回。「東京・神奈川」編から「滋賀・京都」編まで併せて合計16回でした。
1回でもご覧になってくださった方々、どうもありがとうございました。
 
このシリーズは、まだ続きます。よろしければ、バック・ナンバーもご覧ください。
安藤広重画「東海道五十三次」現在風景
1.日本橋09/10/27 〜 55京都11//19
番外編
1.箱根大名行列11/11/6    2.東海道検定3級12//20
一里塚
1.東京・神奈川12//29-31   2.静岡12/4/25-30
3.愛知12//25-27       4.三重12/6/9-10
5.滋賀・京都12/7/7-8
 
なお、新しく旧甲州街道を完歩しました−全ての一里塚」シリーズ(全9回)を開始いたします。
お時間がありましたら、またご覧ください。

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