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ベトナムに行ってきました:ベトナム人の特徴Part1.
みなさま,こんにちは。
私は,年末年始(12月29日〜1月2日)に,ベトナム旅行をしてきました。
ベトナムは3年ぶり2度目。前回はホーチミン・シティ3泊。今回は,ハノイ1泊,ハロン1泊,ホイアン2泊です。
そこで,「海外旅行 第7回は,「ベトナム編 」です。 今回は,2度のベトナム旅行を通じて,これってベトナム人の特徴かも?と印象に残ったことを
第
(アオザイとは,スリットの入った細身のワンピース(チャイナ・ドレス)の下に長ズボン。) ちなみに,昨年WHO発表の肥満率は,男性は1.2%(世界平均15.3%),女性は2.0%(22.4%)だそうです。ベトナムは食糧事情は決して悪くないのに,これは驚異的です。
あと,ベトナム人の肌の色。東南アジア諸国のように茶褐色ではありません。むしろ日本人とあまり変わらないというのも特徴の1つだと思います。
第
ベトナム人が話す日本語の発音に一応に共通しているのは,「つ(tsu)」が「ちゅ(tyu)」になり,「さ(sa)」が「しゃ(sya)」になること。数度指摘しても直りません。
一方,ベトナム語。私は当初興味がありました。しかし,声調が5つあるそうです(私は声調が4つの中国語ですら,途中で挫折しました)。また,北部と南部では発音が異なるそうです(北部ベトナム語は固くイギリス英語のよう,南部ベトナム語はくだけてアメリカ英語のようとか)。これらを聞かされて,私はベトナム語をマスターする意欲が消えました。
第
今回,ハノイを歩いてみて,お店の人に,全く笑顔が無いことに驚きました。みんな無表情で淡々と仕事をしています。屋台や露店のおばちゃん,おっちゃん,ホテル内のスタッフ,みんなそうでした。
この素っ気なさは,私が出会った人々に限ったものではないようです。北部のハノイと南部のホーチミン・シティでは,人々の気質が異なると言います。北部は陰気で質素,南部は陽気でいいかげんだそうです。
第
ベトナム人の平均収入。都市部では,月給は約500ドル(6万円)。一方,メコン川流域では,年収900ドルと聞きました。
ただ,都市部では,スマホの所有率が約80%,そのうち約60%がi-Phoneとか。端末代金は日本と変わりませんから月収以上,毎月の通信料は約500円だそうです。特にSNSが大流りでFaseBookやlineが一般的。Twitterは知らないと言われました。
実は私はline参加に出遅れ,その後も参加すると面倒と登録していなかったのですが,ベトナム人ガイド(25歳・女性)の1人にスマホを取り上げられてその場で登録させられてしまいました(登録していないと田舎者よ,と言われました・苦笑)。
(なお,登録しただけで,その日のうちに,昔の4人の日本人の友達からline連絡が入りました。これって何??)
第
ガラ・ディナーとは,アジアの多くのリゾート・ホテルで大晦日やクリスマスイブなどに催される特別なディナー・ショーです。
私の今回の旅行の目的の1つは,ガラ・ディナーでした。私が大晦日に泊まったのは,ホイアンのホイ アン・トレイルズ・リゾート&スパ。18時半からカクテル・タイムに続いて,ホテル・スタッフによる歌や演奏,ダンス・ショー。とにかくスタッフ達による「手作り感」一杯でした。ディナーはバイキング形式,途中には獅子舞が練り歩き,プレゼント抽選会(私は,シルク・スカーフが当選しました)で22時頃に幕を閉じました。
(カウントダウン・パーティーは場所を変えて,11時55分から。)
このシリーズは,まだ続きます。よろしければ,バック・ナンバーもご覧 ください。
1.ニューカレドニア:09/11/1 2.香港:11/3/5-6
3.中国 (旅順・大連):11/12/10-11 4.ハワイ (オアフ島・ハワイ島):12/2/12・3/9 5.ベトナム(ホーチミンシティ・メコン河):12/3/24-25
6.インド(バラナシ・サルナート):14/3/8-9
7.ベトナム(ベトナム人の特徴):16/1/30-31
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海外旅行に行ってきました
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みなさま,こんにちは。
私は,年末年始(12月29日〜1月2日)に,ベトナム旅行をしてきました。
ベトナムは3年ぶり2度目。前回はホーチミン・シティ3泊。今回は,ハノイ1泊,ハロン1泊,ホイアン2泊です。
そこで,「海外旅行
第7回は,「ベトナム編 」です。
今回は,2度のベトナム旅行を通じて,これってベトナム人の特徴かも?と印象に残ったことを10個書いてみます。今日は前半の5つを。
まず,第
ベトナムがバイク社会で道路はバイクの洪水で埋め尽くされることは,前回の旅行で既に承知していました。
今回最も驚いたことは,自動車
ベトナムで前の車を追い越すときは,反対車線に出ます。追い越し前に,前の車にクラクション
第
大都市での車の制限速度は時速50km,罰金は200万ドン(日本円約1万円弱)。多くの運転手は胸ポケットに40万ドン(約2千円弱)を入れていて,捕まった時に警察官
第
ベトナムへの旅行者は,1週間程度の滞在なら,米ドルさえあれば,現地通貨ドンが無くても生活(飲食・観光)できます。現地ガイドには,米ドルを持っているならば,日本円の両替は手数料を考えれば損になるからやめるように言われました。
左は,ダナン最大のハン市場。右は,ホーチミン・シティ最大のビンタイ市場。どちらも,まずはぼったくり価格からスタートです。
私が考えるその理由は,米ドルが世界通貨であることの他に,ベトナム・ドンの価値が安すぎることだと思います。ベトナム1万ドンは,約55日本円,約0.45米ドルです。価格が数十万ドンの商品はざらです(“0”がいくつもある)から,そのぶんドンの紙幣や硬貨はとても使い勝手が悪いのです。
なお,意外だったのは,レストランなどで,地元ビール
第
ベトナムは1887年〜1945年にフランスの植民地でした。また,1960年〜75年にベトナム戦争によりアメリカの爆撃を受けました。しかし,現在,ベトナム人の間には,反米・反仏感情はほとんど無いようです。
かつてベトナム難民(ボート・ピープル)の多くは,アメリカに渡りました。現在,多くのベトナムのエリート層は,豊かな生活に憧れてベトナムを捨てアメリカに渡ります。多くのベトナム人にとって,アメリカは親戚が暮らす国になっています。実際,ベトナムを訪れる最多の外国人はアメリカ人。その多くはベトナム系アメリカ人だそうです。なお,政治的にも,ベトナムは社会主義国とは言え,対中関係の緊張からア親米路線に舵をきっているようです。
ちなみに,ASEAN主要6か国において,日本への好感度はベトナムがトップであることは,既に紹介したところです。
第
ベトナムは社会主義国で,政治はベトナム共産党の1党独裁。この点は中国と同様ですが,異なるのは,信教の自由が保障されていること。
国民の8割は仏教徒だそうです。仏教の中でも,日本と同じ,大乗仏教です。なお,隣国のスリランカ,ミャンマー,タイ,ラオス,カンボジアなどが,小乗仏教です。ただ,ベトナム仏教が日本と異なる点は,仏教の中に宗派はないこと,また,お祈りするときに唱える呪文が無いことです。
なお,ダナンのリン・ウン寺には,ベトナム最大(高さ67m)の観音像(Lady Budda)があります。拝観料も仏像の中に入るのも無料です。
明日は,後半の
このシリーズ
1.ニューカレドニア:09/11/1 2.香港:11/3/5-6
3.中国 (旅順・大連):11/12/10-11
4.ハワイ (オアフ島・ハワイ島):12/2/12・3/9
5.ベトナム(ホーチミンシティ・メコン河):12/3/24-25
6.インド(バラナシ・サルナート):14/3/8-9
7.ベトナム(ベトナム人の特徴):16/1/30-31
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みなさま,こんにちは。
私は,2月25日からインド
そこで,「海外旅行に行ってきました
第6回は,「インド編
インドは,仏教発祥の国です。紀元前6世紀頃,ネパールのルンビニで誕生したゴータマ・シッダールタ(釈迦)は,インド東部のブッダガヤで仏教の悟り
サルナート(Salnath)は,バラナシ(Varanasi)の北約10kmにあります。この付近には鹿が多く生息しており、サルナートという名前は、鹿の主を意味するサーランガ・ナータが縮まったものです。鹿野苑とも表されます。バラナシからサルナートまでの道は部分舗道とはいえ,かなりでこぼこ。あちらこちらに穴があいています。車
釈迦が初めて仏法を5人のバラモン教修行者に説教した光景は,ムルガンタ・クティ寺院(根本香積堂)の中にオブジェとして再現されています。このモニュメントは,ネパール国王が寄進したものだそうです。
ムルガンタ・クティ寺院は,1931年にスリランカ人僧侶が建立した仏教寺院。寺院の中には本尊として金色の釈迦像,壁には釈迦が生誕し,悟りを開き,説法を初めて行い,亡くなった4つの光景が,1936年日本人画家
サルナートの最大の目玉は,ダメーク・ストゥーパ(法眼塔)です。釈迦の死後,仏教を庇護して各地への布教に大きく貢献したのは,紀元前3世紀のマウリヤ朝アショカ王
ダメーク・ストゥーパは,ダメーク・ストゥーパ・モニュメントサイト(遺跡公園)(鹿公園)の中にあります。遺跡公園入口を入ると正面にあるのが,同じくアショカ王が建てたダルマラージカ・ストゥーパの跡。アショカ王
なお,後に発掘された仏像などは遺跡公園内の博物館に展示されています。必見ですが,こちらは写真撮影(カメラ
ダメーク・ストゥーパ・モニュメントサイト(遺跡公園)は,有料(外国人100ルピー
インドの子供たちはとてもかわいいと思いました。目がぱっちり,くりくり。子供たちから写真を撮るよう何度もねだられました。最初は,後からモデル代を請求されるのではないか,カメラ
なお,インドでは,物請いの子供たちもとても多いです。都市部でも観光地でも,その存在は日常の光景です。彼らは,右の手のひらの上に1ルピー硬貨を2,3枚置いてそれを落ちないように2本の指で押さえながら,その手を差し出します。上の写真は,物請いの子供ではありません。念のため。
私は仏教徒
そのような私ですが,サルナートを旅して,自分が今いるところとまさに同じ場所を,約2千5,6百年前に(お)釈迦(様)が歩き周囲の人々に悟ったばかりの仏法真理を説いていたことに想いを馳せると,強い感動
今回の写真
このシリーズ
1.ニューカレドニア:09/11/1 2.香港:11/3/5-6
3.中国
4.ハワイ
5.ベトナム(ホーチミンシティ・メコン河):12/3/24-25
6.インド(バラナシ・サルナート):14/3/8-9
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みなさま,こんにちは。
私は,2月25日からインド
そこで,「海外旅行に行ってきました
第6回は,「インド編
バラナシ(ベナレス)は,北東インドにあるガンジス河(ガンガー)沿いのヒンズー教の聖地です。1,500万人都市であるデリーとコルカタ(カルカッタ)のほぼ中間,ネパールの南約250kmにあります。
バラナシは,ヒンズー教徒の巡礼の地です。ヒンズー教徒は,バラナシ
ガンジス河は,全ヒンズー世界の神聖な水の源流であり,母なる女神です。不浄なものを浄化します。生者がガンジス河で沐浴をすれば,過去の罪は一切清められるそうです。沐浴の時間は日の出
老いも若きも,男も女も,インド中のヒンズー教徒がこのバラナシに沐浴にやってきます。みなの表情は一様に真剣ですが,中には嬉しそうにはしゃいでいる人もいます。左は,衣服から南インドから来た女性の団体さんだそうです。
私自身,沐浴にためらいがありました。が,罪を流せると聞いて,この日は「なんちゃって
私がバラナシに昔初めて興味を持ったきっかけは,さいとう夫婦著「バックパッカー・パラダイス」
川辺にはいろいろな人たちがいます。ヒンズー教の僧侶が赤色の衣を着て座っておられました。また,洗濯屋さんが板に衣服を叩きつけて洗っていました(シャツとズボン
バラナシのガートの中間地点(マニカルニカ)に火葬場があります。ここでは24時間火が消えることはありません。死体を焼いている光景は,写真撮影
焼かれた骨
ガンジス河と言えば,「ガンジス河でバタフライ」を思い出します。たかのてるこ著の小説
私はたかのさんのファンです。しかし,特に早朝は,外国人観光客(興味本位の部外者)にとっては,沐浴を邪魔しないよう水上ボートから遠巻きに眺める
街は刺激度マックスですが,同時に全身の力が抜ける感覚もあります。もう何でもアリ,何でも許されてしまうようなバラナシでした。
今回の写真
このシリーズ
1.ニューカレドニア:09/11/1 2.香港:11/3/5-6
3.中国
4.ハワイ
5.ベトナム(ホーチミンシティ・メコン河):12/3/24-25
6.インド(バラナシ・サルナート):14/3/8-9
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