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前回の続きから
沼ノ沢駅裏手で無事に夕張新鉱の斜坑抗口を発見することができ、次の目的地へと移動します。その目的地は斜坑から300メートルほど離れた場所にある橋です。
その名の通り夕張新鉱が営業開始をした時期に作られた橋です。反対車線側の欄干に付けられた銘板には、昭和50(1975)年12月竣工と文字が刻まれています。
当時の沼ノ沢駅には、夕張新鉱で掘り出された石炭を製品化するための巨大な選炭工場が建てられていました。
ここで積み込まれた石炭は苫小牧港まで送られた後、石炭運搬船に積み替えられて本州方面の製鉄所やガス会社へと出荷されました。夕張新鉱の地下深くで産出される石炭は世界でも稀にみる、極めて品質の良い原料炭であったため、主に製鉄用コークスや都市ガスの原料として使われました
……おや?背景に何か珍しいものが写っています。
荷台の形状からすると散水車か何かだろうか?
それほどボロくは見えないのでまだ現役のトラックなのでしょう。
立坑のある清陵町地区からは結構離れているため、ここには選炭工場で勤務する鉱員・職員が住んでいたのではないかと思われます。なお、今では夕張市の市営住宅となっています。
鉱員アパートを通り過ぎ、畑の中の道路を快適に走りつつも目は左右の脇道を見やる。うーん、たしかこの辺だったはず……お、それっぽい道を発見!左に曲がって入っていく。
結構急な登り坂、ギアを2速に落としアクセルを吹かせ気味にして駆け上ると、坂の上に一軒の小さな農家があった。そしてその脇には赤いトラクターに乗ったオジさんが「……誰だコイツは?」という顔でこちらを見ている。ここの家の人がいるのなら話は早い。自分は長江にまたがりながら本題を切り出した。
「あのーすいません、この奥にある夕張新鉱のズリ山を見たいのですが」
メガネをかけた小柄なオジさんはニヤリと笑ってこう言った。「見たいのかい?」
自分は「ハイ!」と即答した。
少々ぶっきらぼうな口調だが根は良さそうな人だ。ありがとうございますと礼を言い、畑にそって100メートルほど進むと、そこにズリ山があった。
以前から来たい来たいと思っていた夕張新鉱のズリ山。間近で見ると山にしてはあまり高さを感じず、のっぺりとした印象を受ける。
ズリ山のふもとは、ここの農家の農機具置き場と化しているみたいだ。自分の長江もここに置き、あとは徒歩で登ることにした。
うーん、だけど思っていたよりも傾斜がきついな。ジャケットを着たままだったので暑くて息が切れる。
だがこれでいいのだ、景観よりも「この場所にいる」事のほうが重要なので。
これが夕張新鉱の原料炭か……。ズリなので多少はカロリーが低いと思われるがよく燃えそうだ。
だけどまぁ、冬眠前のヒグマに遭わずに済んだと考えればよしとしよう。単独行なのであまり無理はできないし。
……来年の春になればゲートは開いているだろうか?
ここにあるのは夕張新鉱の清陵町側通洞だ。当時、鉱員達はここからトンネル内を走る電車に乗って立坑地区にある総合事務所へと通勤していた。
ここには今でも訪れる人が多いのだろう、足元に生えている草の多くは倒れており歩きやすくなっていた。
北炭が世界に誇る最新鋭の炭鉱として1975年に産声を上げ、1981年10月16日に大事故を起こし、1982年に消滅した。わずか7年の鉱命であった。
合掌
続きます。
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